Episode016:勘違い
「えー、本日は俺の為に忙しい中集まってくれてありがとう。暫く世話になるから、またよろしく。──乾杯っ!」
「「「「「「乾杯っ!!」」」」」」
俺の音頭で宴会が始まった。
それぞれのグラスが軽快な音を立てる。
中身は皆ソフトドリンク。
酒がないわけじゃない。
スキルの中には酒を造るスキルもあって、そのスキルを持った人間が複数人いるらしいこの街ではそれなりの量の酒が手頃な価格で流通している。
ポイントでの交換も可能のようだが、そちらはかなり高額になるので一般人では中々手が届かないのだそうだ。
ただ皆、何かあればすぐに対応しなければならない為に飲酒するわけにはいかなかった。
おちおち酒も呑めないなんて本当に大変そうだ。
かく言う俺はコーラにした。
懐かしい味が全身に沁みる。
美味い。
しかし、思っていたよりもずっと甘い。
これも成長の証だろうか。
「しかし本当に良かったよ。君が無事で」
向かい合わせに座る朝陽が言った。
「異世界に行ったくらいでくたばってたまるかよ」
「君らしいね。異世界はいい所だったかい?」
「おっ! 良いねえ! 俺もそれ気になるわ!」
朝陽の隣に座る奏多が身を乗り出して会話に割り込む。
「んー……そうだな、いい所だよ。自然が多くて空気が美味い。ただやっぱり、生活の水準が低いのが難点だな。特に食事とトイレ。あれは慣れないとキツい」
水洗に慣れてしまっている俺には、ただ穴を掘っただけのトイレはキツいものがあった。
とにかく臭いのだ。
それに紙は高級品。
とてもじゃないが、尻を拭くためだけになんて使えない。
よって、使うのは葉っぱだ。
何度お尻がかぶれたことか。
それと辛かったのは食事だろうか。
創意工夫がなされたハイロさんの料理は美味しかったけれど、たまに街に行って食べる食事は最悪だった。
肉は獣臭いし、調味料は高価なので基本薄味。
野菜も新鮮さに欠けていて、パンはカチカチだった。
いい経験ではあったけれど、もう食べたいとは思わない。
そんなことを話すと、何故か皆顔を引き攣らせていた。
「異世界って、思っていたよりも過酷なんだね……」
陸の言葉に全員が同意する。
「いやいや、今やこの世界も似たようなものだろう?」
「甘いな大和。少なくともウチは上下水道完備だぞ」
ふふんっと、したり顔で鼻を鳴らす昴。
「なん……だと……」
そういえば使ったトイレは全部水洗だった。
何の気なしに使っていたけれど、こんな世界でそれがあるのは凄いことだ。
というか言われるまで気付かない俺ってどうなの?
「これだけ人が多いと色々な才能があるの。設備に関する才能もまた然り、ね。おかげで私達の街は公共設備が充実しているわ」
それが大きなユニオンに所属する最たる利点だと青藍は言った。
なるほど。
それが小さなユニオンになると恩恵が少ないというわけだな。
「ご飯だってこの通りよ!」
目の前に並べられた料理は豪華爛漫とはいかないものの、どれも異世界では味わえない凝った料理ばかり。
調味料だってふんだんに使われている。
確かに美味い。
美味いが、何故お前がそんなに誇らしげなんだ詩音。
そんな世間話や昔話やらで歓迎会は大いに盛り上がり、夜は更けていった。
──帰り道。
歓迎会は23時でお開きとなり、俺は陸と共に帰路に就いていた。
帰路と言っても、家のない俺にとっては初めて訪れる場所なのだが。
「しかし良かったのか? 泊めてもらって」
俺は隣を歩く陸に訊ねた。
「いいのいいの。どうせ部屋は余ってるし、明日は休みだしね。明日には住む所が用意されるはずだから、今日はゆっくりしていってよ」
「悪いな、助かるよ」
「気にしなさんなって。僕らの仲じゃないか」
8年経って、どれだけ外見が変わっても変わらず接してくれる。
あの頃は当たり前に思えていた友情が、今は本当にありがたい。
俺は本当に良い友達に巡り会えた。
「……そうだな」
勿論、気恥ずかしくて口に出来やしないが。
そして舞い降りる静寂。
けれど別段気まずい雰囲気じゃなかった。
むしろどちらかと言えば、落ち着く雰囲気だ。
周囲に人はおらず、薄暗い夜道を野郎2人で静かに歩く。
見上げると、満点の星空が輝いていた。
ただ、昔よりずっと煌めきが少ない。
異世界とは比べるべくもないほどだ。
多分、空気が汚染されてしまったのだろう。
俺のいない8年の間に。
「随分減っちゃったでしょ?」
不意に陸が言った。
一瞥すると、同じように空を見上げていた。
「そうだな……」
「愚かだよね、人間って生き物は。こうなることが分かっていても、やめようとはしなかった。見て見ぬふりをして躊躇いなく空を汚した。自分には関係ないと言わんばかりに、ね……。僕はこんな空が嫌いだよ」
そこにいつものおちゃらけた雰囲気はない。
陸は忌々しげに空を見上げていた。
何と言えばいいのか分からない。
「ああ、ごめん……」
陸はハッとして、照れ臭そうに頭を搔く。
今のは……まあいいか。
「いや、大丈夫だ」
「それより、大和に訊きたいことがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「本命はどっちなの?」
本命……?
「何の話だ?」
「またまた〜、惚けちゃって」
「いや、本当に分からないんだが」
「だから、詩音と昴、どっちが大和の本命なの? って話!」
そこまで言われてようやく気が付いた。
「それってもしかして恋愛的な話か?」
「そうそう」
「ないだろ……。というか、俺が二股してるみたいな言い方はやめてくれよ。2人にも失礼だぞ?」
「いや、僕は全然そんな話してないんだけどね。どうしてそうなるのか全く分からないよ」
「いや、俺の方が意味わからん。大体俺は昴を男友達だと思ってるんだぞ? 今は色々あって女性になったみたいだけど、そんなすぐには切り替えられないよ」
「────…………ん? なんて?」
陸は足を止めていた。
振り返ると、なんか凄い顔で俺を見てる。
「いや、だから昴が女性になったのを否定するつもりは全然ないけど、そんなすぐには切り替えられないって」
「それ、本気で言ってるの?」
「ん? 何かまずいこと言ったか?」
「いやー、んー……」
と、苦笑いした陸は。
「大和って、思ってた以上に馬鹿だよね」
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