夢子と夢希

「ねぇー。富士丸の散歩行きなさいよ。」


【ワン、ワン】


吠えまくる富士丸に、母が怒った。


僕は、夢君と呼ばれていて姉は夢ちゃんと呼ばれていた。


「夢君、行ってよ」


「やだよ」


「今日だけ」


「えー」


僕は、夢ちゃんの服を渡された。


小学生の僕達は、父と母も区別がつかないぐらいソックリだった。


僕は、仕方ないから夢ちゃんの服を着て散歩に出掛けた。


そして…。


「富士丸、この桜の木が気に入ったの?」


【ワン、ワン】


「よかったねー」


【ワン、ワン】


「えっ?」


やってきた、ワンちゃん。


「紐、ないよ」


「チー子」


やってきた、君。


ドクンって、胸が鳴った。


.

.

.


「僕は、夢希ゆめき君に、あの日会っていたの?」


「あの日だけじゃないよ。夢子は、一度も富士丸の散歩に行かなかった。」


「じゃあ、僕が告白したのは…」


「私だよ」


その言葉に、一季君の顔が曇るのがわかった。


「その顔が、見たくなかったんだよ」


「どの顔?」


「今の顔だよ」


「ごめん」


「謝らないでよ」


「でも、夢子ちゃんが亡くなったのは何故?」


「それも、教えてあげる」


僕は、ゆっくりと話す。


.

.

.


あれは、事件が起こる一週間前ー


僕が、一季君に告白された帰り道


「富士丸、帰るよ」


【ワン、ワン】


「もしもし」


「はい?」


「君って、男の子だよね?」


「ち、ち、違います。」


「嘘つかなくたって、僕にはわかるよ。」


「あの…」


「いいんだよ。よく、似合ってる」


色白で、綺麗な顔のその人は、そう言って通りすぎていった。


一季君と同じ歳か、下ぐらいだろうか?


僕は、気にせずに富士丸と、帰宅した。


4月3日ー事件の一日前


「チー子と富士丸、相変わらず仲がいいね」


「うん」


指先と指先が、れた。


「ごめんね」


「一季君」


「何?」


「その…。キスぐらいしたい」


「よく、知ってるね」


「あれから、出会って、明日で一年だよ。私も、12歳だよ。私の友達も、結構やってるよ」


「そうだよね」


「一季君は、15歳でしょ?」


「うん」


「やってるでしょ?周り」


「そうだね」


顔を真っ赤にして、俯く一季君が、好き。


「今、する?」


「ううん、明日したい」


「わかった」


「チー子は、連れてこないで」


「わかった」


「明日の16時にこの場所にきて」


「何で、16時?」


「初めて会ったの16時だったじゃない?」


「あー。そうだったね」


「じゃあ、16時に必ず一人で来てね」


「わかった」


その日は、そう言って帰宅した。


4月3日ー17時



「何で、私が行くのよ」


「夢ちゃん、お願いだよ。僕のフリしてキスしてきて」


「キスなんか嫌よ」


「だったら、男だって伝えてきてよ」


「それで、夢君は諦められるの?」


「頑張って、諦めるよ」


「ふーん」


「行ってくれないなら、富士丸の散歩にもう行かないから」


「わかったわよ、行ってあげるわよ」


こうして、入れ替りがおこる。


4月4日ー17時ー事件当日


僕は、怖くて家にいた。


「答えちゃんと聞いてきてあげるから」


一時間以上前に、そう言って出ていった夢ちゃんはまだ帰ってこなかった。


18時ー


「夢君、夢ちゃんは?」


「それが…」


「富士丸と散歩でもないのよね?」


「うん…。僕、探してくる」


「待って、お母さんも、お父さんも行くから」


何だか、嫌な予感がした。


富士丸を連れて走り出す。


「夢子ー、夢子」


【ワン、ワン】


近所の空き地を通り過ぎようとした時だった。


【ウー、ワン、ワン】


薄暗い闇に横たわるそれに、富士丸が吠える。


「待って、僕だけが行くから」


富士丸の紐を繋いで、ゆっくりと近づく。


近づくとハッキリとわかった。


血の匂いと異臭…


赤と白のコントラストをつけられた夢子だった。


「夢子ー夢子」


出会った時に着ていたピンクのワンピースが毛布のようにパサリと落ちた。


全身は、酷くベタベタで、身体中は、酷く傷だらけで、剥き出した目が、無理矢理襲われた事を意味していた。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


僕の声で、両親が走ってきた。


「わぁぁぁぁ」


「夢子ー」


泣き叫びながら、崩れ落ちる母


父は、必死に携帯電話で警察にかけようとしている。


「夢子」


ボロボロの僕は、夢子の口の中を覗いた。


ドロッとしたそのきたない液体と、夢子の血の赤


「やめなさい、夢君」


母に、言われ続けても、僕は口の中にハンカチを入れて拭う



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