Episode034:絶望
【ヴァルハラ】には、思いの他早く辿り着いた。
途中敵に出会すこともなく、追手も来なかった。
あの男の言うように、どうやら俺は通過を許されているらしい。
玉響一刻はいったい何を考えているのか。
あるいは余程嘗められているのか。
俺としては都合がいいが、気分は良くない。
【ヴァルハラ】には【太陽の盾】同様に厳かな門があり、そこには複数名の門番がいた。
強引に突破するのは簡単だ。
そもそも、素通り出来るかも知れない。
ただ、侵入を悟られなくなかった俺は〈スキル:超跳躍〉を使ってひっそりと街へと忍び込んだ。
街はどこか異世界を彷彿とさせる街並みで、同じ色の同じ家が等間隔で並んでいる。
まるで同じ日本だとは思えない。
その中で、一際異彩を放つ豪邸があった。
考えずとも分かる。
あれが玉響一刻の家だろう。
なんというか、趣味が悪い。
成金が好みそうな邸だ。
「まずはあそこに行ってみるか……」
あそこにいれば重畳。
いなくとも何かしらの手掛かりはあるはずだ。
逸る気持ちはあれど、焦ってもどうにもならない。
俺はなるべく人目につかないよう、慎重に邸へと向かう。
しかし、多くの人が住まう【ヴァルハラ】では、完全に人目につかない道というのは存在しない。
どう頑張ってもどこかで必ず人に出会す。
しかも、家同様に住民達も皆同じ服装をしている為、俺が余所者であることは一目瞭然だ。
見付かれば騒ぎになるかも知れない。
というか、普通に考えれば騒ぎになる。
ならば服を奪うかとも考えたが、流石に気が引けた。
住民である彼等彼女等は、人質となっていた彼女達と同じように痩せ細っていたのだ。
人質だから粗雑な扱いを受けていたのだろうと思っていた。
しかし現実はそうじゃない。
戦えない人間は全て虐げられているのだ。
甘いかも知れないが、そんな人達に危害を加える気にはならなかった。
本当に、どこまでも性根の腐った連中だ。
自分達さえ豊かならそれでいいのだろう。
神は何故、あんな連中に力を与えてしまったのか。
ともあれ、こうなれば見付かるのを覚悟で突き進むより他なかった。
悠長に考えている暇もない。
幸い俺には〈スキル:視線誘導〉がある。
対象となるのは1人だけだが、これがあれば多少の誤魔化しは効くだろう。
しかし、結論から言うと騒ぎになるという懸念は杞憂に終わった。
誰も俺を気に留めやしないのだ。
興味がないのか、俺を一瞥しても何事もなかったかのように目を逸らす。
試しに人通りの多い場所にも出てみたが、やはり誰も気にしない。
まるで透明人間にでもなったような気分だ。
誰の目にも光が灯っていなかった。
……そうか。
ここの人達は死んでいないだけなのだ。
生きているとは言い難い。
この街に、希望はないのだろう。
胸糞が悪いにも程がある。
この人達の為にも負けられないと、強くそう思った。
俺は色々な人の想いを背負ってここにいる。
邸へ辿り着くと、そこには酸鼻極まる光景が広がっていた。
「おいおい……」
なんだよ、これ。
美しかったであろう庭園は無惨にも転がる屍によって埋め尽くされ、血に塗れていた。
死んでいるのは着流しを着た侍だ。
つまりは【殺刃隊】の兵士。
よく分からないが、多分仲間割れか何かだろう。
ここに着いたのは俺が最初のはずなので、こちら側の人間と争った可能性は低い。
何より、転がる遺体の中に侍以外の姿が存在しない。
だが、何があったのかはさして興味がなかった。
重要なのは、玉響一刻の足取りだ。
これだけいるのだから、誰か1人くらい生きていてもおかしくはない。
そいつに話を聞けば、何かしらの情報を得られるはずだ。
そして俺には、魔力で生死を判断するという術がある。
「さてさて、生存者は……」
──いた。
思った通り、数名の生存者がいる。
その中でも比較的息のある人間の元へ行き、胸倉を掴んで無理矢理身体を起こさせた。
「おい、お前。玉響一刻はどこにいる?」
「き、貴様は……何者……でござるか?」
「教えてやる義理はない。いいから答えろ」
男は逡巡し、やがて緩慢と彼方を指差した。
「東の……し、食料庫でござる……」
「本当か?」
「あ、ああ……」
「そうか」
言葉の信憑性は定かではない。
だが、他にアテはなかった。
俺は男を床に寝かせて踵を返す。
「ま、待て……。待って……くれ……」
「ん?」
男に呼び止められて、俺は肩越しに振り返った。
「き、貴様に頼む……のは筋違いで……ござるが、ど、どうか……どうか……わ、我々のむ、無念……を……」
そこで、男は力尽きた。
そうか。
こいつらは玉響と……。
ならば、言葉の信憑性は高いだろう。
男の言うように、俺に頼むのは筋違いも甚だしい。
こいつらの無念なんて知ったことではない。
だが。
「安心しろよ。お前に頼まれなくても玉響一刻は俺がぶっ飛ばす」
そうして向かった先で俺が目にしたのは──。
「──……大和?」
「父……さん……?」
身体を貫かれた父さんの姿であった。
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