第24話「 天の運航・帰雲山崩落 」




 夢の中で由利は過去の冬にいる。

 初めて会った時にはやけに小さく見えた真田源次郎と。


 並んで満点の夜空の中に立ち、由利は夜でも新緑の透明感わかる瞳をきらきらと

 源次郎が星をのぞく計測器を見つめていた


 アストロラーぺという円形の計測器で、真鍮色の円盤中に車輪型の円がいくつかと、斜めの棒も横断している。右腕にかかげ夜空へ向けて目をすがめて源次郎は


「星からわたしの位置をはかるんだ」


 築城師の由利は興味がつきない、小屋で仲間たちが朝飯の湯漬けをめいめいに注いで食べ始めるさんざめきが、由利の腹をならすが

 源次郎がアストロラーぺを差し出すとぐうぐう腹を泣かせながら、異国の文字やマークが刻んである歯車みたいな円をカチカチ回し、位置をあわせて星を見たので

 源次郎は目をむいて


「驚いたな、もう使えるのか」

「ン、見てて仕組みがわかった、あとは計算の方法 ———— 腹ぁへったなあ」


 横顔でも明るい表情がわかる由利の肩ほどの位置の顔をあげ、彼と同じ星を見て源次郎は


「由利、いまをどう思う」

「どうってぇ?」

「自分達の番の戦争が終わり次の戦争がくる、その繰り返しだ」


 帰雲山を包み込む夜は綺麗だ、白川のむらを底にひろげ

 やさしい顔立ちをした山稜が深藍色のエッジになって満点の夜空を切り抜く。


 頭ひとつ半も小柄な源次郎が言い出したスケールの大きなことに、由利はアストロラーぺで覗く星をかえながら


「武門のほうは、ヒデヨシってのが凄ぇんだろ?

 築城屋のおいらたちぁもうかってありがてえや」

「この国のなかでいずれ天下に殺される、つまらないだろ」


 由利はまばたいてアストロラーぺをおろし


「今日死なねえ、それで精一杯だ

 おいらたちぁ戦の国で役に立つから殺されにくい

 まだいいほうさ」


 源次郎に厚さ倍に見える築城屋の筋肉厚い身体の彼に向き直り

 まっすぐみあげ、底に怖いヤイバきらつくような目を今は微笑みに隠さず


「だから世界を見てみないか、まずは大きく知ることだ」

「、ぶ」


 ぶっわあはあっ!!


 由利が盛大に噴き出して

 築城人足小屋の台所裏からなんだなんだと鉄鍋をさげた爺さんが野菜かかえた少年が、由利と源次郎をのぞくと

 由利が吹き出しきって吸えない息が苦しく腹筋を手におさえながら、大きな手をゆびさしにして


「まあるい地球を?」

「そうだ」

「くるっとまわって?」

 ひとさしゆびくるっ、由利の笑顔に源次郎は頷いて

「そうだ、皆で」


 なんだようるせえなあと、二人の話をききながら小屋から出てくる築城人足たちにも届けと

 声を強くする


「 帆船でだ 」


 きょとんとするが男たちはすぐ一斉に「えぇ!? いやいやいやいや、遠慮する」と首や腕ふって必死に断り

 彼らの頭目・由利はまだくすくす笑っている。


 山稜の波を白光で切って、朝日が昇り始めた。




 その日の築城屋たちの小屋は、山賊に襲われた。

 雇い主から預かった金で鉄砂を買った帰りをつけられたようで

 日射しから宵闇へ移る目が利きにくくなる刻限に、二十人以上に斬り込まれた。


「んだよおまぇら! 三月前に組んだ金堀衆じゃねえかあ!」


 悲鳴と怒号をわめき散らしながら築城人足たちは、敗戦場で腐る死体から拾い集めた短槍や薙刀、打刀や太刀で応戦するが

 由利をとりかこんだのは最近の仕事仲間達で、彼は混乱しわめく


「なぁ昨日まで友垣(仲間)だったろ! なんでだよお! お前らを! 殺させないでくれよお」


 その瞬間に一瞬だった

 真田源次郎がその姿の倍ほどに見える長大な薙刀を土上から拾い、ひらと片腕に舞うようにかるがるとあしらって

 由利の目前の敵をまばたき五つほどの間にすべて「粉砕」した。

 血飛沫の向こうで静かにひそめられた彼の目と、決断瞬殺の姿が絶対的で

 声もなく後退った襲い手たちは一斉に逃げちって

 護られた築城男たちまで、逃げたい顔をしていた。


 死体を山におき捨ててしまうと熊が喰って人間の味を覚えてしまうので、川沿いに焼きにいく木材と死体を荷車に積んで築城人足たちが運ぶあいだも大ぶりの太刀を背おい短槍も持って先導する由利すら、言葉を失っていたというのに

 彼らを衛護する源次郎が最後尾から


「情に甘えるな、死ぬぞ、なあ誰か由利におしえてやってくれよ」


 拗ねて可愛い言い草に、どっばと築城人足たちは一斉に笑って


「いやまったくそのとうり!」「ったくだ! うちの大将てな何べん叱ったって性根が甘ぇ子供だ、なッさけねえ!」「なあっ、まず俺らがよ、若さんにありがとうだろ」「おう、そうだった、若さん

!」「おまぇやっぱ」

「恐っかなかったなあ!!」


 あっははと笑いだす男たち、源次郎の横までもどって話しかける少年は刀の使い方を身振りして聞いている。

 先頭で由利は振り返らず、彼らの話しや笑いを背中に聞きながら

 やけに大人っぽい顔で微笑んだ。




 小屋にもどり今日は遅い飯の時間。


 晩飯だぞーと今日の台所係が大声出しても一人だけ来なかったから、由利がさがしにいった。


 源次郎は星を測る。

 由利は今晩も築城仲間たちが笑い飲み食いして幸せないびきで眠る小屋を背に

 すたすた夜の森土をあるきながら声をかけた


「やっぱりだあ、あすとろらーぺで

 また若のいる場所の計測?

 毎日毎晩何回もあきねえかぁ?」

「ずれてる、大きいぞ」


 背におおきな勝虫が銀糸の羽を広げ牙を肩に食らいつかせる絵柄の青を着流した、源次郎の横にくるまでに

 また源次郎は由利へ振り返りもせずに話す。


「由利、今朝の日の出まえより

 また西に傾いてる

 位置が」

「なんの」


 ぐあーとライオンみたいな大あくびをしながら、新緑色の瞳を少し垂れた目尻に動かし眺め下すと

 由利の眼下で源次郎がアストロラーぺを両手にもどし、あれこれ操作してまた上げる

 同じ星を見る、自分の位置をまた測り直し


「ここだ」


 源次郎は計測器をゆっくりおろしながら、星をみている目を瞬かなくして


「 この帰雲山かえりくもやまが、傾いてる 」


 由利は帰雲山から見る風景を長身一回転させてじっくり見回し、笑顔を消した


「 鳥がいねえ 」


 音がなにもしない。

 由利がすぐさま決断し


「 みんな、火を消せ

  今、すぐに山を降りる

  荷物なんざ一個も、もつな 」


 緊急命令の声は緊迫するがうろたえずつらぬく


「 走れ

  山を駆け降りながら

  知らせ叫べ 」


 従う男たちへ


「 地震が来るぞ! 」









 飛騨ひだ帰雲山かえりくもやま


 噴煙のように城塞ごと空へと粉砕し吹き上がった。


 悲鳴あげて逃げ惑う人々も城ごと飲み込みながら崩壊した帰雲山の断末魔の土煙は空を青灰色におおう

 山と城と人を飲み込んで彩られた空の向こうに、大晴天なのだろう水色が透け

 黄色の蝶の羽みたいなグラデーションになった空から、やけに真っ白な土が

 すたすたすたと針のように降っていた。


 天正14年(1586年)1月18日。


 日の本を天正大地震が襲った。

 帰雲山かえりくもやまごと土泥に飲まれ帰雲城も埋没し

 土中深く飲み込まれた家屋は三〇〇戸を超え、圧死者五〇〇人以上。



 帰雲城ごと壊れ崩れる山まるごとに飲み込まれた人々の救出活動は、難航した。

 溶けてべたべたになる雪は続き、土も降る、緩んだ地面と混じって流れをつくり、山一つ崩壊させたぐらぐらの地面は救援する人たちすらまだ吸い込もうとした。

 揺れ続ける地面にもう悲鳴をあげないほどに慣れ、心を殺して救出作業できるようになったころ


 由利を棟梁とするもと山賊の築城集団は

 「出城築城の依頼人」も城といっしょに山に飲み込まれてしまったので

 新しい土地からの築城依頼を受けて、移動することになった。



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