Episode032:静寂



「──どうしてここに!?」

「仲間のピンチに駆けつけただけだよ」



 酷く驚いた様子の昴に告げる。



「どうしてそれが……。いや、そもそもどうやってここまで来た!?」

「走って」

「走って!? 何キロあると思ってるんだ!?」

「うん、まあ……ざっと150キロか? 遠かったと言えば遠かったな」

「お前……本当に無茶苦茶だな……」



 はあ、と大仰に溜め息を吐き出す昴。

 そんな大袈裟な……と言いたいところだが。



「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?」



 そう言うと、昴はハッとして。



「──ッ!! そうだった!! 大和、下ろしてくれ!!」

「立てるのか?」

「ああ、大丈夫だ!! それより早く皆の所へ戻らなければ!!」

「落ち着けよ。どうせもう──」



 と、一拍置いて。



「決着はついてる」

「何を言っている!! まだ皆が──」



 続く言葉は、「戦っている」だったのだろう。

 しかし昴は視線を滑らせて言葉を呑む。

 いや呑まざるを得なかった。


 何故ならそこに立っていたのは、見知らぬじいさんただ1人だけだったのだから。

 残っているのは後方支援や遠距離攻撃を持つ後衛の者だけ。


 前衛は余すことなく全て血溜まりとなった地面に倒れていた。



「な……なにが……」



 状況を飲み込めず、昴は愕然とする。



「一瞬だったよ」



 昴を受け止める直前、俺は見ていた。

 あのじいさんが、瞬く間に仲間達を薙ぎ倒す様を。



「馬鹿な……。ここにいるのはうちの精鋭だぞ……? 皆、満身創痍とはいえそれが一瞬で……? 私達とあの男との間にはそんなに差があるのか……?」

「だろうな」

「私だ……私のせいだ……私のせいで皆が……」



 顔面蒼白となった昴。

 責任感の強い昴がこの光景を目の当たりにすれば、こうなるのも無理はない。

 だが。



「そう気を落とすなよ。大丈夫だ。まだ皆生きてるから」

「な……に……? 皆が生きている、だと……?」

「ああ、何故かは知らんが、あのじいさんは誰も殺さなかった。峰打ちで全員気絶させていたよ」



 モンスター共の血やら臓物やらのせいでパッと見は全員死んでいるように見えるが、実際は誰も死んでいない。


 もし死んでいれば身体から魔力の反応が消えるから俺には分かる。

 あの中に、亡骸となっている人間はいない。



「まあ、少なからず怪我はしているだろうけれどな」

「……そうか、生きているのか。良かった……良かった……」

「おっと……」



 安心して気が緩んだのだろう。

 だらりと、昴の身体が弛緩する。

 気を失ったらしい。



「まったく……」



 安心するにはまだ早いぞ。

 まあ、きっと沢山頑張ったのだろうから仕方がない、か。



「詩音、昴を預かってくれ」



 肩越しに顔だけで振り返って、すぐ近くまで来ていた詩音に声を掛ける。



「あら、気付いてたの? アタシ、気配を消すのは得意だと思ってたんだけれど」

「俺は気配には敏感でな」

「そうみたいね」



 詩音はクスッと笑った。



「お前はなんだか冷静だな」

「そう見える? これでもさっきまでは怒ったり動揺したり結構忙しくしてたんだけどね」

「そうは見えないよ」

「アタシにもあの男が峰打ちしたのが見えたっていうのもあるけど、なんかあんたの顔見たら安心したのよねー」

「……どういう意味だよ」

「だって、何とかしてくれるんでしょ?」



 ニコッと笑う詩音に思わず目を逸らす。

 とんでもない破壊力だ。

 中身はアレだけど、こいつ顔だけは良いからな。



「なんで目を逸らすのよ」

「いや、別に、何も……」

「まあいいけど……」



 訝しげな詩音は、それでと継いで。



「何とかしてくれるんでしょ?」

「……まあ、その為に来たからな」

「なら大丈夫じゃない」

「それはどうだろうな」

「大丈夫よ」



 だって、と継いで。



「今までもあんたはそうやってアタシを、アタシ達を助けてくれたもの」

「……そうだったか?」



 覚えていない。

 むしろ、いつも助けられていたのは俺の方だった気がするが。



「そうよ。ほら、昴は預かるから」

「ああ……」



 手を出した詩音に昴を預ける。



「気を付けてね」

「おう」



 サムズアップして踵を返す。



「あ、そうそう」



 だが、これだけは言っておかなければともう1度振り返った。



「詩音、今みたいに笑っておけよ。笑ってれば、大抵のことはどうにかなる」

「……あんたってば、ほんと変わらないわよね」

「何が?」

「なんでもない。早く行きなさいよ」

「……へいへい」



 なんだろう。

 呆れたような詩音の苦笑いが気になるが、今はまあいいか。


 ヒラヒラと手を振って、じいさんの方へと歩を進める。



 さて、ちゃっちゃとこのじいさんを倒しますか。


 ……と、言いたいところだが、実際勝てるかどうかは怪しい。

 さっき見た感じだと、このじいさんかなり強い。


 あるいはライゼンのおっさんよりも格上だろう。

 しかも連戦続きな上に長距離の移動で、体力、魔力共に大きく消耗してしまった。

 もうそんなに余裕はない。


 一気に片を付けなければ負けるのは俺の方だろう。

 ライゼンの時のように、武器は使わないなどとは最早言っていられない。


 歩きながら剣を抜く。

 殺すのが最優先だ。


 やれやれ、地球に帰って来てまでこんなに戦うことになるとは思ってもみなかった。

 あるいは、異世界にいた頃よりも戦っている気がする。



「待たせたか、じいさん」



 じいさんは静かに佇んでいた。

 俺を待ってくれていたのだろう。



「まったくじゃ。あまり老い先短い年寄りを待たせるものではないぞ、小僧」



 しかし、と継いで。



「お主がここにいるということは、ライゼンの小僧は……」

「殺したよ。殺して燃やした」

「ふむ、そうか」



 やはりおっさんの仲間で間違いないらしい。

 そして、やはり俺を知っている。



「なあ、じいさん。あんたらは何者なんだ? 何故俺を知っている?」

「さて、何故じゃろうな。悪いが、こればかりはどうしても教えてやれんよ」

「ケチクソじじい」

「喧しいわい」



 微睡むような静寂に包まれる。

 それは、嵐の前の静けさだった。



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