思いつくまま1000文字以内で短編集

日向はび

胡乱な魔法使い〜変な店に迷い込んだ〜(ローファン)


「私は魔法使いだからね」



 口髭をなでながら、彼は言った。



「……はい?」



 思わず尋ね返した真由に、彼は大袈裟に首を傾ける。



「聞こえなかったかね? レディ、私の正体は魔法使いだと言ったんだ」



 馬鹿馬鹿しい。と真由は思った。



 雨宿りのために渋々入り込んだ店。


 大量の古書。見たことのない動物の置物。使い方のわからない器械。きれいなアクセサリー。そして初めて見る真っ白なフクロウ。


 何もかもが不思議な店。


 その中で、店の奥からやってきた店主らしき人物が、一番不思議な存在だった。


 全身黒の服装で、雨とはいえ夏だと言うのに長いコートを来て、室内で帽子を被っている。そして手には杖。


 胡散臭い弁舌で真由を招き入れた男は、真由の「暑くないですか?」という問いに、己は魔法使いだから暑くない。と答えたのだ。


 詐欺師を見るような目をしていたのだろう。男はノンノン、とわざとらしく指を左右に振った。



「何事も、初めから疑ってかかるのは良くないことだよ、レディ。証拠を見せよう」



 その言葉に、真由は胡乱げに視線を返す。


 次の瞬間。


 一瞬のことであった。


 男がサッと手を無造作に動かしたかと思うと、その手には小さなトカゲが乗っていた。


 みどりがかったタマムシ色に光るそのトカゲが一体なぜ店の中にいるのか。唐突に何事か。そんなふうにうろたえる真由を放置して、男は杖をくるくると回した。


 こんな物の多い場所でと青ざめる真由だが、振り回される杖が物にぶつかる様子はない。



「さあ、これが証拠さレディ」



 言って、サッと杖の頭をトカゲに向けた瞬間。


 ホワン、だか、ポウン、だか、フョン、だか、なんとも形容しがたい音がしたかと思えば、男の手にうたトカゲは1本のペンに変わっていた。


 先程のトカゲとおなじ綺麗な色のペン。


 呆気にとられる真由に男はポーンと軽くペンを投げる。


 真由は思わず落とさないように必死にキャッチした。


 しかしどう見ても普通のペんである。



「これが魔法だよ、どうかね」



 しげしげとペンを見て、真由は最終的に小さく笑った。



「マジックじゃん。さっきのもおもちゃのトカゲでしぉ」



 男の方眉が跳ね上がる。



「そう思うかね」



「当たり前でしょ」



「ふむ、それなら、そのペンは君に差し上げよう」



 驚く真由に男が続ける。



「今日は深夜0時まで起きていることをオススメするよ」



 意味がわからない。


 お金もないし買えないと言えば、無償でくれるのだという。そうして追いやられるように店から外に出される。


 外は、いつの間にか雨が止んでいた。


 振り返ると店のドアの向こうで男が手を振っている。


 真由は再び男に胡乱な視線を送りつつ、家に帰ることにした。



 帰宅後、何度も見たが、ただの普通の綺麗なペンで、むしろいい物を貰ったなと真由は上機嫌だった。


 すっかり男の最後の言葉を忘れて眠りについた真由は、翌朝悲鳴をあげた。



「と、トカゲがっ! トカゲが部屋にいるー!!!」



 机に置いてあったペンはどこにも見当たらなかった。


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