Episode015:総長室にて
一時解散となり大和が総長室を出た後。
第1部隊の面々が各自の担当部署へと向かう中、朝陽だけは総長室へと残っていた。
昴と話をする為だ。
「──どう思う?」
朝陽はコーヒーを啜り、唐突に話を切り出す。
「どう思う、とは?」
「大和の話だよ」
ピクリ、と昴の眉が跳ねる。
「大和を疑っているのか?」
「そりゃ多少は疑ってるさ……。いくらかつての親友と言えど、大和の話はあまりに突拍子もない。疑うなという方が難しいだろう」
「それは、そうかも知れんが……」
「それに、君だって疑っているから彼女を同席させたんだろう?」
そう言って朝陽は、胡桃を一瞥する。
彼女は大和が話をしている間、終始昴の脇に控えていた。
それ自体は何も不思議なことはない。
胡桃は昴の秘書なのだから。
大和も同席を許可していた。
しかし、朝陽は気付いていたのだ。
大和の一挙手一投足に気を配り、まるで獲物を狙う獣の如き剣呑な目付きで彼女が見詰めていたことを。
そしてそれが、他でもない昴の指示であろうことも見抜いていた。
「私は、大和を信じているよ。微塵も疑っていない。あの大和だぞ? あんなに下手な嘘をつけると思うのか?」
慈愛に満ちた笑みを浮かべる昴は、だが、と継いで。
「それは、大和の親友である佐伯昴としての意見だ。この地の統治者である佐伯昴としては、疑わないわけにはいかない」
だから、胡桃を使った──と、昴は言った。
そこに、先程までの笑みはない。
「それで、結果はどうなんだい?」
「それは私も今から聞く所だよ。──胡桃」
昴に名を呼ばれ、胡桃は「はい」と口を開く。
「わたしの〈スキル:真贋の双眸〉によれば、あの方の言動に嘘は見付けられませんでした。その他所作についても不審な点は見付かっていません」
「そうか」
胸を撫で下ろす昴につられて、朝陽も短く息を吐き出す。
2人共、大和を疑いたいわけではないのだ。
だが、十数万の命を背負っている2人は情だけで行動することなどあってはならない。
油断すれば足元を掬われる。
何も敵はモンスターだけではないのだから。
しかしこれで、大和を疑う余地はなくなった。
「しかし異世界か……」
呟いたのは昴だ。
「私には理解の及ばない話だよ」
「俺もだ」
地球もこんな状態なのだから、大和が異世界に迷い込んでしまっていてもそれほど不思議でもない。
ただ、やはり異世界ともなると2人には想像出来ないスケールの話であった。
いや、2人に限った話ではない。
大抵の人間は法螺話だと思うだろう。
しかし──。
「けれど、大和らしいと思うのは私だけか?」
「いや、俺もだよ」
2人は顔を見合わせてクスリと笑う。
「それはそうと、竜討伐についてなんだが、【月の街】と【大地の街】からも第1部隊が来ることになっている。やはり、私達だけでは手が足りないからな」
昴の言葉に、朝陽は目を剥いた。
竜討伐が正式に決定したのは先程のことだ。
つまり彼女は、こうなることを見越して予め段取りしていたのである。
彼女の辣腕には、脱帽せざるを得ない。
「流石だね……」
「そうでもないさ。そうしなければ間に合わないと思っただけだよ。それと……」
「うん?」
「やはり今回の討伐、大和も参加してもらうべきじゃないか?」
「ふむ、大和はそれほどなのかい?」
「そうだな。少なく見積もっても上位ランカー程度の実力はあるだろう」
「そうか……」
そんなにか……と、朝陽は思案顔を浮かべる。
上位ランカー程の実力があるならば、確かに戦力としては申し分ないだろう。
しかし今更大和を加えるのはリスクもある。
自分達との連携が噛み合わなかった場合、戦力ダウンもありえるのだ。
今から合わせようにも3日後には間に合わないだろう。
「いや、やはりやめておこう」
逡巡した朝陽は、かぶりを振った。
「……そうか。惜しい戦力だと思うがお前が言うなら仕方あるまい」
「俺だって惜しい戦力だとは思うよ。ただ、今回の竜討伐に限っては態々リスクを背負うべきじゃない。それにここの守りだって実際大事だろう? 折角竜を倒しても別のモンスターに侵略されたらことだ」
それに、警戒すべきはモンスターだけではない。
混乱に乗じて、悪意を持つ者からの侵略を受ける可能性もある。
昴の言うように、大和に上位ランカー程の力があるのなら、朝陽としては守りに徹してもらう方がありがたかった。
「まあな……」
どこか納得のいっていない様子の昴に朝陽は苦笑いする。
こと大和のことになると、昔から思考が前のめりになる所がある。
それだけ大和を買っているという事だろう。
ただ、それはそれである。
こればかりは納得してもらうより他ない。
「さて、そろそろ俺は行くよ」
訊きたいことはもうない。
遠征中に溜まっているであろう仕事を消化しなければと立ち上がる朝陽を。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
昴が呼び止めた。
「ん? まだ何かあるのかい?」
「何かあるというか、その……なんだ……」
ハッキリものを言う昴にしては珍しく言い淀んでいる。
それに、なんだか仄かに顔が赤い。
なんだろう。
様子が変だ。
具合でも悪いのだろうか。
朝陽は胡乱げに首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「か……ど……ゴニョゴニョ……」
「……なんて?」
「──だから! 大和の歓迎会にはどんな服を着ていけばいいと思うかと訊いているんだ!!」
「──…………はっ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
そして昴の言った言葉の意味を正確に理解して内心で溜め息を吐く。
(やれやれ、珍しく何かに悩んでいると思えば……)
朝陽は、ひとまず昴が体調を崩したわけではないことに安堵する。
この大事な時期に体調を崩されでもしたらことだ。
「なんでもいいんじゃないか、別に」
「な、なんでもいいとはなんだ! こっちは真剣なんだぞ!?」
「いやいや、だって、今更大和相手に取り繕っても意味ないだろう?」
「なあッッッ!?」
朝陽の言葉で、昴は煙が出そうな程に顔を真っ赤に染める。
「だ、誰が大和なんて言った!?」
「じゃあ誰の為のおめかしなんだい?」
「そりゃ、お前……アレだろ……」
人差し指をツンツンと突き合わせて、突如しおらしくなってしまう昴。
【氷の女帝】などと呼称されている普段の姿はどこへやら。
(わかり易過ぎだろう……)
隠せていると思っている昴も昴だが、これで気付かないのだから大和も大概鈍い。
昴は昔からこんななのだ。
「俺に言えることがあるとすれば1つだけかな」
「な、なんだ!?」
「大和は服装なんかで人を判断したりしないってことだよ」
「それはそうだけれど……ってだから、いつ私が大和と──」
「それじゃ、俺も忙しいから今度こそ行くよ」
「あ、待て。朝陽」
昴の制止を無視して、朝陽は部屋を後にする。
これ以上は付き合いきれない。
(そういえばあいつ、昔は昴を男子だと思っていたみたいだけど、今もそう勘違いしていたりして……)
「まさか、な……」
流石にそれはないだろう。
昔はともかく、今の昴は体つきも服装も随分女性らしくなった。
男に見えるはずがない。
(ひょっとしたら今頃、勘違いに気付いて悶えているかも知れないな……)
ありえそうだと微笑して、やってきたエレベーターへと乗り込む朝陽。
まさか性転換したと誤解しているなどとは、知る由もないのであった。
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