無双姫‐戦国時代に転生したけど、知識が無いので現代無双は出来ません‐

橘月鈴呉

第1話

 父上が沈痛な面持ちで、集った重臣たちを見回す。その中には、女だてらに私と義母上も含まれている。

 通常の政であれば呼ばれることは無いが、こと我が成田家の命運に関わることであれば、呼ばれることもある。つまりそれだけ今日の話は重大だということだ、それが察せられない様な者は、ここにはいない。

 父上が重い口を開く。

「尾張の羽柴が、小田原へ攻めて来よるらしい」

 小田原というのは、うちの主君である北条家のお城だ。大層戦に強い城だと聞いているけど、父上の態度を見る限り、あまり分の良い戦ではなさそうだ。

 確かに尾張の羽柴は近年勢力を大きく拡大していて、この東国より西は、もう羽柴の勢力下だとは聞いていた。

「そう言えば、今は『豊臣』という氏を賜ったのだったか。過分な名を賜りおって」

 父上が忌々しそうに言う。その常葉に、私は引っ掛かりを覚える。聞き覚えがある気がした。「小田原攻め」という言葉も、仲間の顔をして一緒に浮かんで来る。

 近頃はめっきり開けることの減っていた記憶の抽斗が開く。あまりに開けな過ぎてガタついている抽斗を開けて、その中を漁る。

 とよ、とみ…、

「秀吉っ!」

 思わず声に出てしまった私に、皆の視線が集まり、慌てて手で口を塞ぐ。

「失礼いたしました」

 非礼を詫びると、父上は軽く頷き話を続けていく。

 私はこの時ようやく、自分が転生したこの時代が戦国時代の終わり頃だと分かったのだ。




 自分はどうやら時々変なことを言って、周りの人々を戸惑わせているらしいと気付いたのは、数えで四・五才の頃。その頃から、周りが変な顔をすることと、しないことをなんとなく自分の中で分類していった。

 そんな頃に、生まれた時からあるはずの真っ直ぐな黒髪だとか、活発に動く体に違和感を覚える様になっていった。

 数えで八才の時、改めて変なことや違和感について考えてみることにした。

 その結果、私は前世の記憶を持った転生者だと分かった。

 前世の私は、所謂ごく普通の女の子だった。

 くるんくるんとよく絡む天然パーマの猫っ毛は色が薄く、黒というよりは茶色だったため、中学に上がった時は先輩に絡まれないか、ドキドキしたものだ。

 性格は今と変わらず勝気で活発だったが、喘息を持っており、激しい運動をすると発作が起こるので、気持ちの赴くまま体を動かすことは出来なかった。

 そんな心と体のギャップを、私は物語で慰めていた。

 マンガやアニメ、ドラマに映画に小説、ゲーム。色んな作品に触れて、たくさん好きになって来た。

 特に戦う女性、強い女戦士が大好きで、すごく憧れていた。健康な体に生まれ変わって、そういう人になりたいとは、結構本気で思っていた。

 そんな前世だけれど、死んだ前後の記憶は無い。死因も分からないし、何才まで生きたのかも覚えていない。とりあえず、中学に通った記憶はあるので、まあ中学生だったのかなぁとは思う。

 と、前世の私についてまとめたことで、前世の知識や情報と、今世のそれらが線引き出来てきたから、もうこれまでの様に前世の知識で周りと困惑させることも無いはず、気を付ければ大丈夫、きっと。

 さて、では今度は今世について考えてみよう。

 前世で見て来たお話の転生パターンは大きく四つ。

 異世界転生、過去の時代への転生、未来への転生、やり直し。

 この内、未来への転生とやり直しは私の場合、当てはまらないだろう。

 前世の世界と照らし合わせても、技術は前世の方が発展しているし、人々の服装も、着物から洋服に移り変わったのに、また皆が着物に戻るなんて、普通に考えれば無いから、未来ではないでしょう。

 やり直しは、どうしようもない破滅に追いやられた主人公が、そうなる前の幼い頃に戻っているってパターンだけど、前世の私と今の私は明らかに別人だから、これも違う。

 過去への転生。正直これが一番有力だと思っている。

(前世のお話だと、このパターンの場合、戦国時代への転生が多かった気がする)

 戦国時代かはまだ分からないけど、前世の記憶と照らし合わせて時代を確認しておいた方が良さそう。……とは言うものの、分かるかなぁ? 私別に歴女じゃなかったし、大河はほとんど見てないし、中学は世界史の記憶しかないし、小学校の授業内容だけで、時代の特定とか出来るかなぁ?

 それに、まだ異世界転生の可能性が残ってる。

 異世界転生のお話は、圧倒的にゲームのRPGみたいな世界や、中世ヨーロッパみたいな世界への転生が多かったけど、日本に似た異世界への転生が有り得ないわけじゃない。時代を探る時に、どうしても前世の歴史知識と噛み合わなければ、そういう可能性も有るわけだ。

 とにかく情報を集めないことには始まらない、手習いの時にでも訊いてみるか。




 最近お寺で手習いを始めたのだけど、これが改めて難しい。

 記憶を整理して、前世の記憶でひらがなカタカナ全てと結構な漢字をマスターした今、手習いくらい簡単かと思ったら、そんなことなかった、ちょっと泣きたい。

 まず、墨と筆で書かないといけない、当たり前だけど。

 というか、なんなら前世の記憶が鮮明になった今の方が、筆で書くのやり難いんだけど。えんぴつの手癖が、私を苛む!

 文字も、同じ日本語のはずなのに大分違う、かなり崩しているんだろう。

 思い起こせば前世でも、博物館とかで古文書とか掛け軸とか見て、「読めない」って友達と笑った気がする。「か」とか何なのアレ、あんなちょっと膨らんだだけのとこ「か」と読めとか、結構な無茶ぶりじゃない?

 しかもかな文字が複数あるとか、聞いて無いんだけど!

 自分が今どこを写しているのか分からなくなりながら、なんとか今日の手習いを終えることが出来た。

 疲労困憊だけれども情報を集めると決めたのだ、訊かなければ。

「和尚様、つかぬ事をお訊きしますが、今年って何年でしたっけ?」

 直球過ぎて、かなり不自然な質問の気もするけど、自然な言い回しが思い浮かばなかったんだから、仕方ない。

「今年か? 今年は天正八年じゃよ」

 てんしょーはちねん……。

 しまった、年号か! そうか、日本ではまだ西暦使われていないのか。天正っていつ? 前世の日本でも使われてた? 私年号って、明治・大正・昭和・平成・令和と大化くらいしか知らないよ。これじゃ何時代か以前に、過去の日本か異世界かどうかも分からないよ。

 どうしよう、なにか判断材料を手に入れなければ。

「今この国って、どんな漢字ですかね?」

 ざっくり質問。さすがにどうなんだと、ちょっと居た堪れなくなってしまう。和尚様もひどく訝し気に首を傾げる。

「田舎の一坊主の知っていることなぞ、たかが知れとるぞ」

 そう言うと和尚様は、不思議そうにしながらも教えてくれた。

「応仁の戦の後に世は乱れ、足利将軍家の権威も落ちていたが、数年前に義昭公が京を追放され、最早何の力も無い。

 その為、国主たちは自国の領土を守り、また広げることに夢中で、まさに世は麻の如く乱れておる。

 まあ、この東国は成田家の主君である北条によって治められ、比較的落ち着いていると言えるか」

 和尚様がうんうんと頷きながら教えてくれるが、正直最初の方で衝撃を受け、途中からあんまり頭に残っていない。

 え、室町幕府って応仁の乱で滅んでないの?

 え、え、応仁の乱で室町幕府がなくなって、戦国時代になったと思ってた。あ、そう言えば応仁の乱でどっちが勝ったとか聞いたこと無い気がする。てか、誰と誰が戦ったんだっけ?

 後、誰だよしあき? 足利将軍は、私義満と義政しか覚えてないんだよねぇ。ちなみに徳川将軍は家康と家光。鎌倉幕府に至っては、頼朝しか知らない。

 まあ、知らない将軍とは言っても、応仁の乱に足利将軍まで揃えば、多分やっぱり前世と同じ世界の過去ってことか。応仁の乱の後で、江戸幕府はまだっぽいから、戦国時代ってことかな? セオリーだ通りだ。

 私はとりあえず和尚様にお礼を言って、城に変えることにする。これからどうすると、考えなくては!




 さて、これからどうするかを考えるためにも、参考に前世で呼んだ戦国転生モノを思い返してみる。

 私はファンタジーの方が好きだったから、あんまりたくさんは読んでないし、全部途中から複雑になって読むのを止めてしまったけど、大体みんな転生主人公たちのやることは同じだった。

 つまり、現代無双。

 戦国から見れば未来にあたる現代の知識を使って、戦や経済で無双していくわけだ。

 えっと、じゃあまず戦国の戦で覚えているのを思い出してみよう。

 まずは関ケ原!それと……桶狭間っていうのもあったっけ? それから……確かテレビで信長が妹から小豆をもらった戦いを見た気がする。……それが桶狭間だっけ?

 ……後、壇ノ浦って戦国? いや、違った気がするなぁ。

 だめだ、もう出て来ない。

 えっと、ちなみにそれらは誰と誰の戦いだっけ。

 桶狭間は、信長……とぉ? 誰?

 関ケ原は……いっぱいっ!

 ちょっと落ち込んで来た。私ってこんなにバカだったっけ?

 いやいや、そうだよ。中学の歴史は四大文明とか、世界史的な話ばっかだったし、小学校の頃の戦国は信長・秀吉・家康しかやらなかったからなぁ。

 まあ、そんな信長の参加した戦いに関してもこんな感じだけど、でも楽市楽座とか、刀狩りとか、武家諸法度とかは覚えてるもん!

 うん、戦いに関しては、役に立ちそうな記憶は無さそうだ。無いものを惜しんだってしょうがない。

 気持ちを切り替えよう!

 経済や政治で転生主人公たちがやってたのが、綿花の栽培・石鹸作り・日本酒作り・しょう…しょう……火薬作り!

 って、作り方なんて知らないよ!

 何で知ってるんだ転生主人公、どんな人生を歩めばそんな知識が付くんだ転生主人公。

 これはさすがに私が悪いんじゃなくて、彼らが変なんだよね! ね?

 まあ、まんがや小説の主人公に対してこんなこと言ってもアレか、相手はフィクションだもんね。

 大体にして、私は長子と言えども女で、跡取りじゃないからなぁ、知ってたとしてもどれくらい活用できたかは分からないね。

 大きく溜め息を一つ。

 ここまでの結論。どうやら私、戦国時代に生まれ変わった転生者だけど、現代無双は出来ません。

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無双姫‐戦国時代に転生したけど、知識が無いので現代無双は出来ません‐ 橘月鈴呉 @tachibanaduki

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