第3話「 海のよがあけるまえ(sunrise colors)」





 由利が酒片口から「よしやあ」酒を直接あおって麦粒のみこみ立ち上がった

「仕事すッかあ! 海野ぉ」

 食膳運んだ男達もそれぞれの武器引き抜き源次郎へ突っ込む。

 三方囲った木襖が開き、さらに束になって飛び込んできた槍を一そうもぎ取って、由利は天井に投げ上げた

 螺鈿らでん装飾粉砕してこぼれ落ちた二刀と鎖鎌、海野へ二刀を投げ渡しながら目の前に兵団を数えて


「あーあ、人数揃えたなあッ」

 大きな笑顔

「真田ッてなそんなに怖ぇもんか

 こっちぁ大将いれてもたった四人だってのに!?」


 全員が鎧兜で室内戦闘用に短くした槍が軽く見積もって十六そう

 由利の頬をかすめヒラリ

 小姓結いの黒髪が流れ、陣羽織の背に六文銭紋血色またたかせ

 海野が飛び込んでいった。



 海野は背にかついだ三尺(約90㎝)もある野太刀を右手に右腰に備えた二尺四寸(約73㎝)の打刀を左手に二刀の柄を攫み同時に引き抜く鞘奔り、十字の形に一閃。

 暴風が室内に瞬時いくつも破裂したように鎧武者達が吹き飛び、ねじり倒され斬り裂かれて人体部品になって回転する、

 壁天井欄間あちこちぶち当たりながら降って転がり

 海野は浴びせかかる血雨粒より速く、刀身に巻く鮮血内臓を左右に叩き落とし

 前面の兵ありったけに叩き込んだ二刀、体ごと回転して腹ぶち割り腕吹き飛ばし首斬り抜いて、前へ


 崩れる兵壁の向こうから貫き狙う兵達の槍刃下、小姓結いの髪で半円えがいて体制沈め海野の左膝が床をシュウとすって、前へ

 二つの刀が血の弧を並行に高々と天井までえがく

 壁に廊下に柱に音たてて突き刺さる斬り飛ばされた槍先

 てーんと弾けた頭が槍刃にサクっと突き刺さる床へ左右からそそぐ槍下を抜け奔り、前方で同田貫の重い刀振り落とす大男の直前で

 キュウっと右足先を床に鳴らして横へ体沈める海野

 左手の打刀がうなって閃光、直上へ跳ね上がる


 どばっ!!


 厚い鎧ごと兵の巨躯がまっぷたつに割れた

 はらわた吹き出す背中踏み前へ体をぐうんと沈める海野めがけて死に物狂いで突っ込んだ四方からの槍、直後

 後ろへ飛び下がり左右に開いた海野の二刀の切っ先から床に、タタタっと赤い直線を重ねた頃には左右を取り囲んだ兵達の首がない

 ドンごんドンがんッ、音重く四つ首達が床に弾け血粒ふあんと吹き広がる中

 海野は右手の太刀峰を肩に寝かせながら立ち上り、左手に打刀さらりと下げ上座を見据え重く低く一声

「望月」

 つりあがった一重目をゆっくりと細めながら

「わが主君の首、どこへ差し出すつもりか」

 まばたき四つほど待ち

「返答なし」

 直後、望月の眼前に真横にはしった刃の閃光。

 望月は座したまま眺めた自分の首に一閃する刀身、その白い喉に水平の刃がもぐる寸前で静止できるただ一つの声が止めた。


「海野そこまで」


 真田源次郎だ。




 ぎゅうっ


 床板をならせて海野の両足がとまる。

 望月の細い首前面に冷えた剣風がぬけ、白絹小袖の細い肩に黒髪がふわと揺れ水のように細い肩から腰へ流れる

 その真横に立ち右腕に太刀とめた姿で海野は、瞳だけを細い目尻に滑らせ止めていた息を一気に吐き出す。


「あきれたお人だ」


 太刀と打刀に巻き付いた血をブオンと刃重く鳴らして床へ振り落とし、懐紙で丁寧にぬぐった刀身を、背と腰の鞘に吸い込ませながら海野はうんざりと言う


「上様はこの血と臓物の匂いの中

 のどかにメシを食うておられたか」


 お行儀良くタラと里芋の煮付けを食みながら源次郎が、こっくりうなずき。

 その膳へ手をのばし酒片口とる由利もみつけ、海野は少年の顔に戻った

「なんだ由利、お前まで」

 由利の情けない白状はおおいばりで

「オイラにも働けって文句言いてぇならなサあ海野

 お前ぇちったぁ加減しやがれよ

 お前の剣筋ぁ速すぎて、まるっきり見切れねえ

 横でお前ぇの神速の刃くぐりながら戦うなんざ、怖っかなくッて

 オイラ程度じゃ無理でしたっ!」

 無言で由利を睨みながら、顔の返り血を懐紙で拭う海野が堪えきれずにうめきをもらし、吹き出すのをこらえむせこむ源次郎。

 源次郎は朱盃の酒をひとくちし、冷えた声を望月へ


「いま使い捨てた兵はあなたの何です、無駄死にだ」


 上座、尾が蛇で体が亀の神が描かれた極彩色大屏風を背に望月は、源次郎に目線を流して性別の無い声


「もとはわたくし共の船団乗組員

 交易先の天川あまこう(マカオ)や、琉球、明、高山国(台湾)などで

 市民に暴行や盗みなどを働いた者ども

 ほんらいは現地で公開処刑しますが

 船団総大将の弁慶丸が、判断しかねるものは

 わたくしに送られ、こちらで決済をいたします」


 源次郎の冷めた目が据えつく上座の望月はつづける


「いま斬り殺されました十八名は

 この国で女性にょしょうたちを奴隷貿易船に渡しておりましたので

 処刑と、わたくしが断じた者達

 殺す手間がはぶけました」

「ンでさあ、望月、いっこ教えてくれねェか」

 凍えるやりとりに割りこんだのは由利だ


「あんたは嬉しそうに殺されようとしてたよな

 なんで?」


 めずらしく不機嫌な声、あぐらに頬杖斜めに望月へ由利は新緑色の目線あげて


「若が海野とめてなきゃ、首もイノチも、もう無ぇぜ

 なんで刀が首落とそうって時に、あんた

 笑ってた」


 上座、長すぎる黒髪に縁取られた望月の華奢で雪白色の美貌は

 いま初めて、赤毛に緑眼で異国人の屈強な姿体の由利に気がついたように顔をむけ


「笑う? わたくしがか?」

「ああよ、喉に刃が当たったろ? そンとき品のいいお人形さんみてぇによ、幸せそうに笑った」


 頬杖ついて不機嫌顔をぶっすり睨みあげる夏の若葉色の由利の両眼に

 望月は目線をすえて黒曜石の双眸も無感情に


「 こちらも問いたい、貴殿の主人が言う

 わたくしを救いたい、とは? 」


 紅蓮の髪に新緑色きらきらの双眸まるきり異国、屈強な長い手足の胡座の膝に肘ついて、由利は明るい声に所作に表情いっぱいの夏陽射しのようにして望月を覗きあげ、声をおおきく返す


「 なあ、あんたさあ、なんでそんなに寂しそうなんだあ? 」


 反比例した存在ふたつを眺めている源次郎へ

 望月が向き直り、告げた。


「おどしているのです真田源次郎どの、立ち去りなさい

 わたくし共の船団は外洋に路をもつ

 異国へ、あなたを売り払うてもよいのだ」


 ふわりと立ち上がって望月は、源次郎を見おろし冷えた声


「日本という島国の領土ごときを国とよび

 一〇〇年超えて狭い陸地を奪い合う、陸将とかいう者どもに

 我ら海賊が従う理由は、なにひとつ、 無い」







 そうして

 真田源次郎たちは、昨晩のうちに

 追い返されたのだ。

 由利という迷惑な置き土産を望月に残して。


 海は、朝焼けの予兆が満点の星空と水平線の境界を、刀一線したような真っ直ぐな発光で切りわけ、神官衣装の望月の細い体に光粒のエッジを立てていく。

 海の波濤にまぎれず望月の声は由利に届く、男にも女にも聞こえない冷たくも暖かくもない

 何もない音


「貴殿は護衛にと残されたが

 いったい、わたくしの何をまもるつもりだ」


 中性の声に落雷のような音が重なり、光を両舷側にずらり並べた戦艦たちが

 由利の眼前にせりあがる。

 船と船が近距離をすれ違い二隻の舷側間で押しつぶされた波涛が爆音あげて破裂し、上空に吹き上がり火粒と飛沫があふれ注ぐ波打ち際が照らし出され

 望月は腕を海沖へと開く


「見るがいい

 我らの船団のこれで半数

 本隊は総大将の弁慶丸べんけいまるがひきいて

 外洋にある」


 波濤おさえる風の轟音。

 由利の新緑色の双眸が見開かれ見上げていく、言葉が出ない。

 船首・中央・船尾、三本の帆柱がそそりあがり、横柱がそれぞれにうなりあげて帆布に風を張る


 七隻の帆船。


 海中に船の背骨である竜骨で軸ぶらさず、竜骨から張り上がった肋骨で強化された舷側をもち、正面から見るとV字の形だがこの船型はやや丸みがあってどっしりしている。

 船型は英名・キャラック。

 大砲の射出口のある舷側に三本帆柱の横柱それぞれに斜めにかけられた帆布、長大な長方形で風をまるくはらみ

 真ん中の帆柱頂点近くにある物見台から舷側まで広がった綱、船首にも船尾から斜め上に突きだした柱に布帆など三角形に風にうなっている。


 横柱のある真鍮塗りした船首柱から前帆に支えられた太い綱を駆け上がっていく海賊、甲板に立ち働き動く海賊達の頭が、舷側防弾壁ごしに由利に見えた。

 どっしりした大型が牟婁崎の島影から帆を張り下げながら現れる、三本帆柱の高い二本に四角を綴った布帆が大きくかけられ船尾・船首に突き出す柱にも大きな四角帆

 風を掴んでぐうんと回頭するV字の船倉が鯨のように海を押しわけたむこうで

 船速と船形が変わった

 細身に長大な三角帆を風うなりつかみ、難しい夜走り自在な操船かろやかなキャラベル船。

 細身の船体を包めるほどの三角帆を連ね広げ、二本帆柱に船首の帆布を横柱傾け風で方向を切って速度をあげていく、水すべる鳥のように。


 その船首のむこうからわき上がったのは紅色船尾の細身の帆船、船尾に海へと突き出した三本目の柱の三角帆が風なりあげて急旋回の離れ業を披露した、まるでしゃちの群れだ。

 近接してすれ違うから波も高く各船大将の操船命令も混ざるはずだ

 だが乱れがない

 舷側に垣間見える海賊達は篝火の火粒あびながら、誇らしく船を操る


 号鐘・号笛・船太鼓


 副大将艦キャラックからの鵜萱うかやからの音、それが船達の動きを調律していた。

 由利の屈強でしなやかな若い長身は黒い海原水平線を切ったように上がる夜空の星座をシルエットに切り抜く。

 きらつく新緑色の双眸は明るく、帆船達の滑る波と飛沫と船に灯るカンテラの光の流れを見あげて笑みの形になり


「 … マジ かよ…」


 半開きになった口にもう声がでない、息を飲んでいる。

 由利は


 帆船の棲家の夜明け前にいた。












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