第133話 村へ向けて再出発

「御者さん。積み込みが終わりました。もう出発してもらっても問題ありません」


「分かりました。では出発しましょう。アルムス村からコルトさんの目指す村まで最短であと3日ほどで到着するはずです。何もなければですが……」


御者さんは腕に巻かれた包帯を見ながら苦笑いする。


「この先も森や林、山がありますからね。何なら遠回りをして比較的安全な平野を走る道でもいいですけど。どうしますか?」


「そうですね。さすがに、今回のゴブリンは結構堪えましたから……危険な道は外れていきましょう。そうなると3日伸びて6日後に到着する予定ですね」


「6日なら食料も余裕で足りると思います。安全運転、安全走行を心かけていただけるとありがたいです。僕も盗賊や魔物、大型の危険動物には神経が磨り減るほど注意しておきますから」


「そこまでしなくても……」


「いえ、僕の力不足で御者さんと皆を危険な目に合わせてしまったんです。あと6日間くらい、神経をすり減らしてでも守りますよ」


「そう言ってもらえると頼もしいですね。私も日中は注意して走らせますから、村に無事到着するのを祈りましょう」


「はい。神様が味方に付いてくれれば、何も恐れることないですからね」


「そうですね」


僕は御者さんの隣に座り、周りを見渡してから出発の合図を出す。


「周りに人はいないので、出発しても大丈夫そうですね。それじゃあ行きましょう」


「了解しました」


御者さんは手綱を波立たせ、馬に合図を送る。


馬は少しずつ動き初め、しだいに駆け出した。


「馬の体調もよさそうです。今日は慣らしで、少し遅めに走らせますね。明日からは本調子に持って行こうと思います。なので、今日は以前より進まないですが心配しないでください」


「分かりました」


僕たちはアルムス村を出発し、荒野を駆ける。


道は整備してあるとはいいがたい。


ただ、多くの馬車によって押し固められた土砂道で、乗っている間の振動は少なく、森よりは快適な移動だった。


「今日も晴れてよかったですね。荒野は雨が大変ですから」


「はい。雨具はありますけど、体力の消費が全く違いますからね。それに気分も晴れているほうが気持ちいですし」


「今日は本当に空が近くに感じるくらい、快晴ですね。それはそれで、熱すぎますけど……」


「はは、そうですね。でも、川が道に沿うように近くを流れていますから、いつでも水浴びできますよ」


「川で水浴びですか……いいですね。凄く夏っぽいです。子供達もきっと好きだと思います。気温が最も上がる正午に休憩がてら、川に行ってみましょう」


「主~ 村はまだ~?」


エナが小窓から顔を出してくる。


「あと6日くらいだよ。焦らなくてもすぐ着くから。村についたらやりたいことでも考えておきな」


「ん~っと、ん~っと~ 主と狩して~ お肉食べて~ 体洗いっこして~ お勉強して~ いっぱい遊ぶ~ それからそれから~」


エナは自分の指では数えられないほどのやりたいことを口に出していく。


「それだけいっぱいあったら、退屈にならないで済むね」


「エナはね~ 主といるだけで楽しいの~ だから、このままでもいいの~」


「そう言ってくれるとすごく嬉しいな。僕もエナ達といるだけで楽しいよ」


僕はエナの頭を撫でる。


「きゅぅ~」


「ははは、顔がくしゃくしゃになってるよ」


子供達は代わり番こに顔を出して、僕に話しかけてくる。


「主様、マルとミル、どっちが可愛いですか!」


「え? どっちが可愛いか……。そう言われてもなぁ……どっちも可愛いじゃダメ?」


「ダメです。決めてください!」


「ん~~っと……」


――どうしよう。2人の違いなんて、目の色くらいしかないのに……。それだけでどっちが可愛いか決めろと言われてもな。僕にとったらどっちも天使みたく可愛いんだけど。


マルは自信満々な表情で僕を見ており、ミルは聞きたくないといった表情で僕を見つめる。


どうしても決められなかった僕は2人の頭に両手を置いて、言った。


「やっぱり……、2人とも可愛いよ」


――ど、どうだろう。これでいいのか……。


ミルとマルは目を丸くして、小さく笑う。


「ですよね!」「主様なら……そう言うと思ってた」


どうやら僕は鎌を掛けられていたらしい。


どっちかを選んでいたら、きっと嫌われていたのだろう。


「分かってたのなら、聞かないでよ……」


「主様の口から聞きたかったんですよ!」「……うん」


「はは……、2人とも策士だね」


僕は、2人の頭を撫でたあと、頬を伝って顎下を撫でる。


「ごろごろ~」「ぅ~にゃ……」


何とも気持ちよさそうな声を出して、耳をひくつかせるから可愛くて仕方ない。


続いて、パーズが顔を見せる。


「……師匠……名前、書けた……」


「お! すごいじゃん! 頑張ったね、パーズ!」


パーズは白い紙につたない字だが確かに『ぱーず』と平仮名で書かれている。


なぜか涙がでそうになるほど嬉しかった。


僕はパーズの癖毛がさらにぐしゃぐしゃになる程頭を撫でて、褒めた。


これ以上ないほど褒めちぎり、努力を肯定した。


「……し、師匠……まだ、名前が書けただけ……」


「それでもすごいの! パーズが頑張ったから書けるようになったんだよ」


「……はい……」


パーズは照れくさそうな顔で微笑むと、書いた紙を胸に寄せて小窓から去った。


「コルト! 腹が減った!」


ハオが小窓から頭を出して言う。


「干し肉があったでしょ。それを食べなよ」


「そっか! 干し肉を食べればいいのか!」


ハオは頭を戻した。


「何だったんだ……」


僕は子供達と会話しながら、馬車に揺られて村に向かう。


――このまま、何も起こらないといいな……。

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