あいすくーる! - Sea Side - 2
01♨
第1話 部活中の女の子とのすれ違い、そして玲香ちゃんの練習風景
女子「声出していこー! ファイッオー、ファイッオー!」
女の子の声が聞こえる。部活の最中かな……。
未咲「わたしの学生時代もこんな感じだったなぁ……ずっと帰宅部だったけど」
音楽やりたいって思ったことはあったけど、口笛とかで済ませてた。
未咲「そんなものだったってことだよね、わたしにとって音楽って……」
ずっと続けてた玲香ちゃんって実はすごかったんだ……いまさらにして思う。
未咲「部活って厳しそうなイメージもあったからそっちもかな……とにかくすごかったんだね、やっぱり玲香ちゃんって……」
燃焼しちゃった、ってよく聞くけど、そういうことがあったりするのかな……。
未咲「もうやりきったことがあるって……練習しても同じ相手にしか見せることがなかったりするとやる気も続きにくいのかな……」
いろいろ考えてみる。でも玲香ちゃんは人前ですることに少しトラウマがあるって聞いた。
未咲「知らない人の前でやらせてあげるのも難しそう……どうしたらいいのかな……」
ついわたしは泣きそうになる。ずっとやってきたことができなくなるってどういう気持ちだろう。
未咲「失った気持ちって取り戻すのが難しいって聞くよね……ゆっくりとでも進むことができたらいいんだけど……」
わたしになにかできることがあるといいな……そう思いながら家に着いた。
未咲「ただいま~進くん……およ?」
考えはまったく浮かばないまま、玄関をぬけてリビングに。
未咲「もー進くん……脱ぎかけのままソファで横になって……」
疲れてるのはわかるけど、もうちょっと何とかならないのかな……。
未咲「頑張ってほしいけど、こういうところも頑張ってよね……」
脱ぎかけたのを着なおさせてけっきょく寝かせてあげている。
未咲「こういうことしちゃうからかもしれないけど、ね……」
ため息をつきながら、そんな進くんにちょっとだけいたずらしたくなった。
未咲「くすぐったくなっても知らないんだから……」
わき腹を重点的に指で触りはじめ、反応を見ることにした。
進(ん……なんかくすぐったいな……)
気づいたけど、いま目を覚ますといけない予感がする。
進(でも我慢できない……声でそう……やめてくれ……っ)
そしてついに……。
進「いひひっ、あはははっ……」
未咲「はーい、おこづかい減額するね~。いいよね、進くん?」
進「はい、すみません……」
ちょっとなさけないところも進くんのいいところ。わたしはそう思ってる。
進「だって仕方なかったんだ! こんなに復職が大変だなんて思わなくて……」
未咲「それとこれとは別だと思うな……わたしだったら絶対してないよ?」
進「それはそうだけど……」
未咲「疲れてるならお風呂入って寝ちゃえばいいのに……そうしないの?」
進「頭ではわかってるつもりだったんだけど……」
わたしがちょっと甘やかしたのがいけなかったのかな……反省すべきかな。
進「いま懸命に努力してるかなって思ったらほんとにそうかわからなくなってきちゃって……そのまま寝ちゃったんだよね……」
すごい言い訳をしてくる進くんの口を思わず人差し指でおさえてしまう。
未咲「むっ!」
進「?!」
なんだか小さい子を相手してるみたい……進くんには悪いけどそう思っちゃった。
未咲「わたしには進くんは頑張ってるようにちゃんと見えてるけど……わたしのことも少しくらい考えてほしいな……」
進「そうだったね……ごめん……」
わたしは認めたい。ほかの誰かが何か言ってきても、わたしたちには関係ない。
未咲「きょうね、部活してる女の子たちとすれ違ったんだ」
進「うん……」
これは説教かな……そんな空気をまといつつある。
未咲「わたしもしたいなって思ったことはあったんだけど、けっきょくしなかったんだよね……」
進「うん……うん?」
ちょっと違う気がする。もっとなんかこう……。
未咲「えっとね、玲香ちゃんのことなんだけど……」
進「ああ、あのピアノやってた未咲ちゃんの親友、でいいかな?」
未咲「そう、わたしがいろいろ話してるから知ってるよね……進くんはそこまで知らないと思うんだけど、いま玲香ちゃんとっても苦しそうなんだ」
進「そうなんだ……どうして?」
未咲「なんかね、うまくいかないんだって……わたしもよく知らないけど……」
進「もっとよく訊いたほうがいいんじゃないかな、事情とか……」
未咲「それはわかってるよ! ちょっと訊きにくいなって思ってるからこうやって話してるの! わたしの気持ちわかって!」
進「わかったわかった、もうちょっと声おさえてくれるとうれしいんだけど……」
未咲「そっか、進くん寝覚めたばかりだもんね……びっくりしちゃったね、こっちこそごめんね……」
進「それで、その玲香ちゃん、だっけ……どんな感じでいけばいいかってことだよね……僕たちにできることってそんなにないんじゃないかな……」
未咲「うまくいくときがくるまで待ってってこと……?」
進「僕から言えることは……これまでできていたってことは、いまだけ忘れてるってこともあるだろうし……」
未咲「何がいけないんだろう……全然わからない……」
思い出せることもそんなにない気がするのは、どうしてだろう。
進「気持ちを呼び起こすって、とても大変なことだったりするからね」
未咲「それはそうだけど……」
同じ台詞を、今度はわたしが言ってしまった。
進「僕だっていろいろやってるけど、まだ結果を出せてない」
未咲「そうだね、ゆっくり考えよっか……」
なんだかちょっと疲れちゃった。横になって寝たい……。
未咲「んー、ちょっと休むね……」
進「どうぞ……ん?」
僕のいた場所を未咲ちゃんと交代しようとしたとき、気まずいものが見えた。
進「み、未咲ちゃん……」
未咲「ん~……いましんどいからあとでいい~? わたしも眠くて……」
進(どうしたらいいんだろう……ここはとりあえず離れて……)
そうもいきそうにない。僕の内心がそう言っている。
進(こんなの勃ってしまうじゃないか、どうしても……っ)
問題なのはそれがわかりにくいこと。かりにここで未咲ちゃんが起きたとしてそのことが悟られにくくて済むのでそのへんに関しては問題はない。だけど……。
進(僕のプライドにどうしても傷がつくだろ、こんなの……!)
事実、いまの社会そのことで何か言われたとして気に病む必要なんてどこにもないけど、僕自身がどうしてもこのことを気にしてしまっている。
進(未咲ちゃんを満足させられるかどうかもわからないなんて……僕ってやつは、僕ってやつは……!)
ぽかぽかと自分の頭をたたくくらいには考えてしまっている。いけない癖だとわかりつつ、やめることができない。
進「ちょっと起きてくれない、かな……起きてくれない、よね……」
未咲「う~ん……」
眠りにくそうにしてるところ申し訳ないけど、どうしても起こしたい。
進「あぁっ気になる! とりあえずお風呂に……」
葛藤しながらなんとか風呂場に。気持ちがまだおさまらない。
進「あれはだめだよ……女の子がそれしちゃうと僕どうしていいか……」
過ごしかたを考えないといけなくなる。おちおち休んでいられない。
進「あとでちゃんと恥ずかしがってくれるようにあえてそのままにしておいてよかったよね……それとも戻しておくべきだったかな……」
自分の選択に自信がなくなる。あってると信じたい。
進「たのむ、気づいてくれ……」
そう思いながら風呂に入る。未咲ちゃんの声が遠くからしている。
未咲「ちょっと! 進くん見たでしょ!」
あの姿でほったらかしにしてた僕も悪い気がするけど、つい小言を言いたくなる。僕に飛んでくること自体はいいとして、もうあれはやめてほしい。
♦
お風呂からあがってきたとき、僕は未咲ちゃんに声をかけた。
進「ちょっといいかな?」
未咲「なに、進くん?」
進「実は僕も音楽をやっていた時期があって……何か手助けできることがあるような気がしたんだけど……」
未咲「いつやってたの?」
進「高校の時にちょっと。そこまですごいことにはならなかったけどね」
未咲「玲香ちゃんほどではないかもしれないけど……進くんはどうにかできるって考えてるの?」
進「それを言われるとちょっと……だけど、そのときやってた楽しさなら思い出させてあげられると思うんだ」
未咲「……わかった、連絡してみるね」
そんなにうまくいくかな……疑いながらも文章を打つ。
未咲「『いいわ、今度いらっしゃい』だって」
進「全然頼りになるかわからないけど……これでよかったのかな……」
未咲「出たとこ勝負みたいなところあるから、わたしはいいと思うけどな……」
進「未咲ちゃんもけっこうアバウトだね……人のこと言ってる場合じゃないけど」
これもおつきあい。そう考えるとできなくもない気がしてくる。
♦
そして当日。あいかわらず整然としているリビングの端にわたしたちがいた。
玲香「おつかれさま。最初に言っておくけど、わたしもうそこまで伸びることはないわよ」
未咲「そうじゃなくてね玲香ちゃん、もう一度音楽のたのしさを思い出してほしいなって……」
玲香「その道が平坦じゃないのよ。あのね未咲、そうやって簡単に言うけどいろいろやってきたなかでまとめるってとてもたいへんなことなの」
未咲「それもわかってるけど……なんとかできないかな~って……」
玲香「それができたらここまで悩んでないのよ……わかってほしいんだけど……」
未咲「ほんとにどうしたらいいんだろう……」
進「困ったね……僕はピアノに関してはまったくわからないし……」
玲香「そのへんの把握もできてないのに来たところで意味ないじゃないの……」
未咲「それもそうなんだけど……うーん、何かいい方法ない、進くん?」
進「どうしたらいいんだろうね……」
未咲「進くんがこれだとわたしまでどうしたらいいかわからなくなる……ごめんね玲香ちゃん、こんなに悩みたくて来たわけじゃないんだよ?」
玲香「それはわかってるわよ。どうにかしたくて来たんでしょ? 違う?」
未咲「うん……とりあえずわたしたちが来ただけでも何か変わらないかなって」
玲香「そうね、人がいるといい緊張感が持てていいわよね……ええ、ほんとに」
どこか含みのある言いかただった。言い切ってない部分があるというか。
未咲「やっぱり引きずってるのかな……わたしたちけっこう邪魔だったかもしれないよね……」
玲香「そんなことないわよ、来てくれただけで十分うれしいから」
進「僕が見たところ、ちょっとそういうふうにも見えないんだよね……」
玲香「どういう意味かしら?」
進「芸能関係で玲香ちゃんみたいな女の子と接したことがあるんだけど、ちょうどこんな感じでね……なかなか本音を言ってくれないところがあったりしたんだ」
玲香「さすがに隠したくなるときだってあるわよ。知らないの?」
進「そうやって隠したがるのは、こっちがどこか頼りないって思ってるから?」
玲香「まぁそうね……あなただって何かこちらに対してできることないでしょ?」
進「そうだね、それは確かにそう、だよね……玲香ちゃんがそう思うのも無理はないけど、僕だって何もできないわけじゃないんだ」
玲香「それでも不安よ……違う誰かに委ねるって相当勇気のいることなのよ?」
進「それを承知の上でこうして頼んでる……んだけど、すぐには無理かな」
玲香「ええ、無理だと思うわ」
進くんが言葉に詰まりかけている。なかなか話が進まない。
進「経験量が違うからね……どうやって関わればいいかちょっと僕もよくわからなくてね……これは大変だ……」
未咲「これまでのイメージと合わないところとかどうしても出てくるもんね……」
玲香「わたしはなるべく更新していきたいと思ってるわ」
未咲「えっ、そうなの?」
玲香「そりゃ、さすがにずっと同じことしてるわけにはいかないもの」
未咲「そっか、そのへんはちゃんと玲香ちゃんなりに考えてたんだね……」
ちょっとかぶったところもあったかな。こうして話せてよかったけどいらない部分もあったかも。
玲香「崩すべきじゃないところは少し見えてきた気がするわ。そこを足がかりにこれから構築していくつもりよ」
未咲「そうだったんだ……教えてくれてありがとね?」
玲香「どういたしまして。さて、練習はじめるわよ」
わたしたちは特にすることがなかった。せめてこうして話しているだけでよかったんだ……。
未咲「やっぱり綺麗な音……でも、これってまだ完成じゃないんだよね?」
玲香「えぇそうね、ここからほんとに骨が折れそうだけど頑張るわ……」
進「ちょっとしんどそうだね……休んだほうがいいんじゃないかな……」
玲香「ご心配ありがとう。やりたいことが見つかったからもう少しだけやるわ」
そう言ってまた練習する。これが何度か続いた。
未咲「やっぱりまだなのかな……結構できてる気がするのに……」
進「とてつもない作業なんだろうね……僕にはよくわからないよ……」
指の跳躍。高速連打。指がもつれそうな音の配置。どれもこれも難しそう。
玲香「頭には入ってるのよ……ほんとにもう少しで……」
未咲「あとちょっとなのに……」
進「うーん……」
それだけのことをやっているから、完璧にできなくてもいい気がする。
玲香「あの頃みたいに……弾きたいだけなのよ……」
それでもあきらめない玲香ちゃん。わたしたちの入る余地なんてどこにもない。
玲香「ちょっと疲れたわ……休憩にしましょう」
途中で切り上げてトイレに行くことにした。
玲香「はぁっ……まぁいいんだけどね……」
あの頃とは違う。それを知っているからいまとなってはどうとでもできる。
玲香「でも少しもやもやするわ……せめてもうちょっとああできたら……」
ぶつぶつ言ってる自分が少し気持ち悪く感じてしまう。これもしかたない。
玲香「あぁだめ、考えれば考えるほどわけわかんない……どうしたらいいの……」
誰にも見せない苦悩の姿。見せているのはほんの一部だけ。
玲香「ちょうどいいところを見つけないとだめね……じゃないと続かないわ……」
その間、わたしは進くんに玲香ちゃんについての思い出を話していた。
未咲「でねー、わたしが白ワンピース着てたとき……」
玲香「わたしの話してるわね……ヘンなこと言ってないといいけど……」
最近の未咲にかぎってそれはないか……安堵したのもつかの間。
未咲「玲香ちゃん盛大におもらししたんだよー♡」
玲香「ちょっと未咲! いますぐその話やめなさい!」
話し相手が硬直してるじゃない……なんでまたそんな話してるの……。
未咲「わたしのところまで飛んできてびっくりしたなー……ぜんぜん嫌じゃなかったんだよ?」
玲香「それはいいからもうやめて……ほらもう困ってるじゃないのよ……」
そんな目で見るようになったらどうするのやら……いますぐやめてほしい。
未咲「どうだった? ねぇどうだったの?」
玲香「……未咲にもわたしのやっている音楽をやらせてあげる必要がありそうね」
未咲「えっと、もう言いません……」
ちょっと調子に乗りすぎちゃったかも……。
未咲「このお菓子あげるからゆるして?」
玲香「何よこれ」
未咲「粟おこしだよ。むかしよく食べてて好きだったんだー」
玲香「なるほどね……未咲にしては気が利くじゃない」
未咲「えへへ……」
玲香(ほんとにこれでいいのかしら……どうにかなると信じたいけど……)
思いながら口にする。意外といけた。
玲香「あとはお茶も淹れてくれると嬉しかったけど……自分でするわ」
未咲「あっ、ごめん……」
50点くらいだったかな。自分にしてはよくできてる気がしたんだけどなー……。
玲香「自分の家だからいいのよ、未咲がそこまでしなくても」
未咲「それもそっか、ごめんね?」
謝ってほしくないから言ったのに、けっきょく言われてしまった。
玲香「いや、ほんとにいいから……」
未咲「えー、そこまでやりたかったのに……」
玲香「うちの勝手とか知らないでしょ……むしろやられると困るのよ」
未咲「……ほんとにしなくてよかったの?」
玲香「うん、だからもう忘れていいわ」
なんで泣きそうになってるのよ……ほんとよくわからない子ね……。
玲香「ここから先はひとりでやっていくわ。だから帰ってちょうだい」
未咲「えっ、もういいの?」
玲香「これ以上何かできると思ってたのかしら? 悪いけどもういいわ」
未咲「なんかわたしたち、もう用済みなんだーって……」
玲香「そうは言ってないわよ、十分感謝はしてるから」
未咲「だといいんだけど……」
気持ちが未消化のまま家に帰ることになった。これでよかったのかな……。
未咲「玲香ちゃん、うまくやってるといいね……」
進「そうだね……答えはもう出かかってるみたいだけど……」
さて、どうなるんだろう……。
未咲「なんだか部活みたいだったね、やってること」
進「そうだね……僕の高校時代もこんな感じだったような気がするよ」
風が吹き始めている。なんとなくだけどそんな気がした。
未咲「ときどき会いにいかないとね……玲香ちゃんさみしくなっちゃうから……」
進「そうだね」
ふたりで確認しあった。
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