第10話:重装甲騎士団

 俺は破竹の勢いでジェラルド王国を席巻した。

 俺が直接戦うのではなく、巨大恐竜を使ってだが。


 完璧に計算が狂ってしまっていた。

 俺はもっと早く恐竜が斃されて徹底する事になると思っていた。


 それが、圧倒的な強さで一方的に勝ちまくっているのだ。

 いや、公爵派は戦う事もなくただひたすら逃げている。


 その原因は、俺が僻地にある男爵領に籠っていたので、この時代の魔力や魔術師の実力を知らなかったからだ。


「降伏し忠誠を使うのなら元の村に戻って暮らす事を許す」


 また逃げ遅れた者達に降伏臣従を誓わせなければいけない。


「忠誠を誓った以上、元の領主はもちろん公爵派の誰とも連絡を取る事は許さない」


 守らないと分かっていても、形だけは誓わせなければいけない。

 王位継承ごとに大きな内乱を経験しているこの国の民はとても強かだ。


 自分達が生き残るためなら平気で噓をつく。

 いや、嘘をつかなければ自分も大切な人も守れなかった経験があるのだろう。


「もし誓いを破ったら、今度は問答無用で竜に喰わせるぞ」


 草食の恐竜は滅多な事では人を食べたりしないが、恐竜を一律に竜だと思っているこの時代の人には分からない。


「今は侵攻中だから領主も代官も置かないが、いずれ新たな領主や代官を置く。

 その者の命令に従わない場合は、竜に喰い殺されると思え!」


 この脅しもどれだけ効果があるか分からない。

 もう30もの町や村から領主を追い出しているから、町や村を見張らせる使い魔が足らなくなっている。


 それでなくても恐竜を脅かして思う方向に動かすための使い魔が必要だ。

 女子供を護り、老弱な兵が悪事を働かないように見張らせる使い魔も必要だ。

 他に使える使い魔が少ないのだ。


「まだ戻ってきていない者の家から物を盗むなよ!

 盗みに入ったら使い魔に殺させるからな!」


 そう明言しているのに、それでも空き家に盗みに入る者がいる。

 仕方なく見せしめに残虐な処刑を行わなければいけなくなる。


 罪を犯した者が、この世界の伝説となっている悪魔に喰い殺される公開処刑を見て、ようやく犯罪を思い止まるようになる。


 そして31番目に恐竜に襲わせたのが、王都を護る要となる城塞都市だった。

 この城塞都市を落とされるようでは、もう王都まで巨大恐竜軍団を止められる城はないと思う、たぶん。


「ここから王都までにこの城より有名な城はないのだな?」


 俺は老弱な兵士に聞きまくっていた。


「はい、ベレスフォード城はウォーターフォード侯爵家の居城で、王国でも1・2を争う堅城だと言われています」


 多くの兵士の話を総合すると、この城よりは王城の方がまだ守備が弱いと言う。

 確かに小山に築かれた城は何重もの城壁に守られている。


 都市を守る最外部の城壁だけを破壊して、民から略奪する事はできても、小山の上に建つ居城まで攻略するのはとても難しい。


 特に巨大恐竜に坂道を登らせるのが難しい。

 無理矢理登らせたとしても、大弩で迎え討たれる可能性が高い。


「いったん後退する。

 敵が誘い出されてくれたら竜達に踏み潰させる。

 恐れて城に籠っているなら悠々と戻ればいい。

 俺達は逃げるのではないぞ。

 勝ったから、占領した領地を安定させるために戻るのだ」


「「「「「おう!」」」」」


 俺にとってはどちらでもよかった。

 敵が追撃してきたら、巨大恐竜軍団で蹂躙する事ができる。

 敵の損害が多ければ多いほど、安全に撤退する事ができる。


 敵が追撃してこなかったら、その臆病を嘲笑い広める事ができる。

 公爵軍の評判が落ちれば、公爵派から離脱する者が現れる可能性が高くなる。

 

 独立心を露にする者や、隣国に擦り寄る者が現れる可能性もある。

 数カ国が加わった乱戦になれば、巨大恐竜軍団の存在が大陸中に広まる。


 俺の名声と地位が高くなるだけでなく、隙を突けば隣国の領地を切り取ることだって不可能ではなくなる。


「敵が追撃してきたぞ!

 これは好機だ!

 この機を生かして敵を殲滅する!

 お前達は守りを固め、女子供を護り抜け!」


「「「「「はい!」」」」」


 敵は重装甲騎兵を先頭に追撃を仕掛けてきた。

 俺達が撤退するのを見て、恐れたと勘違いしたのかもしれない。

 いや、勘違いしたかったのかもしれないな。


 ベレスフォード城には、巨大恐竜軍団を恐れて領地を捨てた者がいたのだろう。

 俺達の撤退を見て、領地と名誉を回復する好機だと思いたかったのだろう。


「本当に勝てるのでしょうか……」


 俺の側にいた乳吞児の母親の1人が不安そうにつぶやいた。

 俺に直接聞いたと言うよりは、思わず心の中の不安が出たのだろう。


「大丈夫だ、心配いらない、安心しろ。

 敵は城を出てきたのだ。

 巨大な竜を斃せる騎士や武器は限られている。

 魔力があったしても、あの数の竜を全部斃せるとは思えない」


「はい、大丈夫ですよね」


 俺は一直線に敵を攻撃するほど単純ではない。

 巨大恐竜軍団を3手に分けて攻撃する。

 30頭ずつの別動隊を左右に分けて敵の後方に展開させる。


 敵に後続の軍がいるのなら、別動隊に殲滅させる。

 いないのならベレスフォード城を攻撃する素振りを見せる。

 同時に敵重装甲騎士団が逃げる道を塞ぐ。


 敵の重装甲騎士団を挟み撃ちにして全滅させる。

 そうすれば、俺達が去った後も、そう簡単に放棄した町や村には戻れない。

 1兵も派遣する事なく広大な支配地を確保する事が出来る。


「……敵が一直線に攻め込んできます……」


 誰も聞かせるでもない言葉を乳吞児も母親の1人が口にする。

 心の中にある不安が口にさせてしまうのだろう。

 俺はまだ絶対の信頼を勝ち得ているわけではない。


「あっ、敵が、敵が、敵が……」


 俺の目の前では想像していた以上の光景が繰り広げられている。

 俺はもう少し人間が強いと思っていた。


 侯爵家の重装甲騎兵に抜擢されるような騎士達なら、幾ら巨大とは言っても、たかが恐竜ごときは斃せると思っていた。

 少なくとも互角に戦えると思っていた。


 それが、全く歯が立たずに踏み潰されていく。

 ランスを持って突撃する者もいるが、一撃で恐竜を斃せる者は皆無だった。

 数十人がかりでようやく1頭の恐竜を斃せる程度の攻撃力だ。


 だが、俺が使い魔を使って操っている恐竜をそう簡単に斃させたりはしない。

 危険だと思ったら即座に後退させる。

 左右の恐竜と連携させて、敵の攻撃を1頭に集中させないようにする。


 大きな傷を受けた恐竜は、回復魔術で傷を癒す。

 驚く事に、敵には回復魔術が使える者がいない。

 使い手自体がいないのか、貴重な使い手を最前線に送るのを躊躇ったのか?


 どちらにしても俺にとっては有利だった。

 回復手段のない敵を一方的に蹂躙する事ができる。

 

「凄い、凄い、凄い、一方的です……」


 乳吞児の母親の1人が目を輝かせている。

 騎士が一方的に踏み潰されるのがうれしいのだろう。

 何か騎士に恨みがあるのかもしれない。


 敵の重装甲騎士団が、従騎士や付き従う歩兵と一緒に踏み潰されるまで、1時間ほどだっただろう。


「死んだ連中の装備や服をはぎ取ってもらうぞ。

 血塗れだし竜に踏み潰されてしまっているが、貴重な金属や布だ。

 再利用出来るかもしれないからな。

 変な事はするなよ。

 勝ち戦の後に、味方を処分したくないからな」


 これくらいならバレないと思って、兵士が金や宝石をくすねる事はよくある。

 だがそれを許してしまうと、軍の規律が乱れ、いずれ盗賊と変わらない下劣な人間の集まりに成り下がってしまう。


 戦争が続くと、仕方がない事ではあるが、敵も味方もそう言うならず者が集まった統制も仁義もない軍ばかりになってしまう。


 俺はそんな集団を率いてまで戦争に勝ちたいとは思わない。

 そんな事をするくらいなら、さっさと逃げて隠棲する。

 敵味方に誇れる人間以外と行動を共にする気はない。


「いいか、よく覚えておけ。

 俺は仁義を通す人間以外を守る気も率いる気もない。

 卑怯下劣な奴は敵味方関係なく皆殺しにする。

 お前達も同じだぞ!

 卑怯下劣な真似をしたら、警告なしにぶち殺すからな!」


「「「「「はい!」」」」」

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