第15話:大移動

「アンネリーゼ殿下、殿下の居城となる城の準備が整いました。

 この街はマイケルに任せて、我々はベレスフォードに参りましょう」


 俺がアンネリーゼ殿下とクリスティーナの為に、最強使い魔達を創り初めて60日が過ぎていた。


 結局、2人の為なのか自分の為なのか分からないくらい、趣味全開で色々と試した細部の違う使い魔を60体を創った。


 正直、やり切ったという満足感とやってしまったという後悔がある。

 これほど強い使い魔が必要だったのだろうか?


 この世界の父親が治める領地に引き籠っている間は、前世の召喚後に生き抜いてきたこの世界の強さを基準に、憶病で心配性な自分が安心できる使い魔を創っていた。


 だが今のこの世界は、魔力も魔術、命力も命術も明らかに前世より劣っている。

 最強使い魔どころか、汎用に創った少し強いタイプの使い魔が無双できてしまう。


 もうこれ以上使い魔などいらないと分かっている。

 なのに、憶病で心配性の俺は使い魔を創る事がやめられない。

 この世界の支配など考えてもいないのに……


「ライアンに任せる。

 城までバルバラに乗って行っていいのか?」


「大丈夫でございます。

 殿下の事は使い魔達が護っております。

 何処で何をされても何の問題もありません。

 ただし、クリスティーナ殿だけは常に側にいてもらってください。

 クリスティーナ殿から隠れようとしたら、バルバラが止めますよ」


「それくらい分かっている。

 クリスティーナ、バルバラ、直ぐに街に遊びに行くぞ」


「お待ちください、殿下。

 汚してもいい服に着替えてください」


「大丈夫だ、バルバラが元通りにしてくれる」


 アンネリーゼ殿下が満面の笑みを浮かべて走って行く。

 暗殺される心配がなくなって、自由に街に遊びに行けるのが楽しいのだ。

 クリスティーナも、そんな殿下の笑みを見るのがうれしいようだ。


 アンネリーゼ殿下の父親、リンスター公爵に殺された国王が生きていた頃でも、何時誰が刺客を放つか分からず、宮の奥深くで隠れるように生きていたそうだ。


 刺客を放つのは、敵対する国内外の勢力だけではない。

 いや、異母の兄弟姉妹を生んだ連中の実家は敵と言っていいな。

 異母兄姉本人が、王位継承競争の相手を殺そうと、刺客を送る心配があったのだ。


 まだ幼いアンネリーゼ殿下が、自分から城下に遊びに行きたいと言ったりはしないだろうが、窮屈な日々だったのは間違いない。


 仕えている者達も、全員が信用できる訳ではない。

 王家や王国経由で付けられた者の中に、敵対勢力の刺客がいないとは限らない。

 常に刺客を警戒しなければいけない、暗く不安な日々だっただろう。


 だが今は、俺の最強使い魔達が護っている。

 眠る必要のない最強の使い魔達が、昼も夜も護っている。


 最初は信じきれなかっただろうが、絶世の美女姿だった使い魔が、竜の姿となってアンネリーゼ殿下に乗馬訓練をしてからは、誰も最強を疑わない。

 この世界のあまりにも竜を恐れる姿にはちょっと笑ってしまう。


 何と言っても、俺の作った最強使い魔バルバラが、超巨大草食恐竜軍団を威圧して殿下の足元にひれ伏せさせたのだから、その強さを疑いようもない。

 そういう意味では、竜最強信仰は使い勝手がいいとも言える。


「クリスティーナ、競争しよう、競争」


「競争も宜しいですが、その前にお菓子の準備をいたしましょう。

 殿下が下げ渡されるお菓子を、子供達は楽しみにしています」


「直ぐに行きたい、今直ぐオアシス行きたい。

 お菓子はバルバラが作ってくれるよね?」


「大丈夫でございますよ。

 このような時のために、料理と飲み物、お菓子も大量に用意しております。

 まずは竜の水場まで行って、遊んでからお菓子を配りましょう。

 遅くなるという連絡は、担当の使い魔に伝えさせればいいです」


「バルバラ、殿下を甘やかし過ぎてはいけません。

 殿下は王としての仁道を学ばなければいけないのです」


「そのような心配は無用ですよ、クリスティーナ殿。

 本当に大切な事なら、ライアン閣下が殿下を止められます。

 事前に諫言され、殿下の評判が悪くならないようにされます。

 この程度の事は、気にする事もない些事だから、何も言われないのです。

 殿下も、ライアン閣下が諫言されたら守られるでしょう?」


「ライアンが怒るような事はしない。

 怒ったライアンが出て行ってしまったら、私はどうしていいか分からなくなる」


「お聞きになられましたか、クリスティーナ殿。

 殿下がライアン閣下の諫言を聞くと言われているのです。

 お菓子配りを臣下に代理させる程度の事は、気になさる事もありません」


「……少々神経質になっていたようです。

 殿下、競争すると決まったのなら手加減はしませんよ」


「分かっている、だが余も負けないぞ」


 などと言って毎日競争していたから、殿下とクリスティーナ殿は乗馬ができる。

 いや、馬ではなく竜に乗っているから、乗竜と呼ぶべきか?


 もっとも、今のバルバラは騎乗するのに丁度いい大きさではない。

 長期間の移動に備えて、殿下が少しでも楽に乗っていられるように、背中にソファーを幾つも置けるような巨大な体をしている。


 もっとも、人が作ったソファーを背中に乗せている訳ではない。

 バルバラは自分の体を変化させて椅子やベッドを創り出している。

 魔力と砂でできているバルバラの体は、自由自在に変化させられる。


 だから、その気になれば24時間移動する事ができる。

 殿下は全く振動のないベッドの上で安眠できる。


 だが、付き従う臣民は違う。

 騎乗できる者すらほとんどおらず、大抵は徒歩で移動しなければいけない。

 だから適度な休憩と十分な睡眠が必要になる。


 最強使い魔達と特上使い魔軍団がいるから、護衛の兵士も侍女も不要なのだが、それでは殿下の情操教育ができなくなってしまう。

 殿下には人間の限界や弱さを知ってもらわなければいけない。


 だから希望者をベレスフォード城に連れて行く。

 ベレスフォードに住む民から護衛や侍女を募集する方法もあるのだが、それでは忠誠を尽くそうと集まってきた者達を下に扱う事になる。


 単に少しでも恵まれた場所に移動してきただけだとしても、リンスター公爵の勢力圏で安穏と生き続けていた連中と同じ扱いにはできない。


 忠誠心があるかどうかは別にして、少しでも役にたっていた者よりも、全く役に立っていなかった者を優遇してしまったら、国の秩序が保てなくなる。

 

 俺の価値観や正義感ではなく、この世界の価値観や正義感をアンネリーゼ殿下に教えておかないと、俺に何かあった時に殿下が困る。

 最悪、長年仕えてきた忠臣に殺されかねない。


 それも、逆賊に討たれた悲劇の女王ではなく、佞臣奸臣を侍らせて忠臣に殺された暴君としてだ。

 そんな事だけは、絶対に避けなければいけない。


「殿下、今日は次の町で一泊します。

 臣民に言葉をかけてやってください」


「分かった」

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