01-08 男、死すべし(慈悲は無い)

 しかしリンダはもちろん、ルクレツィアたちも慌てない。


 ドアを開けて廊下に飛びそうとしたジョバンニは、そこで足を止めてしまった。


「リンダ殿が審問官だと知っていたいう事は、宿帳の記録を従業員から聞いていたな。ならばもう一人、仲間がいる事も知っていただろう。粗忽者め」


 抜き身の刀を突きつけながら、ジョバンニに続いて部屋の中へ入ってきたのは花梨だ。ジョバンニが逃げ出す事を想定して、廊下で待機していたというわけだ。


「宿屋の人間もぐるか。どうしてこのようなさもしい男を助けようとしたのか、理解に苦しむ」


 花梨は小柄だ。刀を突きつけられているとはいえ、ジョバンニは隙を突いて逃げ出せると思ったようだ。


 無理矢理、横をすり抜けて廊下に出ようとした。その瞬間、花梨は刀を返して刃の無い方でジョバンニの背中を打った。


「峰打ちだ。力も抜いた、安心せい……。と言いたいが、それどころではないようだな」


 花梨の峰打ちを背中に受けたジョバンニはそのまま床に転がっていた。小柄な花梨が力を抜いたといっても、金属の塊で背中をしたたかに叩かれたわけだ。平然としていられるわけもない。


 床に転がったジョバンニは気絶こそしていないが、悶絶してのたうち回っていた。


「なにごとですか……」


 ホテルの従業員がリンダの銃声を聞き駆けつけてきた。そして床に倒れているジョバンニを見て絶句する。続いてブルックス夫人がよたよたと部屋に入ってきた。


 ジョバンニの姿に驚きを隠せない。そしてルクレツィアたちの方へ向き直るといきなり弁明を始めた。


「ああ、申し訳ありません! この男に、ジョバンニ・コーザーに脅されていたんです! ホテルを改装して隠れ場所を作ったのも、この男のアイディアです。本当はそんな事はやりたくなかったのですが、従業員の生活を守る為には……」


「ババア! 裏切るのか!!」

 ようやく声が出るようになったのか、ジョバンニはブルックス夫人を罵倒した。


「その件についての申し開きは司法省の方へして下さい。わたくしたちの管轄外ですわ」


 ルクレツィアはドレスを着直すとブルックス夫人に向かって続けた。


「まずはこの男の処置が優先ですわ。お庭を貸してくださいますよね」


 有無を言わさぬ口調だ。ブルックス夫人も肯くしか無かった。


「銃声も聞こえましたし、そろそろ頃合いだと思い伺いました。ルクレツィアお嬢様」


 年老いた紳士、執事のパトリックが、屈強な男たちを従えて現れた。


「こちらがのジョバンニ・コーザー死刑囚ですわ。パトリック。もう夜も遅いですし、すぐにいたします。手はずをお願いしますわ」


「御意。場所はホテルの前庭でよろしいですね。お前たち、死刑囚を前庭まで運び出せ。そしての準備を」


「止めろ!! 止めろぉ!! 死にたくない、俺はまだ死にたくねえ!!」


 ジョバンニは抵抗するが屈強な三人の男たち、処刑人助手に縛り上げられ連れ出された。


「さて、それではさっさと済ませてしましょう」


 ルクレツィアは皆に向かってそう言った。


 ルクレツィアの記憶によると、ジョバンニ逃走の経緯は以下のような次第だ。


 死刑判決を受けたジョバンニ・コーザーは、預かりになっていたテイラー卿の屋敷から逃走した。テイラー卿は判決を遵守、ジョバンニの死刑執行準備を始めたからだ。


 逃走先はテイラー卿の屋敷近くにあるこのホテル。そしてジョバンニとホテルの経営者ブルックス夫人には思わぬつながりがあった。


 ジョバンニが被害者に使った毒薬や幻覚剤は、キネカ人の自称医師ボー氏から入手したものだ。キネカ国は東洋の大国で医学薬学では進んだ技術を持ち、ボー医師は輸出が許可されていない危険な薬物も密売していたらしい。


 そしてブルックス夫人もボー医師の顧客だったのだ。


 ボー医師はジョバンニが逮捕された直後、国外へ逃走したが、残された資料からブルックス夫人も、法律で禁止されている成分が入った回春薬や媚薬、やせ薬を購入していた事が分かった。


 ジョバンニはボー医師からブルックス夫人が顧客だったと聞いていたのだろう。それをネタに夫人を脅して、ホテルに隠れ部屋を作らせて潜んでいたのだ。


 大人しくしていれば逃げおおせたかも知れないのに、ジョバンニは度しがたい女好き。そして絶倫。何ヶ月もの禁欲生活には耐えきれず、隠し部屋から女性宿泊客を物色。ずっと隠し持っていた幻覚剤を利用して気に入った女性客を強姦したというわけだ。


 自業自得というか、色欲が身を滅ぼしたというか、いずれにせよ最低の人間がふさわしい刑罰を受けるだけだ。

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