神様は嘘つき(全10回)
黒っぽい猫
第1話 エミと志郎
「みゆきは、布施君と、どういう関係なの?」
中学1年の夏休み明け。9月最初の月曜日。放課後の掃除当番をしている時に相馬エミがきいてきた。
「どういう関係って? クラスメイトじゃないの。布施君は」
「そうじゃなくて」
「布施君がどうかしたの?」
私がふりかえって見ると、エミはホウキの手を止めてうつむいている。なにか言いにくいことを言えずに困っている様子だった。
「ううん、なんでもない」
エミは顔をあげて笑ってみせたが、どう見ても無理のある笑顔。なにか思い詰めてるみたいだ。
「布施君がどうかしたの? 私でよければ相談にのるよ?」
「そうだよね。みゆきは布施君と仲いいもんね」
語尾が消え入りそうにフェードアウトした。何かあったのだろうか?
「仲がいいっていうか、家が近いってだけよ」
「そうなんだ。だからよく一緒に登校してるのね」
「一緒に? そうかな? たまたま一緒のとこを見ただけじゃない?」
「でも、帰りも一緒のことが多いよね」
「まあ、近所だからね。通学路が同じだから。そういうこともたまにあるかな」
エミはまだ何かききたそうな顔で、うつむいたままこちらをうかがっている。
「好きなの? 布施君のこと」
私は単刀直入にエミにきいた。布施志郎はエミと同じ美術部だった。エミはギクッとした様子でみるみる顔を紅潮させた。黙ってうつむいている。
「私と布施君は付き合ってるとか、そういう関係じゃないよ」
「ほんとうに?」エミが顔をあげてこっちを見た。
「そうよ。トモダチよ。家が近所だから家同士の付き合いはあるけどね」
「幼なじみとか?」
エミがうかがうように上目づかいで見ている。
「そういうのでもない。布施君は小学6年の時にうちの近くに引っ越してきたの。転校してきたばかりの頃、先生に言われて私がいろいろ教えてあげたの。それだけ」
「そうなんだ。知らなかった」
エミは一瞬ホッとしたが、すぐに心配そうな複雑な顔をしてまたうつむいた。
「布施君のことが好きなら、伝えてあげようか?」
「やめて。言わなくていい。絶対言わないで」
あわてた様子で、エミが必死に言った。エミは正直だな。布施君を好きだと自分で告白しちゃってるよ。
私は耳まで真っ赤になってうつむいてるエミをカワイイと思った。最近伸ばし始めた髪は真っ黒でツヤツヤでサラサラ。ほっそりして背が高く、自称165cmだがたぶんそれ以上ある。長いまつ毛と、キラキラした真っ黒の瞳は草食動物を連想させた。
おっとりしていて、人の話を聞きながら穏やかに笑っていることが多い。背は高いけど声が小さくてちょっと臆病。それがエミの印象だった。動物にたとえるなら、エミは牝鹿かな。スタイルがよくて小顔でカワイイ。もっとも、鹿が笑った顔は見たことないけれど。なんかそういう感じがする。
「わかった。誰にも言わない。安心して」
その日はそれで終わった。
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布施志郎がウチの3軒隣りの家に引っ越してきたのは、小学6年の5月頃だった。その家は新築後5年くらいの新しい家だったが、前の住人は転勤になったらしい。布施家は、持ち主の親戚だそうで、その家を借りて住むことになったんだそうだ。そういう事情は志郎から聞いたのではなく、母から聞いた話だから本当かどうかはわからない。志郎は自分のことをあまり話そうとしなかったからだ。
志郎は無口でおとなしい子だった。挨拶以外に誰ともしゃべらなかった。先生は志郎の内気な性格を知っていたのか、席は私の隣りになった。家がすぐ近くの私に、先生は志郎にいろいろ教えてやるように言った。私はクラス委員ではなかったが、男子の友達もいたから違和感なく引き受けた。
私も4年の時に秋田から転校してきたから、志郎の気持ちはよくわかった。前は宮城県にいたそうだが、転校時の私と違って言葉に訛りはまったくなかった。
志郎は1人っ子で、転勤が多い父親の仕事の関係で、2年おきくらいに転校していた。小学校に入ってからの転校はこれが3回目だと志郎は特にイヤそうでもなく言った。転校慣れしてるのかと思ったら、そうでもなくて、まるで宿命みたいに思っていた。志郎によると「転校生はクラスで一番階級が低い」ので、目立ってはいけないそうだ。
勉強も運動もほどほどにできたし、クラスの係も積極的ではないがちゃんとやった。しかし人間関係ではどこか距離を置いていて、友達との付き合いは消極的だった。どうしてクラスの男子と遊ばないのかきいたら「疲れるから」と志郎は言った。「それにどうせまた転校するから」とも言った。あきらめとでも言うのだろうか。
私が志郎と親しくなったのは家が近所だからだが、もうひとつ理由があった。ウチで飼っていた黒猫の「サド」がしばしば布施家にお世話になっていたのだ。
サドというのは私の母が付けた名前だが、生まれが佐渡島ということから付けた。サドは佐渡島で生まれて秋田で育ち、ウチの家族と一緒に東京に来たのだった。しかし「サド」って名前どうなの? まるでいじめっ子のサディストみたいだ。実際のサドは去勢オスで、おとなしくて、ひとなつこいカワイイ黒猫だった。
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つづく。
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