01-05 あ、男とかいらないんで。ノーコメント。
ルクレツィアが色んなものに負けそうになったその時だ。背後で何かきしむ音がした。
「あ~~あ、見ちゃいられねえな!」
男の声だ。男! いま、この場に! 一番、居て欲しくない存在!!
ルクレツィアは一瞬にして我に返る。床に落ちたドレスを拾い、マルチナをかばうように男との間に立つ。
隠し扉から、小型拳銃を手に出てきたのは、写真でも見たターゲット!
ジョバンニ・コーザー、逃走した死刑囚!
「はいは~~い、ちんぽのご用命はいかがですか? 一本しか無いけど、生きの良さは保証しますぜ。お嬢様方!」
下品な言葉を飛ばすと、何がおかしいのかジョバンニはげらげらと気に障る笑いを飛ばした。
「ジョバンニ・コーザー。テイラー卿のお屋敷に『お預け』になっていた死刑囚のジョバンニ・コーザーで間違いありませんわね」
「あぁ、間違いないぜ。俺がスケベな色男で有名な死刑囚のジョバンニ・コーザーだ」
にやにやと笑いながら、ジョバンニは開き直ってそう答えた。ちょっとだらしない風のイケメンだが、この男が正真正銘の凶悪犯なのだ。
さる企業の御曹司なのをいい事に、常に複数の女性と交際。貴族令嬢との婚約が内定した事で、交際相手の始末を画策。妊娠中と分かっていた複数の交際相手に毒をもって殺害した事で、すでに死刑判決が出ていた。
それがなんでこんな山の中のホテルに隠れ潜んでいたかというと『お預け』制度を悪用したから。
これは貴族や富裕層など、身分の高い人間が罪を犯して収監される場合、拘置所や刑務所では無く、より身分の高い中立的な個人や集団に預ける制度の事だ。
つまりこの国ではまだ前近代的な身分制度がまだ続いている事も意味している。
21世紀、令和の感覚からすると異様だけど、同じような制度はかつての日本にもあった。忠臣蔵の元ネタで有名な吉良邸討ち入りの浪士たちも、事件後には大名お預けになってるし、身分制度のある国では珍しくないのかも知れない。
ジョバンニはテイラー卿という貴族に『お預け』になり死刑執行を待つだけだったのだが、隙を見て逃げ出し姿をくらませた。
その後、テイラー卿の屋敷近くにあるこのホテルで、女性宿泊客が何者かに強姦される事件が相次ぎ、被害者からジョバンニと同じ血液型の体液が発見された。
そこでルクレツィアたちは、このホテルにジョバンニが潜んでいると推測して、探りを入れに来たという次第だ。
「警察官か、お前ら? そうは見えねえなあ」
小馬鹿にしたような口調でそう言うジョバンニにルクレツィアは反論した。
「巡回処刑人でございます」
「なにっ!?」
その単語にさすがのジョバンニの顔も青ざめた。先ほどルクレツィアが宿帳に記した職業『国家特殊巡回業務請負人』は、巡回処刑人の婉曲な言い換えに過ぎない。
ざっくり言ってしまうと、巡回処刑人というのは、『お預け』になったまま、なかなか死刑が執行されない死刑囚を、国の委託を受けて強制執行する仕事なのである。
つまり死刑執行人だ。にょほほほ。
刑が確定しても『お預け』になっていると、情が移ったり、あるいは関係者からの圧力などで、なかかな刑が執行されない場合がある。
そういう時にルクレツィアのような役割の人間が必要になる。
「女の、巡回処刑人……?」
さすがにジョバンニもショックを受けたようだが、すぐに何かを思い出したようだ。
「お前ら、ルクレツィアとマルチナと呼び合っていたな? そうか、思い出したぞ!! テイラー卿の屋敷に居る時、新聞で読んだ。これは傑作だ! なるほど、そうか!! 女同士なんだものな!! わはははは!!」
「な、なにがおかしいのですか!」
「そりゃあおかしいだろう。死刑囚が死刑囚の死刑執行に来るんだからよ!!」
そう言い捨てるとジョバンニは凄みのある笑みを浮かべた。その言葉にルクレツィアは反論できない。マルチナも恥辱で顔を伏せるだけだ。
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