第16話「 dialogue relationship(対話関係) 」




 夜の海。

 空と一線ひいて水平線からしたは暗黒、光点いっぱいに夏星座があがっている。

 喫水線より船底が深い帆船たちは座礁をさけて沖に停泊

 海賊たちはそれぞれの船に必要な乗員を残し、皆が陸に上がって野営をはじめた。

 防風林として立ち並ぶ松の根元に、修理場から運んだ板をならべて即席の床をつくり、上にはターフを張り連ね屋根をつくって、浜に大きく長くキャンプが広がる。


 真田源次郎がその弁慶丸の帆船団に、宿泊を許されて三日が経った。

 おそれ名・弁慶丸べんけいまること根津ねずは、船団の修繕指揮や海まで彼をおとづれる日本商人達との商談の合間

 息抜きに真田の若造との会話を楽しんでいる。


 野外での夕食を交代で作る台所方のかまどがいくつも日干しレンガでしあがっていて、かまどに対面して作られた水場で各船の台所方が、船団全員分の食事を担当分けして作っていく。

 飯をたく、食材の下処理をする、野菜を刻む、出汁をとる、食材を焼く、汁を煮る、飯にあしらう旨味もつくる、包丁の音や美味しい湯気が重なる。

 帆布の修繕縫いしながら、船道具を手入れしながら語りあう会話のさやめき

 ぶあついガラスのカンテラが、橙や青紫や白蒼や灯り点々と光並べていくあたたかみ。

 彼らを陸の方角へ眺めながら波打ち際で源次郎は


「わたしのともなう男が言っていました

 あなたがたの船団は、でっかい家族だと」


 166cmの源次郎、金銀風神雷神の絵柄はではでしい黒小袖も沈む夜陰

 野営のカンテラがうすい紫の灯火いれる瞳

 となりを歩きながら根津は


「お前の置いてった、赤毛で緑の目ぇした由利ゆりいうでっかい置き土産が

 言いそなことや」


 膝下まである琉球紅型りゅうきゅうびんがたが小柄でしなやかな姿体に海風に揺れ


「あいつな、大人気やで

 かわいい、おもろい、いっしょにいてて気持ち

 小早こはや船に横帆はって新しい快速船つくってみた、かしこい、一緒になんでもしてみたなる

 俺らの船団乗組員はみなクセ強いんや

 それが日本島に残してった七隻分、だいぶとたくさん骨抜ほねぬきにされとる

 あなもん四月よつきも仕掛けられたらかなんわ」


 海賊たちの宵闇にさんざめく声たちを眺めながら源次郎は

 帆船団総大将・弁慶丸と畏れ名もつ根津の横をさくさく白砂踏みながら、静かにつげる


「由利は、ポルトガル船で商品として長崎に売りさばかれたイングレス人の母親と

 日本の武将との混血です

 大名の子息なので、幼少時は側近をつけられ兵法や史学も学んでいます

 だが、由利の思考力や人心掌握力や築城術は、破格な師匠から身につけたようで

 女性の築城師で」


「弁慶丸さまーぁ」


 走ってきた十歳ほどの少年が刀疵ある右手に、串に刺した真鯵(まあじ)の塩焼きを二本さしあげるのを頭なでて受け取り、根津が源次郎に


「ほイ、沖でアジの群れが甲板に飛び込んできおって

 もう祭りや、なんぼでも食え」


 ちりちりと新鮮な皮の焦げ目からばりんとした肉から良い匂いさせている一本をさしだす

「いただきます、ありがとう」

 頭をさげる源次郎へ海賊の少年は

「ん」

 めずらしいやわ米の握り飯を二つのせた木皿をつきだす。

 台所のターフから「あにい」「げんご兄、まって」幼い子供たちが女児もまじえて歩いてきて、豆腐と干し大根とおとし卵の入った鰹だしの味噌汁、湯気温かな木椀乗る盆ごと弁慶丸と源次郎へ渡し

 彼らを見守りながら十歳ほどの少年は、小さい背中に担いでいた皮袋をちゃぷんと音させ、両手で差し上げて


「弁慶丸さま、どうぞ」

「おおきに源吾げんご

 沖かがりしとる吉祥きっしょうへ、飯を届けてくれるついでに

 メインスルを絞っとけて伝えてくれるか」


 弁慶丸の指示伝達が、自分に預けられたことが光栄でならないらしく


「はいっ! おかしら」


 少年は懸命な目をして、所属船の船大将のターフのもとへ駆けていく。


 左手に盆を支え源次郎は、新鮮なあぶら爽やかなアジのぶあつい肉をはふはふ食んでうまいなあと目を細め、根津への言葉を再開する


「心のおかしくなった母親は、由利を育てませんでした

 誰かに預けることも言葉をかけもしないのに、父親の代わりのつもりかそばからは離さない

 母親が死んでようやく由利は『外』を知りました、自らを人市じんしんばいばいで売ったのです

 彼を買い、生かし始めたのもまた女性で、築城集団の女棟梁の元で由利は可愛がられ、知識をえて愛されます、そして

 14歳でまた失った

 由利は女棟梁も、自分が殺したのだと言っている」


 淡々と続ける源次郎


「由利は、女性築城師の師匠と日本中を渡り始める十二歳ごろまで

 言葉もろくに理解できず、白痴はくちと見られていたようです

 思考をできなくされていたのでしょう」


 夏みかんほどもある大きな麦と米の握り飯、乗せてあるアジと小ネギと味噌をたたきあわせたなめろうごと片手にバックバクほおばり、片手に木椀の味噌汁もあっという間にたいらげた根津が

 赤茶の瞳だけあげて源次郎を見て


「由利いう大名の氏はあれへん、鎌之助なんて悪ふざけやろ

 ぜんぶ偽名やな」


 源次郎は、味噌汁のつるんとした白くて途中丸いものを食むと、半熟の黄色がとろけ出て慌てて汁ごと口にする、縁起が悪いとされていて口にしたことがなく、生まれて初めて食べた鶏卵の味に感動しながら

 なめろう乗せた巨大にぎりつかんで、答える


「望月どのと同じです

 誰も与えないから

 自分で自分を名づけた」


 根津は懐に突っ込んでいる懐紙でがさーっと口ぬぐって皮袋の中身をごいごい喉ならして飲んで

 飲み口を丁寧に拭き清め、息つきながらつぶやく


「壊され加減が、似てるからいうてや」


 アジのなめろう部分を口にいれ麦飯部分を口に入れ、噛み味わい飲んでから源次郎


「こわされている、しかし

 望月は閉じていますよね

 由利は開いているんです

 望月が無くしてしまった壊される前、大事なものを取り戻すのに

 由利ならどうしたらいいのかを、知っているように思えるのです」


 ぱく、ぱくぱく、握りめしを食べ終わって指についた麦つぶをついばむ源次郎の目の前に、根津は皮袋をちゃぷんとさしだして


「しやからお前は

 由利が捕まっとるのもなぶり殺されそうなのも、知っとって

 見張りまでつけとるのに

 救い出そうとは、しいひんのか」

「だって弁慶丸どの、あなたが何度、救い出しても望月は

 自分で恩威院おんいいんの元にもどってしまったでしょう

 奪うだけではダメなんです」


 源次郎は塩焼き魚で喉が渇いていたらしく皮袋から直接口にそそぐ液体で、たっぷり喉をうるおし

 皮袋飲み口を懐紙かいしで丁寧に拭きながら


「似た破滅の中にいた由利なら

 望月の心をつかみ、失われた心ごと救い出せるかもしれませ、ん、」


 語尾から激しくむせ込んで、口元に拳当て咳き込む源次郎に

 赤茶の瞳だけ下ろしてふーと息はく弁慶丸


「おまえ、俺らを何年、ねろてた

 っそろしな源次郎

 ガキやいうて悪かったわ」


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