異世界憑依!? 処刑令嬢はガチ百合したい!!

庄司卓

CASE:1 ジョバンニ・コーザーの場合

01-01 朗報!? 百合オタ、憑依してしまう!

 入ってきたあたしたちを見て、ホテルのフロントに居たコンシェルジュは少し目を丸くした。


「今日は本当に空振りでしたわね」


「でも私はちょっとほっとしました。まだ馴れていませんから」


「あ~~、くそ! とんだ骨折り損だぜ。逃げられるとはよ!!」


「相手がこの近くに潜んでいるのは確実なのだ。慌てる事は無い」


 なにしろ女の子ばかり四人だ。それもかなり格好がバリエーション豊かだ。


「それでは続きは明日という事でよろしいでしょうか?」


 バカが着くほど丁寧な口調で話すのは、深紅のドレスを纏った黒髪のご令嬢。ルクレツィア・モーントシャイン。でもこの名前は本名ではない。本名はルクレツィア・イズミール。なぜ偽名なのかは、また後でね。


「電話で予約はいれてあります。いま確認してきますね」


 小走りにフロントへ向かう、シスター姿の少女がマルチナ・ロンド。


「あ~~あ、腹減った。肉、食いてぇな、肉!!」


 レザーベストに身を包んだ、一行の中でも一際胸のでかいブロンド娘が、リンダ・トランメル。如何にもヤンキー娘という雰囲気だが、生憎とにはヤンキーという言葉はない。


「西洋の宿屋には浴場がないのが難点だな。旅の楽しみと言えば風呂であろうに」


 時代がかかった口調でそうぼやく、黒髪の小柄な少女がカリン・ワタベ。渡辺わたべの花梨かりんだ。着物姿で腰には大小の二本差し。絵に描いたようなサムライガール。


 そしてこのあたし、いずみ瑠夏るかだけど、この中にはいない。そもそもこの四人には存在すら認識されていない。


 もともとの世界ではごく普通の陰キャで百合オタだった女子高生のあたしだけど、気がつくといつの間に、ルクレツィア嬢の中に居た。


 中に居たというのは余り正解ではないかも知れない。どちらかというと背後霊のように していたというべきかも知れない。


 ルクレツィア本人はもちろん、周囲の人もあたしの存在には気づいていないけど、あたしからは周囲の様子を見聞きする事は出来るし、ルクレツィアの記憶や意識にアクセスする事も出来る。


 おかげでちんぷんかんぷんな言語で話しているルクレツィアたちの会話も、難なく意味を理解することが出来るわけだ。


 今のところ、なぜ、どうしてこういう事になったのは皆目検討がつかないけど、あたしはあたしなりにこの生活を楽しんでいる。


 なにしろ! 百合オタなので!!


「まぁまぁ、モーントシャイン公爵のお嬢様でございますわね。夜遅くまでお勤めご苦労様でございます。こちらからお迎えにいきましたのに」


 フロントから戻ってきたマルチナは太った年配の女性を伴って戻ってきた。イーデス・ブルックス夫人。このホテルの支配人だ。夫の死後、女手一つでホテルを経営している。


「いえ、自動車ですから。あぁ、そうですわ」


 何かを思い出したようにルクレツィアは入ってきたエントランスの方へ振り返った。そこには執事のパトリックと、ガラスのドア越しに2台の自動車が止まっているのが見えた。一台はルクレツィアたちが乗ってきたもの。そしてもう一台が、ルクレツィアたちのに必要なものと事務手付きをする役人、助手たちが乗っている。


「他の者は車中泊になりますが、自動車は駐車場の方へ回した方がよろしいですわね」


 ルクレツィアがそう言うとブルックス夫人は肯いた。


「分かりました。係りの者に誘導させましょう」


 ガソリンで走る自動車があると言うのに、この世界ではまだ身分制度が残っている。平民出身の役人は、貴族階級のルクレツィアや聖職者のマルチナたちとは同じ宿に泊まれないのだ。


 そうだ! つまりあたし、泉瑠夏が生活していた世界とは違う世界!


 ここが噂の!


 異世界でございましてよ、お嬢様方!!


 もっとも異世界と言っても、ラノベやアニメでお馴染みのものとはかなり違う。ドラゴンもいなければ、オークやゴブリンもいない。魔法もない。そもそも中世風の世界ではない。


 今の会話でも分かるように自動車はある。夜半過ぎだというのにホテルが明るく照明されているように電気と蛍光灯もある。でもLEDはない。


 飛行機はあるけど、どちらかと言うと飛行船の方が利用されている。


 ロケットはあるけど、まだ人類は月はおろか宇宙にも行っていない。月の模様はあたしたちの世界と余り変わりないけど、地球の地形はかなり違う。基本的に島が多い。大陸も海峡であちらこちら分断されている。


 ルクレツィアたちがいるのはエレビア地方のソレイユ群島王国という所なんだけど、あたしたちの世界だと西ヨーロッパあたり。エレビアはほぼヨーロッパを示すものと思ってよい。地中海がかなり広くなって西ヨーロッパ全体が無数の島々になってるような感じだ。


 逆に北大西洋や西太平洋には大きな島がいくつもある。


 国名もかなり変わっている。日本もなければアメリカもない。だからヤンキーなんて呼び名がないのも当然だ。


 文化、技術的には六〇年から八〇年前という感じで、風習や社会制度的には、まだ中世の封建制を引きずっているところがある。


 ものすごくざっくり言うとこんな感じの世界だ。だから異世界と言ってもトマトやジャガイモも普通にある。残念だったな、設定厨の諸君!!

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