Episode033:幻




「場所を変えないか?」



 ここだと、地面に横たわる仲間を巻き込みかねない。



「よいじゃろう」



 じいさんはこくりと頷いた。


 多分、じいさんは何かしらの事情を抱えているのだろう。

 だから誰も殺さなかったし、俺の提案もあっさり受け入れた。


 しかしその事情とは何なのか。

 そこに奴等の正体を暴く鍵がある気がしてならないが、多分訊いても答えちゃくれないだろうな。

 そんなに素直なじじいじゃいだろう。


 互いに武器を構えたまま、ゆっくりと横に移動する。

 片時も目を離すことはない。


 油断は命取りだ。

 ある程度仲間達から離れた所で、じりじりと距離を詰める。


 そして、間合いに入ったその瞬間。

 俺は強く地を蹴った。





 ♦




 ガキンッッッ!!



 ゲンサイの刀と、大和の剣が火花を散らす。

 何度も、何度も、幾度となく火花を散らす。

 苛烈な打ち合いだ。


 速度も力も大和の方が上。

 しかし、ゲンサイの技量は足りない速度と力を補って余りある。

 伊達に歳は食っていない。



(しかしやりおるわい、この小僧……)



 ゲンサイは感心していた。

 自身をも上回る速度や力にではない。

 類稀な大和の技量に、だ。


 自身には劣る。

 が、それでもこの歳でこの技量は常軌を逸している。


 一体どのような環境で育てばこうなるのか。

 あるいは天賦の才なのか。

 いずれにせよ、同じ歳の頃の自分とは比べるべくもない。


 ライゼンが殺られたのも納得がいく。

 ライゼンではどうあっても勝てないだろう。



(じゃが、儂に勝つには足りんな)



 相見えるのが後10年遅ければ、あるいは勝っていたのは大和であったかも知れない。

 大和にはそれだけの才がある。


 だがいくら大和に才能があっても、長く修練を積み、修羅の域にまで達したゲンサイの技量には届かない。



「フンッ!」



 大和に生まれた僅かな隙。

 常人であれば見逃してしまうほど極小さな隙だ。


 それを見逃すゲンサイではない。

 食い破るように袈裟懸けに刀を振るう。



 ニヤリ、と大和が笑った気がした。



「──ッッッ!?」



 刀を振り抜くその刹那、ゲンサイは咄嗟に手を引いて身を捩る。

 結果から言うとその判断は正しかった。


 どこからか放たれた炎の矢が、ゲンサイの頬を掠めて地面へと刺さる。

 もしもそのまま振り抜いていたら、おそらくはゲンサイの眉間を矢が貫いていただろう。



「まさか躱されるとはな」

「腹芸も得意かよ」



 つまり、今のは大和が張った罠であったのだ。

 あえて隙を見せることでゲンサイに仕掛けさせた。


 その隙があまりに自然だった為に、ゲンサイはまんまと嵌められた。

 少しだけ拙く思えた剣術すらも、あるいはブラフだったのかも知れない。



(不覚じゃ……)



 まさか、こんな若造に踊らされるとは。

 剣術が優れている為に失念していたが、こいつはただの剣士ではなく、魔法剣士なのだということを改めて思い出した。


 いつどこからどのように魔法が放たれてもおかしくはない。



(やれやれ、殺さずにこの小僧を負かすのは骨が折れるわい……。特別手当てでも貰わんと割に合わんぞ)



 しかし、魔法はスキルとは違い頭の中で術式を構築する必要がある。

 術式を構築し、それを魔法陣へと落とし込む。

 それには高い集中力が必要だ。


 この高速戦闘の最中では、簡単に出来ることではない。

 実際、この状況で魔法を使えるかと問われるとやはり難しい。


 出来なくはない、が……というレベルだ。

 故に、大和も連発は出来ない。

 ゲンサイはそう推断する。


 それに、こちらの手の内はまだまったくと言っていい程見せていない。

 付け入る隙は十分にある。



(どれ、ここらで1つ見せてやろうかの)



 一閃。

 ゲンサイは刀を振るう。

 本来ならばそれは、大和の剣と交差するはずであった。


 だが刀は剣をするりとすり抜け、大和の身体に傷をつけた。

 大和のローブがじんわりと赤く染まるが、しかし思いの外傷は浅い。


 反射的に身を引いて致命傷を避けたらしい。

 対して堪えた様子もなく、憮然と剣を構える。


 しかしゲンサイには大和の内心が透けて見えた。

 平静を装っていても、内心は焦燥に駆られているはずだ。



「妖刀か……」



 大和がぽつりと呟く。



「ご明察。こいつは【幻刀ゲントウ夢現ユメウツツ】。お主が止めようとした一振りは、ただの幻じゃよ」



 ──もっとも、傷は浅かったようじゃが。



 ゲンサイはそう付け足した。



「どうして敵である俺に手の内を明かす?」

「そりゃあお前さん……教えた所で防ぎようがないからじゃろうて」

「それはどうだろう──なっ!!」



 再び刃が交わる。

 しかし、これまでとは打って変わって一方的な展開を見せていた。


 攻め立てるゲンサイに対し、大和は防戦一方。

 しかし守りに徹してもなお全てを捌くことはできず、次第に生傷が増えていく。

【幻刀:夢現】の能力が、拮抗を崩した。



(決まったな……)



 ゲンサイは勝利を確信する。

 ここに来た時点で、大和にあまり余裕がないことはゲンサイも悟っていた。


 このままなら、いずれ大和の体力が底を尽きるだろう。

 最早勝負は決まったようなものだ。


 しかしながら、その判断は些か尚早であったと言わざるを得ない。

 何故なら、大和もまた手札を残しているのだから。




「──〈スキル:視線誘導〉」



 ゲンサイの視界から、大和の姿が消えた。


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