終章:自 由

第47話・一幕最終話「 自 由( さきへ )」



 一番大きなキャラック船・吉祥は夜海に錨おろすと、全ての帆船の円陣の中心に守られる位置に船をかがる。

 乗船を望んだ子供たちも乗る船でもあり、戦闘で怪我をした船員の回復リハビリ船でもあるからだ。


 戦闘時には前戦にはでず後衛にまわるため射程の長いカルバリン砲を装備しているが、船足を軽くするために砲門数は少ない。

 帆船団が戦闘で撃沈の絶滅を間近にした時には、残り十四隻すべてが犠牲になっても逃す一隻は、総大将・弁慶丸が乗船する旗艦ではなくこの船だと、弁慶丸自身が決めている

 船団の未来を乗せた船。


 船首から大きく流線型に張り出した舷側がゆっくりと船尾楼の型に収まる手前、

 三本帆柱の斜檣に淡紫や卵色、水色に淡紫、不純物多い船ガラスがともすカンテラにあちこちから丸く照らされて、こぶりなターフを張ったそこは、やんちゃ坊主たちの秘密基地みたいになっている。


 由利は子供達に囲まれ夜の甲板にいた

 ちら、と星が目の前に点滅したと思ってすがめた新緑色の双眸に、ひらひらと明るい光を瞬かせたのは、小さな蛍

 片膝を立て片足を伸ばして座る由利の側で、甲板に図面を広げ夢中に線をひく十二歳ほどの男の子は、南蛮でも開発されたばかりの炭を固めた芯で線を描ける高級品を器用にあやつり、由利に知恵をかりながら、海中に帆を張る細身の船の長高を計算している。

 その子を囲んで図面を見下ろし、由利に説明を求める男の子や女の子もいた。

 興味もないのにまわりで剣戟騒ぎのやんちゃ者たちを、年かさの二人の少年が落水しないように見守りながら、彼らも由利に大人ぶってふざけかかる、柔らかな喧騒。


「真田源次郎から

 図面は受けとっているな」


 男にも女にも聞こえない中音階の声がする。

 ふと薄い影がさし香りが触れる、由利の肩口に短くなった望月の黒髪が揺れ、片膝をついて図面に目を落とす切長の双眸に黒曜石の瞳が月光を映しきらきら

 子供達が一斉に姿勢を正して跳び起きて


丞相じょうしょうさま」

「じょうしょうさまだ」


 じゃんじゃん片付けはじめる甲板いっぱいのおもちゃや異国の絵本や菓子やら

 帰り支度をはじめる手際の良さに、由利は頬杖のままあきれながら「あーあぁ」


「んだよもう、そんなに望月が怖えぇ? もっと遊ぼうぜー

 あきも昇太も松吉もおいらの船室に泊まるって、はしゃいでたのにサ

 リムのひいた図面だいぶできてンだ、みんなに見せてくれよ

 おいらその、練炭が芯の、木筆てやつの線引き具合も知りてぇな」


 子供達は大人用の斜めかけ袋にいろいろ突っ込んで、人形やら笛やらはみ出させて退出準備完了。一斉に由利へ返している

 だいたい内容はこういうことだ


弁慶丸べんけいまるさまがね

 ガキでも、戦闘のある船で生き抜く覚悟があるなら

 乗船して世界のどこまでいくもよし、どこで降りるもよし

 だが、船を指揮する大人達が働く場所を邪魔するな

 とくに副大将の丞相、大将の弁慶丸が動く場所は緊急

 生きのびたいなら自分の所属船で、指揮をまて」


 由利が、望月をながめて問う

「きいといた方がいいか?」

 望月は、見上げる子供たちへ目線をおろして静かに答える


「海上を移動する十五隻

 子らも母たちも乗るこの船団は、国に近い

 安全に豊かに繁栄しているのは国主・弁慶丸の規律に意味があると、皆は信じる

 わたくしもだ」


 弁慶丸の息子のひとり、八歳の昇太しょうたが父親そっくりの三白眼きらりと瞳うごかし

みなぇ、夜海にさらわれんよう、まいのと手ぇつなげ」

 昇太はくるりと望月に向き直って一礼、兄貴分を見習って小さな子らがばらばらに頭を下げ

「またあしたねえゆりー」

 手をふって夜空の星いっぱいきらつく甲板を走って行った。







 夜空には満天の夏星座、波緩やかな海面は黒く硬質な鏡のように夜空を映す、甲板てらすカンテラのほのあかり以外には

 360度、星の海。


 由利は片膝に肘ついて頬杖して「な?」と大きな笑顔

 長い片足投げ出した甲板に船図面を眺めながらにっこにこしている


「 このバケモンはいったいなんだ 」


 船図面きわりずは羽のながい鳥の骨格図のように見え、船体の流線が描き込まれたインクがまだ新しい。

 高さのある帆柱に横がけの帆柱に帆、びっしりと書き込まれたエスパニア語表記の上にはすでに、由利の繊細な字ですべて日本語の注釈が書き込まれ


「 船首楼や船尾楼に、白兵戦を戦う兵士をどンだけ乗せられるかより

 大砲を自在に操作する空間と、砲手の配備場所の確保が優先されてる」


 望月の白く細い指先が辿るその場所を、由利は声にしていく


「キャラックより船首から船尾までの舷側曲面は角度が浅ぇ、甲板間の高さもだ

 キールがキャラックと同じルーモちょうのクセに、このデカさ

 こいつぁ ……… 商船じゃねえぞ 」


 望月は黒曜石のような双眸をキラキラと細め、声はやわらかに微笑んで


戦闘艦せんとうかんさ 」


 由利は望月が続ける言葉をまっているが、言わないので睨めっこみたいになる、息を詰めて見つめる由利へ

 望月がふわりと告げる


「 この船を、つくる」

「うっわはアっ! 若のやつ、本気だったンかよお!」


 由利は声を高くした


「だとよう! みンな! 戦闘で見たな帆船の価値を

 こいつぁ、もっとでッけえやつだぜ!」

「おうお! 見た知ったとも! 由利よ」


 船橋をわたって、がたがたごとごととおとづれる男達の足音の乱雑

 船縁を飛び越えて甲板にどしんと足を踏んで由利をあっという間にとりかこむのは、飛騨帰雲山で別れた築城仲間達。


 五十五歳、右目が白濁した年かさの権次も、図面がひける藤五郎も興奮おさえかねてうわずる声で船団をぐうるりと見回しながらわめく


「驚いたぁぶったまげた、こいつらが、こんなバケモンどもが、船ッ!? 船かよ!」

「呼びつけんのがあんがい早かったなぁ

 ゆり、偉えもんだあ!」


 元気な声あげる彼らひとつひとつの顔を丁寧に見つめ返しながら、黒衣をゆらして望月が由利のそばに立ちあがり、並ぶと

 片腕がない藤六は望月の美貌を見上げてみとれ、にっかーと無邪気な笑みだ

「はあー、べっぴんで優しい女も、連れてくるってのもまぁ、ごたいそうなお人を……」

 片目が潰された勝介も喉を切られて声がでない斎助も駆け込み、皆が聞きたいこといっぱいで身を乗りだす


「海賊帆船団・望月副大将さんよ

 半カレブリナ砲ての、あいつぁ十斤撃じゅっきんうちか!?」

「砲撃前のジャンク船のかじきり、いったいありゃあどういう船舵が海中にあんだ、折れねぇなんざ信じられねえ、見せてもらってもいいか」

後檣こうしょうの帆の索綱まで放射するのはどういうわけだ、砲座の組み立てを知りてえ」

「由利」

 困惑ぎみの望月に見上げられて目尻に微笑みためて由利は、治療中の足を補佐した杖に器用に片肘ついて望月に目を合わせ「なっ」


「でえッかい戦が、あるんだってなあ」


 望月はうなずき答える


「おそらくは来年、遅くとも再来年

 エスパニアはイングレスとの戦端を開くだろう

 戦闘艦が百隻規模の大海戦になる」

「ンじゃ、こいつは、そこで投入される最新鋭艦の船図面きわりずってことか」

「フェリペ二世のもと、大造船が計画されている」


「船型の名は」


 望月の白雪の美貌に図面の船が陽光で透け映る


「ガレオン」


 築城男達の真ん中で由利は、うわんと図面を振り上げ


「ガレオン帆船

 世界のさきまで渡る船だ!」


 半分顔も頭も焼けてピンク色の少年・甚吾も、口から耳まで切られて顎が下がるので口角まで縫った六爺さんも誇らしくて満面の笑顔、築城仲間の皆がそれぞれに


「建造場はどこにする、鳥羽のみなとか、瀬戸の船たまりか」

「でっきるわけやねえ、オッソロしい九鬼水軍に三島村上海賊の国だぜ」

「言ってられねえだろ、船でぐるーっとまわんだもんな」

「なんだっけ、でっけえまるいヤツ、えーっと、ちだま、ちきゅう、だっけか」

「この世に端っこがほんとにねぇのか、見てやろうじゃねえか!」

「せかいって、やつをよ」


 船図面をひろげ望月へ笑顔傾ける由利へ、築城人足たちが冷やかすような目線をくれると

 ちら、ひらと点滅、鳥のような船図面の繊細をなですぎた、小さな蛍。

 またたく白い小さな光が、自分の切り髪になった黒髪をついばんで空へと流れ上がるのを見送って

 望月が、めずらしく夢見ごこちなことを口にした


「わたくしたちは自由になったんだな」


 その表情の清々しさにうれしく由利はまばたくが、この時代の日本にはまだ概念のない言葉がわからず、問う


「じゆう? って何? どんな意味」

「おまえがわたくしに、くれたことだよ」


 答える望月の風にゆらぐ顎下までの黒髪のむこう

 十五隻の艦影を乗せた海原を真っ青に開いて、水平線は発光の弧線をえがき帆船団を光のエッジに浮かび上がらせていく。立ち働く船団員を照らす波の輝き華やか

 由利は目を細め眺め


「いい船団だ」

「ああ」

「いい航海になる」


 望月は由利を見る

 由利は望月を見つめていて


「あんたのさ」

「わたくし達のさ」


 おうよと喜ぶ仲間達の中で

 望月は、海賊らしく、笑った。
















    ————————————————————— 幸村の海賊旗 / 一幕:了


















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