第8話:人質と身代金と敵地

 古来より生け捕りした高貴な身分の者からは身代金がとれる。

 高貴な身分の者も、逃げださないと誓えばある程度の待遇が保証された。


 もちろん、ある程度の待遇を得るには金が必要になる。

 よい待遇を要求すればするほど身代金の額が跳ね上がる。


「出せ、この牢屋からさっさと出せ。

 俺様は伯爵だぞ、このような待遇をして許されると思っているのか?!」


 部隊の指揮官だった伯爵と名乗る者が喚いているのが聞こえてくる。


「申し訳ございません、伯爵閣下。

 ですが伯爵閣下の家は身代金の支払いを拒否されました。

 それどころか、食費の支払いすら応じていただけません。

 もしかしたら、伯爵閣下は偽者の影武者なのでしょうか?

 もしそうなら、今直ぐ首を刎ねなければいけなくなりますが?」


 捕虜の管理を任せた元冒険者が対応してくれる声が聞こえてくる。


「本人だ、俺様は伯爵本人だ!

 疑うなら一緒に捕虜になった者達に聞け!」


「卑怯で臆病な連中に何を聞いても無駄ですよ。

 そもそもこの軍に参加していた貴族士族が全員偽者と言う可能性がありますから」


 元冒険者の捕虜管理係が馬鹿にしたように言っている。

 貴族や士族に恨みがあるのかもしれない。


「お前のような平民に何を言っても無駄だ。

 殿下を連れて来い!

 殿下と直接交渉する!

 ギャアアアアア!」


「偽者の分際で、王孫殿下になんて口を利いているのだ!

 その王孫殿下を蔑ろにする態度だけで、偽者なのは明らかだ!

 そのような者の誓いなど何の保証にもならない!

 盗人や強姦犯と一緒に地下牢に入っていろ!」


 伯爵は捕虜管理係を本気で怒らせたようだ。

 管理役に与えていた最大の懲罰、松明で顔を焼く罰を与えられたようだ。


 まあ、これで性根の腐った奴の身勝手な声を聞かなくてすむ。

 貴族や士族の立場を主張する連中は、ひとまとめに地下牢に叩き込む事ができず、逃げられない設備にした地上の部屋に入れていたのだ。


 そんな部屋で喚かれたから、俺の部屋にまでその声が聞こえてしまっていた。

 いや、俺はまだ我慢できるが、幼い王孫殿下にまで聞こえてしまうから、情操教育に悪すぎると心配していたのだ。


「ライアン閣下、捕虜係が面会を求めております」


 俺の部屋の前を警備している兵士が声をかけてきた。

 何を報告したいのか、丸聞こえだったから直接聞かなくても分かる。

 だが指揮官として正式に聞いて正式な指示を出さなければいけない。


「許可する、入れ」


 捕虜管理係は、俺の聞いていた通りの報告をし、捕虜の待遇変更を求めてきた。

 俺は喜んで許可を出し、捕虜は地下牢に叩きこまれた。

 ただ1つ、俺が新たに指示した内容を聞かされた後でだ。


「領主代理のライアン閣下は、家族や一族に見捨てられたお前達の立場を憐れみ、王都を占拠する謀叛人にお前達の身代金を要求された。

 お前達は偽者でなければ、お前達の忠誠心と能力を謀叛人が認めていれば、解放するための大金は支払ってくれなくても、地下牢から出すはした金くらいは出してくれはずだ。

 暫く辛抱すれば地下牢からは出られるだろう」


 捕虜管理係が人質の貴族や士族に希望を持たす話をしている。

 俺の魔術でその会話を拡声して多くの人に聞こえるようにしている。


 理由は、王を弑逆して王都を占拠している公爵の非道を広めるためだ。

 味方した貴族や士族に対して、最低限の待遇を保証する身代金も出さない。

 公爵はケチで忠義に報いる事もない暴君だと広めるためだ。


 俺の策を知った後なら、評判を得る為に最低限の身代金だけは送ってくるかもしれないが、その時には別の方法を追い詰める予定だ。


 ただ、全権を委任されたからと言っても、全て俺の勝手にするわけにはいかない。

 王孫殿下の許可を貰わなければいけない。

 一番の忠臣である侍女の心情も考えないといけない。


 もしかしたら、捕虜にした貴族士族の中に、国王陛下や王族を直接手にかけた者や、侍女の家族を殺した者がいるかもしれないのだ。

 そんな連中の処分を俺の勝手にはできない。


 ★★★★★★


「ライアン閣下、私達も狩りに連れて行ってください!」


 毎日やってくる難民同然の王家派を軍に取り込み、少しでも実戦経験を積ませるために魔獣や獣の狩に連れて行っている。


 それでも、あまりに弱っている者や乳呑児を抱えている母親までは、危険で過酷な狩りには連れて行かなかったのだが、逆に連れて行けと言われてしまった。


「砂漠の奥地は過酷な環境で、俺の目が行き届かない場合もある。

 乳呑児はもちろん、母親のお前達にも危険な真似はさせられない」


「ライアン閣下はご存じないかもしれませんが、今この領地では、閣下と共に戦った者とそうでない者の間に差が生まれています。

 このままでは、この子達が肩身の狭い思いをしてしまうのです。

 どうか私達も狩に連れて行ってください!」


 そう言われてしまっては、俺も強いて止める事ができなくなってしまった。

 良かれと思ってやった事が逆効果になっていた。


 裏切りを防ぐために放っている使い魔から、配下の間で差別が始まっている事は聞かされていた。


 直ぐに解消したかったのだが、他にやらなければいけない重大な事が多く、後回しになっていたのだ。

 彼女達が自ら参加してくれると言うのなら話しが早い。


「分かった、望むのなら連れて行ってやろう。

 乳呑児を抱えた女の身で狩りに志願するとは天晴である。

 お前達には特別に俺の側に仕える事を許す」


 別に女達に邪な感情を抱いたわけではない。

 乳呑児と母親を俺の目の届かない場所に置くのが心配だっただけだ。


 だから、夜伽をする順番を相談するのではない!

 乳呑児の側で女を抱くような特殊な趣味はない!

 たぶん、ないと思う、試した事はないけれど……


「俺の許可なしに野営地を離れるな!

 竜だけでなく、毒虫や毒蛇でも簡単に人間を殺せるのだぞ!

 周辺を警戒している男共!

 女の尻や胸に見とれて女子供を見逃したら、金玉握り潰すぞ!」


 俺は幼い子供を連れて参加した母親達と男で編制した部隊に厳しく命じた。

 母親にその気がなくても、無邪気な子供達は直ぐに冒険に行ってしまう。

 女に気を取られた男達の目が節穴になることもよくある。


 そんな偶然が重なって、子供が死んでしまう事が絶対にないとは言い切れない。

 もしそんな不幸が起きてしまったら、責任者である俺は自分が許せなくなる。

 いや、自分だけでなく母親や警備役の男達も絶対に許せない。


 だから本気の殺気を放って脅かした。

 憎まれ畏れられようと、子供を死なせてしまうよりははるかにマシだ!

 だから乳呑児を抱えた女は狩りに連れて行かなかったのに……


「猛獣や魔獣はもちろん、竜も近場にいる連中は狩りつくしてしまった。

 奥地に行くか、北部に行かなければ適当な獲物がいない。

 奥地は危険過ぎるので、北部に向かう。

 公爵の味方に遭遇するかもしれないから、気を引き締めろ!」


 俺としてはどちらに向かっても構わないのだが、女子供は砂漠の奥地に行くよりは、まだ公爵の支配地に行く方が気楽なようだった。


 よく考えれば、それも悪い方法ではない。

 並の冒険者や兵士が狩れるような猛獣や魔獣を狩れれば、公爵一派の資金源を減らす事ができる。


 冒険者や兵士では太刀打ちできないような、竜と呼ばれている恐竜を狩る事ができたら、権力者に苦しめられている民を救う事になるかもしれない。


 善良かどうかは会って話してみなければ分からないが、俺が領主代理を務める町に逃げてきた貧民を追い出した連中が、全員性根が腐っているとは限らない。

 彼らも生きていくために必死なだけかもしれない。


 教え導くなんて偉そうな事は言わない。

 俺の身勝手な価値観を強要するだけだ。


 いや、そんな不遜な考えは止めておこう。

 他の町や村に手出しするのは駄目だ。


 不利になったら今支配している街すら捨てて逃げる気なのだ。

 最初から護りきる覚悟がないのなら、町も村も支配しない方がいい。


「竜の群れがいた。

 公爵の支配地の方に追い込むから、お前達は俺の後ろからついて来い。

 絶対に俺の前に出るんじゃないぞ!

 警備隊、女子供を見逃すんじゃないぞ。

 1人でも見逃して死なせたら、お前ら皆殺しだ!」


「「「「「はい!」」」」」


 とは言ったものの、狩りですら初陣の警備隊など当てにしていない。

 大量の使い魔を放って、女子供1人に1体の使い魔を付ける。

 俺の目の黒いうちは、絶対に不幸な母子は出さない!

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