Episode36:告白
目を覚ました翌日、俺は昴に呼び出された。
場所は病院の屋上。
お見舞いなら、普通に部屋にくれば良いのに。
何か別の話があるのだろうか。
だとしたらいったい何の話だろう。
説教だろうか……。
違うといいな……。
そう思いながら屋上へと続く扉を開ける。
空は快晴。
思わず昼寝でもしてしまいたくなる陽気だった。
しかし、屋上だからか少々風が強い。
屋上は胸ほどの高さの鉄の柵で周囲を囲われており、昴はそこにもたれて街を眺めていた。
今日はタイトなスーツ姿だ。
凛とした昴にはよく似合っている。
暴動で忙しなく動いていて有耶無耶になっていたが、昴が実は昔から女だったと知ってから、こうして2人きりで話すのは初めてだった。
何故勘違いしていたのか。
思い出すだけで恥ずかしい。
なんだか変に意識してしまう。
顔が暑いような気がするのは日差しのせいじゃないだろう。
「……昴」
声をかけると、昴はやおらに身を翻して「よう」と笑った。
「オッス……」
なんだかぎこちなくなってしまう。
普段の俺はいったいどんなだっただろう。
……分からん。
「悪いな、怪我人なのに呼び出して」
「いんや」
「体調はどうだ?」
「ほぼ治ってるよ」
「そうか」
「青藍の治療スキルは流石だな」
「当然だ。あいつはうちの筆頭治癒士だからな」
曰く、青藍はユニオンの医療関係のトップに君臨しているらしい。
昔から医者になりたいと言っていた青藍。
才能があったのだろう。
こんな世界でなければ素直に祝福出来たんだけどな。
「それで、態々こんな所に呼び出して何の用だ?」
「そうだな」
ふむ……と逡巡した昴は。
「文句が1つと伝えたいことが1つ。どっちを先に聞きたい?」
「……いや、なんだよその2択」
「いいから選べ」
「伝えたいことってのは朗報か? 悲報か?」
「それは受け取るお前次第だな」
朗らかに微笑む昴。
うわー。
なんだよ、それ。
出来ればどっちも聞きたくないが、選べと言うなら仕方ない。
「じゃあ、文句が先で……」
こちらの方が何を言われるか何となく察しがついている分まだマシだ。
「わかった」
頷いた昴は居住まいを正してスウと大きく息を吸い込む。
そして。
「この、馬鹿者ッッッ!!」
馬鹿者……馬鹿者……馬鹿者……。
おおう。
すげえ反響してるな。
やまびこみたいだ。
あと、耳痛い。
「お前は無茶をし過ぎだ!!」
言われると思った……。
「お前が眠っている間、どれだけ心配したか分かってるのか!?」
朝陽達から聞いたのだが、昴は病室を抜け出して毎日俺の様子を見に来ていたんだそうだ。
心配をかけてしまった。
「……すまん」
「私は……私は……」
──ほろり、と。
昴の瞳から雫が零れる。
「また、またお前がいなくなってしまうのかと……」
「すまん……」
俺は謝ることしか出来なかった。
やむを得なかった、とは言え、心配をかけたのは事実だ。
俺には、友として昴の慟哭を甘んじて受け入れる義務がある。
「もう……いなくなるな」
「分かった」
「約束だ」
差し出された小指を結ぶ。
いい大人が、かつて公園を駆けずり回っていた頃のように契りを交わす。
これを破ったら、きっと針千本どころじゃ済まないだろうな。
地獄の果てまで追われかねない。
それから昴は泣いた。
子供のように嗚咽を漏らして、幾許か泣き続けた。
「──すまない。少し取り乱した」
数分後、落ち着きを取り戻した昴は少し顔を赤くして謝罪を口にする。
「いや、こっちこそすまん。心配かけた」
「もういいさ」
それより、と継いで。
「ありがとう。大和がいなかったらこの街はなくなっていたかも知れない。ユニオンに所属する全員に変わってお礼を言わせて欲しい」
真っ直ぐに見詰められるのがなんだか気恥ずかしくて、俺はそっぽを向いて柵にもたれた。
目の前に広がる街並みは、かつての故郷とはまるで違う。
だが、そこには確かな人の営みがあった。
形は変われど、皆生きている。
「まあ、そのなんだ……守れて良かったよ」
我ながら臭いことを言っている。
照れ臭くて頬を掻くと、昴は「そうだな」と言って横に並ぶ。
「……それで、伝えたいことなんだが……」
「ん?」
今ので終わりじゃなかったのか。
隣に目を向けると、昴は顔を赤くして口をモゴモゴさせていた。
昴が言い淀むなんて珍しい。
「なんだよ……?」
訝しげに眉を潜めると、昴は瞑目し、知らぬ間に成長した胸に手を当てて何度も深呼吸をする。
それが終わるのを静かに待っていると、やがて昴の目がカッと見開いた。
覚悟を決めた。
そんなような目だ。
そして次に吐き出された言葉に、俺は度肝を抜かれることになる。
「──好きだ、大和」
──……ん?
「ち、ちょっと待て。今……なんて?」
言葉の意味が理解出来ずに聞き返すと、昴は「だから」と顔を真っ赤にして叫んだ。
「好きなんだ!! 結婚してくれ!!」
「け、結婚!?」
まさかの逆プロポーズ。
駄目だ。
頭が追い付かない。
落ち着け俺。
こういう時は深呼吸だ。
すう……はあ……すう……はあ……。
よし、何とか少し落ち着いた。
「つ、つまり昴は俺が好きだと……。それで結婚して欲しいと……」
「ああ……」
昴は顔を真っ赤にして確と頷いた。
本気だ。
だあああッ!?
こういう時、どうすればいいんだ!?
とりあえずアレか!?
返事か!?
返事……。
返事をしなければと思うと、途端に冷静になれた。
昴の気持ちは素直に嬉しい。
俺だって昴が好きだ。
だけど、この感情は多分恋愛感情じゃない。
俺は友達として昴が好きなんだと思う。
そりゃあそうだ。
何せ、つい最近まで昴を男だと思っていたのだから。
だが、断れば今までのようにはいかないだろう。
断っておいて今まで通りにして欲しいなんて都合が良すぎる。
それでも、中途半端なのは1番良くない。
だから──。
「ご──」
「待て」
返事をしようと口を開いて、昴に手で制された。
「ん?」
「自分から言っておいてなんだが、返事はまだしなくていい」
「なんでだよ」
「だってお前、私を男だと思っていたんだろう? それで急に女として見てくれなんて、難しいのは私にも分かる」
腕を組み、うんうん、と頷く昴。
ちょっと待て。
「だから返事はまだいい。1年でも2年でも待つさ。なあに、8年も待ったんだ。今更──」
「ちょっと待て昴」
「ん?」
「いやな、お前が良い言葉を言ってる時に悪いんだが、1つだけ確認しておきたい」
と、一拍置いて。
「その話誰から聞いた?」
「誰って……陸だが? いやあ、聞いた時は驚いたが、考えてみればお前の行動はおかしかった。私をトイレに誘ったり風呂に誘ったり……。しかし、男だと思ってたなら納得だ。だが、これからは私も1人の女として見てくれよ?」
頬を染めて、上目遣いをする昴。
昴は美人だ。
それもとびきりの。
モンスター溢れる地球にさえなっていなければ、女優やモデルになっていた可能性すらある。
そんな美女からのアプローチだ。
ぐっと来ないはずはない。
──だが、俺の脳内は友の裏切りによりそれどころではなくなっていた。
「陸うううッ!! お前、マジふざけんなあああッ!!」
病院の屋上に俺の怒りを込めた叫び声が木霊した。
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