Episode036:静止する世界
「〈ユニークスキル:傲慢〉」
突如として、白と黒の霧が渦を巻いて青年の身体を包み込む。
(やはり持っていたか、ユニークスキル)
初めからそんな気はしていたと、一刻は思う。
彼がユニークスキルを持っているという情報は聞いていない。
ただ何となく持っている気がしたのだ。
しかしまさか、それが自身のスキルと同じく七つの大罪の1つに数えられる"傲慢"だとは思わなかった。
無関係だとは思えない。
同格のスキルと見るべきだろう。
であれば、相当に危険だ。
自身が〈ユニークスキル:怠惰〉を持っているからこそ、その危険性は重々理解していた。
だがそれでもなお、負ける気は微塵もしない。
同格であったとしても、〈ユニークスキル:怠惰〉の前には如何なるスキルも敵うはずがないのだ。
「なあ、戦う前に君の名前を教えてくないか?」
「名前? 俺の名前か?」
「そう。どこかの誰かが情報を規制しているみたいでね。君についての情報が全く分からなかったんだよ」
「……竜胆大和」
どこか腑に落ちない様子ではあるものの、自身の名を口にした大和に、一刻は満足気に頷いた。
「竜胆大和、か……。覚えたよ」
竜胆。
そうはいない苗字だ。
もしも名前が割れていれば、暁斗と血縁であることはとうに気付けていただろう。
そうなれば、もっと面白い展開だって描けたはずだ。
情報を規制なんて随分と余計な真似をしてくれたものだと一刻は心の内で独りごちる。
もっとも、あれはあれで良かったのだが。
「さて、そろそろやろうか」
「ああ」
楽しい楽しい殺し合いの始まりだ。
先に仕掛けたのは大和であった。
短剣を両手に、子気味良く軽いフットワークで一刻を攻め立てる。
手数と速度重視の戦法だ。
しかしどれも当たらなかった。
ものの見事に捌かれている。
相変わらず、貼り付けたような気味の悪い笑顔は健在だ。
しかし一方で、一刻にも余裕があるわけではなかった。
辛うじて、紙一重で、どうにか躱せている。
その上、どこからともなく火の玉や雷の矢が飛んでくるのだ。
一体どれだけのスキルを持っているのか。
とにかく手数が多い。
あるいは、それこそが〈ユニークスキル:傲慢〉の有する力なのだろうか。
厄介だ。
厄介だが、仮にその程度だとするならば、やはり負ける要素は見当たらなかった。
やはり、最強は〈ユニークスキル:怠惰〉なのだろう。
(これはどうかな……)
一刻はあえて隙を見せて誘い込んだ。
平凡な者なら気付きもしない僅かな隙だ。
しかし大和ならば乗ってくるだろうと思った。
強者であるが故に、この隙は見逃せないはず。
まさしく二郎がそうであった。
二郎だけではない。
日向も、涼も、力士も。
先日戦ったフシルという名の怪しげな女も。
かつて一刻が相見えた強者達は皆一様に、甘美な蜜に飛び付いてしまうのだ。
それが、罠であるとも知らずに。
一刻は、その瞬間が堪らなく好きであった。
僅かな希望を打ち砕くその瞬間が。
絶望は、落差が大きい程に良く映える。
──果たして、大和は乗って来なかった。
寸前で手を引いたのだ。
「そんな見え見えの罠には乗らねえよ」
「……流石だね」
思わず自然な笑みが零れた。
──やはり。
やはり彼はひと味違うらしい。
期待通りだ。
一体今までどこに隠れていたのか。
ランキングなんてものは尽くアテにならないと一刻は思う。
──さて、次は何を見せてくれる?
「〈スキル:視線誘導〉」
はたと、視界から大和の姿が消えた。
「おや?」
気配さえ感じない。
……いや、気配はあるのだ。
だが、ひとつではない。
いくつもの気配を周囲に感じる。
これも何かのスキルだろうか。
本当に、呆れる程に手数が多い。
まるで奇術師だ。
(さて、どこから来るのかな?)
辺りが静まり返る。
一刻は待った。
やがて来るであろう攻撃を、待ってしまった。
大和に時間を与えてしまうことが、如何に悪手であるとも知らずに。
「〈上級混合魔法:乱気龍〉」
静寂が破られるのと同時に、一刻の視界は自身に掌を向ける大和の姿を捉えた。
──刹那。
雷を迸らせた大渦が、龍を象り虚空を畝る。
「これは凄いね」
壮観だ。
まともに喰らえば一溜りもないのだろうことは想像に難くない。
しかしそれは、まともに喰らえばの話である。
態々喰らってやる道理はない。
「〈ユニークスキル:怠惰〉」
瞬間。
世界が止まった。
まるで凍りついたかのように、自身を除いた全てが静止する。
一刻は、その止まった世界の中を悠々と歩いた。
大渦のその先にはもう、誰もいない。
「これが僕の世界だ。僕の世界では誰も動くことが出来ないし、であれば当然抵抗も出来ない。つまり、誰ひとりとして僕に逆らえる人間はいないんだ」
どけだけ強力な技であろうと、そもそも当たらなければ意味がない。
時を止められるのは長くても10秒程だが、10秒もあれば十分だ。
人を1人殺すだけなら10秒も必要ない。
「分かるかい? いくら君が強かろうとも、僕の前では無力に等しいんだよ」
一刻の言葉は、静止する世界の中では大和に届くはずもない。
だが、それでいい。
聞こえた所で何も変わらない。
ふっと、笑みを零しながら、一刻は大和を一瞥した。
しかし、その笑みは一瞬で消え去ることになる。
いないのだ。
掌を翳したまま硬直しているはずの大和が。
「……は?」
わけがわからない。
何をどうすれば消えられるのか。
(時を止める直前に彼の姿は捉えている……。あそこからスキルを使う余裕はなかったはずだ)
動けないのだから消えられるはずがない。
だが、事実。
大和は目の前から倏忽と姿を消していた。
周囲を睥睨してもやはり誰もいない。
これではまるで──。
「──まるで、俺の時間が止まっていないかのようだ……ってか?」
唐突に、背後から声がした。
その瞬間に、止まっていた世界が動き出す。
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