カエルの音拾い

旦開野

第1話

 森の奥深く。池のほとりに、カエルの合唱団がありました。

ケロケロー

ゲロゲロー

ゲコゲコー

カエルたちは今日も音楽を奏でます。

 合唱団の隅で、大きく口を開ける小さな緑色のカエルがいました。名前をフローといいます。フローは音楽が大好きですが、上手に歌を歌うことができません。声を出すことができないのです。しかし彼は諦めません。フローは口を大きく開け、一生懸命歌おうとしますが、やっぱり声は出ません。見かねた指揮者がフローにいいます。

「フローくん、一生懸命なのはわかるが、声が全く出ていないよ。申し訳ないけど歌が歌えないカエルはこの合唱団にはいらないんだ」

 フローは指揮者の言葉にがっかりしながら合唱団を離れました。

 フローは大きなため息をつきました。カエルなのですから必ずしも歌を歌える必要はありませんが、それでもフローは歌を歌うことを夢見ていました。どうして僕は歌えないのだろう、どうにか歌を歌えるようにならないだろうか・・・・・・


チュンチュンチュン


 そんなことを考えていると、近くで小鳥が鳴きました。カエルとはまた違ったいい歌声です。フローの体は小鳥の歌声に釣られてついつい踊りだします。


ポトン。


小鳥たちは飛び立つ時に、何かを落としていきました。フローは何が落ちたのか、確かめにいきました。落ちていたのは小さなビー玉のような赤い玉でした。フローはキラキラした玉を手に取りました。その玉があまりにも美味しそうだったので、フローはつい、その赤い玉を口に放り込みました。舌の上でコロコロ転がすと、甘さが口いっぱいに広がりました。しばらくしてその赤い玉は溶けてしまいました。

 口の中が空っぽになると、フローは口を大きく開けました。突然歌が歌いたくなったのです。フローは声を出してみます。


ケロケロ


なんと、フローの開けた口から声が出ました。それは音符の「ド」の音でした。フローは自分の口から音が出ることに驚きました。


ケロケロ、ケロケロ


フローは嬉しくなって歌いました。フローは「ド」の音を拾い、歌えるようになったのです。



 あの玉を食べれば自分も歌えるようになる。フローはそう考えました。あの小さな綺麗な玉をいっぱい見つけて食べたい。フローは辺りを探してみることにしました。

 

 最初にフローがやってきたのは野原です。じめじめした池とは違って、さわやかな風が吹いています。風に揺られてさらさら、さらさら、と芝生が音を立てています。


コロン。


 フローの目の前に先ほどと同じ小さな玉が転がってきました。しかし先程とは色が違います。今度の玉はオレンジ色をしていました。フローは先程と同じようにオレンジ色の玉を食べました。少し酸っぱくてさわやかな味です。


ケロケロ、ケロケロ


フローはまた歌えるようになりました。今度は「レ」の音を拾い、歌えるようになったのです。


 フローはもっともっと音がほしくなりました。この辺りにまだ音がある気がする・・・・・・フローはもう少し草原を探してみることにしました。


ピーピーピー


 草原を進むと、何やら音が聞こえてきました。フローはなんだろう?と思い音のする方へと近付いていきました。


ピーピーピー


音のする方にいたのは小麦色のうさぎでした。うさぎは寝転がりながら細長い草を口に当てています。ピーピーという音はどうやらそこから出ているみたいです。

「おや、音につられて誰か来たようだね」

 うさぎは言いました。その言葉にフローはドキッとしました。

「大丈夫、食べたりしないから出ておいで」

 その言葉を聞いてフローは恐る恐るうさぎの前へ出ていきました。

「僕の名前はバック。君は? 」

「フロー」

「いい名前だね。よろしく」

 バックはそういうとまた、草を口に当ててピーピーピーと音を鳴らしました。

「それ、なに? 」

 フローはバックに聞きました。

「あぁ、これ。これは草笛って言うんだ。ここに生えている草をこうして折って完成だ」

 バックはあっという間に草笛を作ってしまいました。そして出来上がった草笛をまたピーピーと鳴らします。


コロン。


フローとバックの目の前にまた、あの綺麗な玉が出てきました。今度は黄色です。バックは黄色い玉を拾い上げました。

「なんだこれは? ・・・・・・くんくん。なかなかうまそうな匂いがするな」

 バックが黄色い玉を食べようとするのでフローは思わず、バックの腕に飛びかかりました。

「びっくりした! どうしたんだ? 君、これがほしいのか? 」

 バックの問いかけにフローは首を縦に振りました。

「わかったわかった。そんなに欲しけりゃくれてやる」

 バックは持っていた黄色い玉をフローの前に差し出しました。フローはそれを長い舌で器用に掴むと、そのまま口の中に入れました。今度は口を尖らせるほどに酸っぱい味です。


ケコケコ、ケコケコ。


フローは「ミ」の音を拾い、歌えるようになりました。

「なんだ君、歌えるのか。じゃあ一緒に演奏しよう」

 バックが誘ってきましたが、フローは浮かない顔をしています。

「でも僕、ドとレとミの音しか出せないんだ」

「なんだそんなこと。3音あれば十分歌えるじゃないか」

 バックは草笛を吹きます。それに合わせてフローが歌いました。フローは生まれて初めて誰かと一緒に音楽を奏でることができました。フローはそれがとてもとても嬉しかったのです。

「君との演奏、とても楽しかったよ。また一緒にやろう」

 一通り音楽を奏でた後、フローはバックと別れました。


 フローは1人になった後も、近くを流れていた川のせせらぐ音から「ファ」の玉を、風がよそよそする音から「ソ」の音を、そして風に乗ってやってきた雨雲から降り注ぐ雨粒の音から「ラ」の玉を見つけました。

ゲコゲコ

ゲロゲロ

ケコケコ

 フローはそれぞれの玉を飲み込んでファとソとラの音を歌えるようになりました。嬉しくなってしばらく雨の中で歌っていたフローでしたが、遠くからゴロゴロ、ゴロゴロという音が聞こえてきました。どうやら雷様が近づいているようです。雷様に見つかってしまったらビリビリの雷に撃たれてしまいます。フローは一度歌うことをやめて、安全なところを探すために森の中へと入ることにしました。


 森の中で、フローはちょうどいい洞窟を見つけ、そこに隠れることにしました。雨がザーザー振り、雷様がゴロゴロゴロゴロ言わせながら森に近づいてきます。

 雷様が怖いフローは、いつもなら洞窟の奥に引っ込んで、身を小さくしていますが、今日は音が気になって仕方ありません。もしかしたら、あのゴロゴロという音からも、綺麗な玉が出てくるんじゃないかと思ったのです。

 フローは洞窟から少しだけ顔を覗かせて外の様子を見ました。雨がザーザーと降り、薄暗い中で時々ピカピカと辺りが光りました。その光の中に、フローは雷様を見つけました。雷様は黒い雲に乗り、ドンドンドン、と周りについた小さな太鼓を鳴らしています。その顔はまるで鬼のように怖い顔をしています。

 雷様はギロリとフローが顔を覗かせている洞窟を睨みました。どうやら見つかってしまったようです。雷様は洞窟に近づいてきます。フローは体が震えてしまい動くことができません。

「なんだ、カエルじゃないか」

 雷様は言いました。しかしフローは怖くて喋ることができません。

「せっかく俺様が話してやってるんだ。なんとか言ったらどうだ? 」

「・・・・・・」

「気に入らんな。雷を落として欲しいのか? 」

 フローは雷様に綺麗な不思議な玉のことを聞きたかったのですが、なかなか言葉にできません。しかし雷を落とされたくなかったフローは勇気を出して口を開きました。

ケ・・・・・・

ケロケロ

ゲロゲロ

ケコケコ


フローの口からは言葉の代わりに歌声が出てしまいました。これは雷様を怒らせてしまったのではと、フローがビクビクしていると・・・・・・


どんどんどん


雷様は楽しそうに周りの太鼓を鳴らし始めました。フローは初め、驚きましたが雷様の太鼓に合わせて歌い続けました。


ケロケロ

ゲロゲロ

ゲコゲコ


 2人はしばらくの間演奏を楽しみました。


どんどん

ケロケロ


「お前、なかなかいい歌を歌うな。気に入ったぞ」

 雷様は上機嫌です。


コロン


すると、雷様の目の前に青色の小さな玉が転がりました。

「おや、音玉ではないか。珍しい」

 雷様は青色の玉を拾い上げていいました。

「雷様、これが何か知っているんですか? 」

 フローは聞きました。

「俺様もあまり詳しくはないんだがな。まあ音の結晶みたいなものだ。いい演奏やいい音があるとことに出てきたりするらしい」

 雷様は教えてくれました。

「お前は、これが欲しいのか? 」

「はい。その玉を食べると僕は歌えるようになるんです。僕はもっともっと歌が歌えるようになりたいんです」

「いいだろう。お前の歌はなかなかによかった。これを食べるといい」

 雷様はフローに青い玉を渡しました。

「ありがとうございます」

 フローは雷様から玉をもらうと早速口の中に入れました。

 

クワクワ


 フローは「シ」の音を拾い、歌えるようになりました。フローはこれで全ての音を拾い、歌えるようになりました。これで合唱団に混ぜてもらえるかもしれない。フローはそう思いました。

「どうやら行くところがあるようだな」

 雷様はフローの表情を見ていいました。

「俺様もそろそろ帰る時間だ。また一緒に演奏しよう」

 雷様はフローに手を振ると、空の上へ帰って行きました。フローも雷様に手を振り替えした後、おうちがある池のほとりへと歩き始めました。


「どうしたんだ、フローくん。まるで別人のようだ! 」

 池のほとりについたフローは早速合唱団の元へ行き、歌を披露しました。フローの歌声を聞いた合唱団のカエルたちは驚きました。特に驚いていたのは合唱団の指揮者です。

「ひどいことを言って追い出してしまって申し訳なかった。君さえ良ければこの合唱団に入って一緒に歌を歌ってくれないか? 」

 その言葉にフローは大喜びです。


ケロケロー

ゲロゲロー

ゲコゲコー


森の奥深く。池のほとりに、カエルの合唱団がありました。フローは合唱団の中で、今日も楽しそうに歌を歌います。

                    (了)

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カエルの音拾い 旦開野 @asaakeno73

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