第317話 皆の親代わり
僕は子供達の濡れた髪を乾いた布で拭き、水気を取る。その後、髪が乾いた子供からブラッシングを始めた。
僕は木製の櫛を使い、子供達の髪の毛を解していく。
ミルとマルは手櫛でも全く問題ないくらい纏まるのだが、エナは引っ掛かりが多く難しい。
ハオとパーズもたまにはブラッシングをしている。朝に寝ぐせを治すのが面倒なのだそう。
パーズの髪は癖が殆どなく、纏まりが良くて何も問題ないが、ハオの髪の毛は結構な癖毛なのでブラッシングせずに寝ると朝に髪の毛がボサボサになってしまうのだ。
僕は子供達のブラッシングを終え、寝室に向う。
ただの一日は他の日と特に代わり映えもなく終わる。でも、それでいい。何か劇的なことが起るよりかは普通の生活をしていたい。そう僕は思う。
少しでも劇的な毎日を送るのは気持ちが疲れてしまうのだ。毎日同じなのもそれはそれでつまらないが、一つ何かを変えてみることで楽しさは何倍にも跳ね上がるはずだ。
僕は既に楽しい。ただ、子供達が楽しさに慣れてしまわないか、とても心配になる。まぁ、もうすでに辛い経験をしているのだから大目にしてもかまわないだろう。楽しい日々ばかりではないと皆に忘れてほしくない。だから、今の楽しい時間を目一杯楽しんでほしい。
子供達はこれから大人になるにつれ、時間の流れは少しずつ少しずつ早く感じていくはずだ。子供でいられる時間は限りなく少ない。
きっと僕がまばたきをする間に子供達が成長し、大きくなってしまうだろう。
僕が気づいた時にはもう、子供ではなくなっていたりするんだろうか。そう考えると親としては何とも表現しがたい気持ちになるだろう……。
子供の時間より大人の時間の方が圧倒的に長い。だが、大人の時間を支えるのは子供のころの時間なのだ。
皆にはぜひ、子供の時間を無駄にしてほしくない。
僕は子供達に出来れば仕事をして欲しくないし、もっと遊んでもらいたい。友達も作ってほしい、世界はもっと広いと知ってもらいたい……。
僕が出来ることならなんでもしてあげる。でも、僕が助けてあげられる範囲には限界がある。自分の足で歩くのと大人に歩かせてもらうのとでは全く違うのだ。
子供が親なしで生きることは限りなく難しい。赤子ならほぼ不可能だ。
僕は親の役目とは何だと考えた時、いつも迷う。自分が本当に子供達の親代わりになれているのかという現実に……。
考え続けていると子供達にとって僕は親ではなく家族なのではないかと最近思い始めてきた。
僕に子供達の親というほど大層な役割は全うできそうにない。だから、僕は家族の一員として子供達を守っている。言うなれば兄とか、叔父とか、そう言った位置に属しているのだろう。そう考えた方が気楽だ。
現に、僕は子供達に父親として見られていない気がする。
エナは主、マルとミルは主様、パーズは師匠、ハオはコルトと子供達の誰一人として僕のことを父とは言わないのだ。それが悲しいかと言われると別に悲しくはない。
僕は皆の保護者だ。
僕の育ての親である爺ちゃんや婆ちゃんみたく、僕を成人まで守り育ててくれた二人のように、僕も子供達を育てればいい。
僕は物心つく前から爺ちゃんと婆ちゃんに育てられていたため、本当の親のように接していたが親ではなく祖父母なのだ。でも、僕は二人を親と言う。
爺ちゃんと婆ちゃんは僕の育ての親だ。死んだ父さんの両親で僕と血は繋がっているという。
だが、僕と子供達には血が全く繋がっていない。それでも構わないと思えるのは子供達が皆、幸せそうに生きているからだ。
今、僕は一年過ぎたら、奴隷商の獣人族を皆、購入する話になっている。
僕が購入するわけではなく、ハルンさんとルリさんが金貨を溜めて買い直すのだ。
そうなった場合、子供達は種族の近いものを親とした方がいいのかと思う時がある。その方が種族による弊害がない。子供の柔軟性は凄いので、すぐに馴染んでしまうのだろうなとかってに考えていた。
僕は子共たちの何になれるのか。本当の父親になれずとも、皆の友達にならなれるかな。結婚は……、さすがに考えられないな。
「主様ぁ……、チュッチュ……。チュッチュ……」
マルが自分の双子の妹であるミルの顔がベタベタになるほどキスしていた。だが、ミルは嫌な顔を全くしていない。
「えへへ……。主様……、そんなにチュッチュしないで……。顔が熱くなって照れちゃうぅ……」
キスしたい方とされたい方が互いに欲求を満たしていた。
そんな微笑ましい姿を見られるのはとても嬉しい。
こんなに、平穏な時間を過ごせているのは七○年前にアイクさんが魔王を倒してくれたからだ。でも、この平穏も脅かされている。もし、この平穏が壊されるのかもしれないのなら、僕は……。
考えている途中にも拘わらず、僕は眠りに落ちた。
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