第29話「 甲板の折衝 」



 

 織田信長がまだ生きていた冬。

 政権が安土城からの日本統治を固め始め

 信長も異国へと侵攻の目線を移した矢先だった

 十六歳の望月は弁慶丸の船団へ単身乗り込んだ。


 色とりどりの肌と瞳と衣装あふれ、日本ばかりでなく外洋でさえ船には禁忌とされた女性までが華やかに存在する船大将たちが望月へむけた警戒の静かな目線、彼らの群れからすたすたと炎が溢れ出したと思ったら、小柄な男が狼の風情の姿を目の前に立ち上げ

 ぎら、と望月を見あげた。


 日本帆船団海賊・総大将、弁慶丸は二十一歳。


 実用重視の革甲冑に防寒ぶあつい稲妻紋の黒のエッジキく紅蓮の琉球紅型。

 ベリーショートの短髪に海焼けした褐色の肌、腰の刀身が四十センチ以上もあるアイヌのエムシタシロ(大型山刀)が長大に見える小柄な体に、戦う筋肉張り詰め

 明るいドーベルマンのような獰猛どうもうをまとって


「なやねん海賊に用事か、おじょうちゃん」


 語尾の掠れに色気が深く覇気ある声と

 茶色いビー玉のように無垢な彼の瞳に、存在の巨大の底が知れなかった。

 


 弁慶丸はきらつく赤茶の三白眼を糸のようにして白絹袖に浅葱色あさぎいろ袴の神官衣装に武器すらたずさえず、弁慶丸乗船する旗艦に乗り込んできた望月を眺め


性根しょうねのすわった嬢ちゃんやな、おまえを抱いてから決めるわ

 気ぃにいったら、お前を手伝どてやらんでもない

 早よおに脱いでお前の価値を俺らにみせろや」


 琉球紅型閃きあげた海洋でのおそれ名・弁慶丸、海賊首領の二十一歳の根津甚八ねず じんぱちはいきなり望月の神官衣装の胸ぐらを掴み、片腕で持ち上げていく。

 十六歳の望月は根津の頭の上まで持ち上げられても淡々と


「条件は変えません、あなたと同等の以下はない

 指揮権半分をいただく」

「あーーそぅ脱がせてほしんか

 無理やりヤられたいんやな、っ」


 言いざま根津は、片襟掴んで帯から半身の白絹小袖がほとんど剥ぎ取れる乱暴さで望月を甲板に叩きつけ

 白い背中に斜めに残った半身の小袖を甲板にゆらがせうつ伏せの望月をまたいで、回した片手に帯つかみ甲板に仰向けに細い体をひっくりかえす


「、っわ」


 取り囲んでいた海賊たちの嫌悪の呻き。

 望月のほとんど剥かれた白絹小袖からあふれた雪白色の肌には巨大がすぎる残虐の痕跡がある。

 細く薄い体を破壊し、股間と両胸太い牙に噛みちぎられたようにも見える赤黒い裂傷が捻って見せる細い望月の半裸体。

 眺め降ろして根津は


「えーらい眺めやで、ちんこ縮んでしもたわ、もーえぇ」

 どんっ、と望月の半裸を甲板に落として

「それ、なンや? 半身焼かれたんか? 裂かれたんか? よう生きたもんや」

「両方ですね、乳房、男根、性が表立つものがある場所を念入りに

 焼いた刀でこそぎとられました

 わたくしの飼い主の趣味です、性別のない奴隷が好みで」


「や、キッショく

 でっかい傷が赤松みたいにねじくれて、白い顔ついとるから

 おまえ裸やとさらし首みたいに見えるわ

 で? 手短に口説け、俺たちが欲しんやろ

 十数える間だけいたる——— いーち」


 いきなり根津が言い出して。

 慣れているのか僧衣にターコイズのベストに武将陣羽織、髪色も金や銀や黒に赤

 個性も国籍もさまざまな帆船団の船大将たちは、牙門旗のような彼らの頭目かしらを燃える松明のように囲んで

 水色に灰色まであるさまざまな国の色した目で静かに望月を観察する。

 望月は半脱ぎにされた姿そのままに図面を甲板に広げ急ぎ告げる


「キャラック船、スペインの戦闘帆船を買い付けました

 天川あまこう(マカオ)まで運ばせています」


「にーい」


「あなた方は、指揮させる船大将に船の名をなのらせる

 わたくしと組むならば

 これに貴殿きでんの名をつけましょう

 弁慶丸どの」


「…最短やな、二ぃで口説かれたわ」


 膝に両肘つき身体ゆらゆらかがめながら、根津は甲板に開いた船図面に目をおろしカリンと硬いがよく通る声で


かしらは俺や

 お前には、船乗りたちも、船も、俺もわたさん

 しやけどおまえに指揮の半分は取らせたる

 俺らの参謀さんぼうになれ

 陸(おか)流に言うたら船団副大将

 いやもっとはくのつく諸葛亮しょかつ りょうあたりの役職名でいこか

 俺らの軍師、船団の『丞相じょうしょう』さまや」


 片足に鉄の義足つけ鉄の杖つく長身博識の船大将・布刀ふと

 白マントに長鉄砲ながでっぽうななめに背負った、美男だが一番艦の高いプライド現れたピリつく声で船大将・飛天ひてん

 弁慶丸へ反意申し立てる


「城が買える値段のキャラック船に目がくらんだか、かしら」

くらんだな、望月にや

 イングレスとエスパニアはいま、広げた世界航路奪い合い

 エっグい海戦で殺しうとる

 外洋は帆船の時代や、キャラックを日本人が手に入れるなんざ至難しなん


 赤茶の瞳きらつかせ、犬歯のにあう口元にんまり根津は


「しかも図面見てみい、日本のせせこまし海ではしるように小型

 砲も震天雷しんてんらいちゃう、これカレブリナ砲やで

 最新鋭ガレオン帆船に実戦配備されとるやつや、両舷りょうげんで四門もある

 どうしてこんな日本島のスミで、どうして世界のこれからみたか

 まずはキャラック船を手にれた交易手腕こうえきしゅわんや、よう聴きたい」


 目の前を過ぎる船団大将にすがる飛天のせっぱつまった声


「あなたの副将はわたしです、かしら」

「ほおやったのぉ、 飛天

 力を示せるもんが上にいく、しやし今、お前から

 副大将の座あうぼうて、望月が立つ」


 根津は細い目尻に茶色の瞳ビー玉みたいにすべらせ甲板に膝ついた飛天へつづける


「ま、望月がいらん思たら飛天

 お前に好きにヤらせたるしな」


 根津はにっこり一瞬、すぐ残忍に


「ようきばといどけゃ」


 望月が飛天の前をあるいていく

 飛天は歯噛みし望月を睨みあげているが、船団をおりることはしない。

 望月は前あるく自分の肩ほどの背丈の帆船団海賊大将へ言う


「よくできている、新鋭艦しんえいかんから順に

 操船そうせん指揮と船名を名に与え

 力ある者が表明をできる軍

 再起を目指せる才覚あれば、船をおりない

 なによりあなたへの絶対の忠信

 もう陸(おか)には少ない姿だ」


「まあなあもっとめえや

 望月、お前が今からかんすのは

 そんなたいした俺のとなりに立つ権利や

 いま機嫌いいさけ、ずっと俺の名、呼び捨てにもさしたるわ」


「それはハクが付きます、弁慶丸」







 それから四年だ。と



 望月が弁慶丸とのことを語る時

 ほんの少し声色が、自慢げに聞こえて由利は

 まじかに武器庫でふたりきりの今をあせる。


 はやく弁慶丸の手元に

 海に

 このきれいな人を返すんだと

 新緑色の瞳きらめかせ


 望月を見ていた。


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