Episode030:圧倒的な力



「──解せぬな」



 ゲンサイは呟く。



「何がだ?」

「儂とお主等の力量差が分からぬわけでもあるまい。お主等では、束になった所で儂には勝てんよ」



 そんなことは百も承知であった。

 昴も、詩音も、誰もが勝てないであろうことは分かっている。


「それがどうした。例えそうであったとしても、私は貴様と戦わねばならない。仲間を殺した貴様をみすみす見逃すわけにはいかないんだよ」



 昴は毅然と振る舞う。

 詩音同様、昴もゲンサイを見逃そうとしていた。


 厳密に言えば、それは"逃がす"のではなく"逃げ"だ。

 本心で言えば、この男から力づくでも聞き出したいことは山ほどある。


 ゲンサイは自分達の知らない何かを知っているのだ。

 しかも、自分達の今後を左右するような何かを。


 だが、仲間の命、ひいては自身の命を守る為ならば、時には戦略的撤退も必要だ。

 この男と戦うのは得策ではない。

 それで命を落としては意味がないのだ。

 そう思っていた。


 しかし昴は気付いてしまった。

 目の前の男が、多くの仲間の命を奪った犯人であるということに。

 最早、逃がすなどありえない。

 勝てないからと逃げ出すなんてありえない。



「なるほど。仇討ちというわけじゃな? じゃがそこになんの意味がある? 仮に儂を殺せたとして、死んだ人間が生き返るのか? 生き返らないじゃろう。むしろ、死体の数が増えるだけじゃろうて。それでもお主等は儂と戦うのか?」



 ゲンサイの言葉は、癪ではあるが確かに正論だ。

 仮にこの男を殺したとしてもそこに意味はない。

 仲間を巻き込めば、それだけ多くの犠牲者も出るだろう。

 だから。



「だから、戦うのは私1人だよ」



 仲間を巻き込むつもりは毛頭ない。

 これは、昴個人の憂さ晴らしなのだから。

 しかし。



「アタシも戦うわよ」



 詩音が黙っていなかった。



「おい、私1人で戦うと言っただろう。お前まで戦う必要はない。戦いが始まったら、皆を率いて街に戻るんだ」

「冗談じゃないわよ! アタシだって頭にきてるんだから!」



 そして詩音を皮切りに、他の隊士達からもヤジが飛ぶ。



「そうだそうだ!」

「俺にも戦わせろ!」

「私も!」

「昴さんにだけ任せてられるかよ!」



 漏れなく全員が戦う意思を示した。



「お前達……」



 驚いた様子の昴の肩に、詩音が手を添える。



「そういうことだから、諦めなさい」

「……呆れた。まったくしょうがない奴等だよ」



 ──まさか全員とはな……。



 小さく溜め息を吐く昴。

 しかし、その表情は柔らかい。


 巻き込みたくないと思いつつも、共に戦うと言われて嬉しくないはずがないのだ。



「言っておくが、勝率はかなり低い。絶望的と言ってもいい。それでも戦うのか?」



 昴は最後にもう1度だけ問う。

 しかし仲間の意思は固く、全員が確と頷いた。

 それを確認した昴は身を翻し。



「待たせたな」

「待ちくたびれだぞ。して、やはり戦うのか?」

「ああ──」



 と、首肯して。



「この通りだよ」



 全員、武器を構える。



「やれやれ、実に愚かじゃ。何も死に急ぐ必要はないというのに……」



 もっとも、と継いで。



「儂としても、戦うのは吝かではないがの」



 スルリと、腰の刀を抜く。

 鍔のない刀だ。

 青白い刀身は不気味で、異質な雰囲気を放っていた。


 思わず身体が強ばるが、今更臆している場合ではない。

 夕日が沈み、それが戦いの合図になった。


 昴を筆頭に、雄叫びをあげた【太陽の盾】の面々が駆け出す。

 対するゲンサイはその場から1歩も動かなかった。

 威風堂々と待ち構える。

 そこへ。



「〈スキル:氷牙〉」

「〈スキル:破弓〉」

「〈スキル:石礫〉」

「〈スキル:風刃〉」

「〈スキル:飛翔斬〉」



 遠距離攻撃を持つ者達のスキルが打ち込まれる。

 しかしどれも当たらない。

 ゲンサイはそこから1歩も動くことなく、全てを斬り伏せた。



「チッ……」



 昴は舌を打つ。

 せめて少しでもダメージを与えられればと思ったのだが、ことはそう上手くは運ばない。


 ──やがて、昴とゲンサイの刃が交差する。

 火花を散らし、一合、二合と切り結ぶ。

 一見すると互角に渡り合えているように見えるが、実際はゲンサイが手を抜いているに過ぎない。



「遅い剣じゃのう……。退屈じゃわい」



 欠伸を漏らしながら剣を受けるゲンサイに、昴は苦悶の表情を浮かべる。



(これほどか……ッッッ!!)



 実力差があるのは分かっていた。

 それでも戦いを挑んだのは、少しは勝算があると思ったからだ。


 しかし昴個人の力は元より、多勢に無勢であっても全く歯牙にかけていない。

 昴とゲンサイが剣を打ち合う中で、周りを取り囲んだ隊士達がゲンサイに斬りかかるも、彼はそれすらものらりくらりと躱すのだ。


 その様は、まるで全方位が見えているのかと思わせる程であった。

 死角なんてありはしない。

 昴の剣を受けているのは気まぐれに過ぎないのだろう。

 遊ばれている。



「つまらん。お主等、弱過ぎじゃ。やはりあの【剣聖】の小僧がいなければ話にならんな」



 余裕綽々といった様子のゲンサイ。

 それを強かに狙う者がいた。



(分かってたけど、想像以上の化け物ね……)



 ──詩音だ。

 遠距離攻撃を専門とする大半の者が仲間への被弾を恐れ後方で手をこまねく中、ただ1人、詩音だけが弓を構えていた。



「避けられるもんなら避けてみなさいよ。〈スキル:絶矢〉」



 天へ向け、弓を引く。

〈スキル:破弓〉よりも大きな、あるいは槍と呼んでも差し支えない程の矢が弧を描き、ゲンサイの頭上へと降り注ぐ。


 それは数十メートル離れた場所から、動く穴へと針を通すような芸当で──。


 だが、それもゲンサイには通じない。

 昴の剣を押し返し、一瞥もすることなく返す刀で頭上を斬る。



「嘘でしょ……」



 詩音の表情に絶望が滲む。

 今のは意表を突いた正確無比な一撃であったはずだ。


 現に、ゲンサイが気付いた時には既に躱せないであろう高さまで差し迫っていた。

 あれがどうして一瞥もせずに斬り伏せられようか。


 否、正確であったからこそ当たらなかったのだ。

 正確であったが故に、ゲンサイは落下位置を容易く特定出来た。

 であれば、斬り落とすくらい訳ない。

 それに。



「儂に当てるには些か速度が足りんかったな」



 あるいは矢の速度がもう少し速ければ仕留められたかも知れない。

 だが、ゲンサイを仕留めるには足りなかった。



「少しは期待しとったんじゃが、この程度か……」



 ゲンサイは、酷くつまらなそうにはあ、と嘆息を就き。



「そろそろ攻めるぞ。簡単に死んでくれるなよ、童共」



 ──瞬間。

 昴は天を仰いだ。



「──ッッッ!? グ……ァ……ッ」



 顎に強い痛みを感じた。

 殴られたのか。

 あるいは蹴られたのか。

 何が起きたのか分からなかった。


 いずれにせよ、ゲンサイに何かをされたのは明白だ。

 昴の軽い身体は、その一撃で羽毛のように高く宙を舞う。



(まずい……)



 顎を抜かれた衝撃で昴は脳を揺らされた。

 辛うじて意識はあるものの、思うように身体が動かない。


 このままでは受け身も取れずに地面と衝突してしまう。

 スキルのおかげで大きな怪我をすることはないだろうけれど、意識を保っていられる自信がなかった。



(だが、私は……私はまだ倒れるわけにはいかないんだ……ッッッ!!)



 昴はどうにか受け身を取ろうと藻掻くが、やはり身体は言うことを聞いてくれない。


 竜討伐。

 加えて続いた戦闘により、昴の体力は限界を超えていた。


 魔力も〈スキル:身体強化〉を持続するのがやっと。

 最早、気持ちだけでどうにかなる状況ではない。


 そうこうしている内にも昴の落下は止まらない。

 徐々に、されど確実に地面が近付いてくる。



 ──もう、ダメか……。



 諦めかけたその時だった。

 昴と地面との間に何者かが割って入る。

 その人物は地面すれすれで昴を受け止め、短く息を吐き出した。



「ふう……どうにか間に合った……」



 聞き覚えのある声だった。

 今最も求めていた声でもあった。


 されど、聞こえてくるはずのない声だ。

 何故ならあいつはここにはいないのだから。

 幻聴という言葉が頭を過る。

 しかし、自身を包む確かな温もりを感じた。


 ゆっくりと目を開けると、そこには──。



「──大……和……?」



 昴の親友にして想い人でもある竜胆大和がそこにいたのだ。


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