第36話:塞翁失馬5

 俺が指揮を執るダウンシャー王国懲罰軍はとても順調だったが、それだけに集中するわけにはいかない。


 俺の隣には、内心の不安と緊張を必死で押し隠し、何とか誰も死傷させずにフェリラン王都を陥落させようとするクリスティーナ伯爵がいる。


 我が軍は超巨大草食恐竜軍団と肉食恐竜軍団、使い魔軍団で編制されているから、味方に死傷者が出る訳がない。


 彼女が心を痛めているのは、フェリラン王都に住む民の事だ。

 愚かで強欲な連中の所為で、財産だけでなく命や尊厳まで失うかもしれない王都の民を、できる事なら無傷で助けたいと思っているからだ。


「ライアン宰相閣下、内密の話しをしたいのですが、いいですか?」


「ええ、いいですよ。

 内密と言うのなら、殿下の部屋で話させていただきましょう。

 私とクリスティーナ伯爵が2人だけで会っているという噂が流れてしまったら、あなたの名誉を傷つけてしまいます」


「私の名誉など気にしないでください。

 私の命はアンネリーゼ殿下に捧げていますから」


「クリスティーナ伯爵のような忠臣は滅多にいません。

 貴女のような忠臣が得られるのなら、千金を積んでも惜しくないという者は多いでしょうが、忠義の臣は金で得られるモノではありませんからね」


「よくそんな事が言えますね、ライアン宰相閣下。

 忠臣など何処にでもいる、見つけられないのは上に立つ者の目が眩んでいるからだと申されていたではありませんか」


「はっはっはっはっ、よく覚えておられましたね。

 ですが、覚えているだけでは駄目ですよ。

 貴女も領地を持つ大貴族になったのです。

 多くの家臣や領民を束ねて行かなければなりません。

 最初は私の使い魔が手伝いますが、いずれは人間の家臣だけで統治してもらわなければいけないのですから、忠臣を探し出して取立てるのも大切な役目ですよ」


「……とんでもない重役を押し付けてくださる。

 文句を言いたいところですが、ライアン宰相閣下は、私の数百倍もの責任と役目と命を預かってくださっている。

 何も言わずにやるしかないですね」


「そう、そう、しっかりと働いてください」


 そんな風に話しながら、殿下の私室に向かった。

 殿下の私室には、普段は使い魔と人間の両侍女がいる。

 だが秘密の話をする時には、人間の侍女は追い払われるのだ。


 殿下の私室に入って十分な時間が経ってから、正確には使い魔から人間の侍女達が十分離れたというサインを受けてから、クリスティーナ伯爵が話しかけてくる。


「使い魔達が敵の命を奪わずに気絶させられるというのは本当なのですか?」


「はい、敵の魔力と命力を奪う事で気絶させることができます」


 他人には聞かせられない情報だが、主君である殿下とクリスティーナ伯爵には、非情に徹した時の残虐行為以外は全て報告している。


「その力を、今回の戦いに使ってもいいでしょうか?

 その力を使えるなら、王都の民を傷つける事なく勝てると思うのです。

 それに、バルバラがこの力を教えてくれたのは、私に使えと言う事ですよね?

 そうでなければ、これまで通り相手を眠らせる魔術や、相手を気絶させる魔術だと言えばよかったのですよね?」


「はい、その通りですが、少し違う点もあります。

 単に今回の戦いに使うだけでなく、刑罰にも使いたいと思っているのです。

 幾ら宰相の役目を頂いているとはいえ、先王陛下の仇であるリンスター公爵一派の処遇にも関わりますから、殿下にも聞いていただきたかったのです」


「私も?」


 アンネリーゼ殿下から最も信頼されている俺とクリスティーナ伯爵とはいえ、殿下の許可もなく私室に入れるはずがない。


 入室するには殿下の許可がいる。

 今回も使い魔の先触れを送り、許可を貰ってから訪問し、更に俺達が本人である事を確かめてもらってから入室している。


 普通の少女殿下と家臣なら、殿下が座って家臣が立ったまま話す。

 今回は密談の場を貸して頂くだけなので、侍女達の控室で俺とクリスティーナ伯爵で話すのが普通だ。

 

 だが、殿下だけを置いてフェリラン王国に行こうとしたのが悪かったのだろう。

 殿下が幼児退行してしまった。


 人間の家臣がいるところでは我慢してくれるが、使い魔の家臣しかいない場所では、クリスティーナにべったりと甘えて離れてくれない。


 殿下を教育する立場から言えば、厳しくしからなければいけない。

 そんな役目に付いた覚えはないのだが、宰相の役目を頂いている以上、殿下の教育も仕事の1つだろう。


 だが、そう、だがだ!

 両親どころか兄弟姉妹まで皆殺しにされ、唯一生き残っている親戚が、両親と兄弟姉妹を虐殺したリンスター公爵一族だけ。


 そんな境遇の殿下に、甘えるなと厳しくしかる事など、俺にもクリスティーナにもできるはずがない。


 いや、そんな事をしてしまったら、それこそ殿下の心を捻じ曲げてしまって、取り返しのつかない事になりかねない。


 そう自分に言い訳して、俺とクリスティーナは殿下を甘やかしてしまう。

 ソファーに座るクリスティーナに上体を預け、頭から背中にかけて優しく撫でさすってもらい、うっとりとした表情を浮かべる殿下を愛でてしまう。


「そうです、殿下。

 私が創った使い魔が十分に動くためには、魔力と命力が必要不可欠です。

 それは今も殿下を御守りしているバルバラ達も同じです。

 彼女達を働かせ続けるには、罪を犯した者を殺したり賠償金と引き換えに解放したりするのではなく、長く働かせるしかないのです」


「だから、リンスター公爵達も殺さずに働かせるの?」


「はい、できればそうしたいと思っているのですが、あまりにも重い罪を犯した者だけは殺すと決める事もできます。

 その基準を決める為に、殿下とクリスティーナ伯爵の本当のお気持ちを聞きたかったのです」


「私にはよくわからないけれど、以前ライアンは言っていなかった?」


「私が以前言っていた事ですか?」


「人を殺した者は殺さなければいけない。

 物を盗んだものは、盗んだ物と同じだけの物を償わなければいけない。

 人の尊厳を踏みにじった者は、尊厳を踏みにじられなければいけない。

 間違っている所があるかもしれないけれど、ライアンが言っていた。

 だったら、父上達を殺したリンスター公爵達は、殺さなければいけないのではなくて?」


「はい、その通りでございます。

 これでこの国の柱となる法律が決まりました。

 細部が決まったら、改めてお見せして、殿下にご異存がなければ発布いたします」

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