鏡の惑星(ほし)の東くん

とりすけ

第1話 宵の明星

「ねぇおじいちゃん、そろそろご飯にしようよ。」

 愛月あづきは天体観測に夢中な祖父に声をかけた。しかし返事が返ってくることは期待していない。彼は一度研究に没頭すると、周囲の情報を一切シャットアウトしてしまう癖がある。

「おー。」

 気の抜けた生返事だけを返し、愛月の祖父和正かずまさはごっつい天体望遠鏡を覗いたままだ。

 愛月はため息を吐き、「ご飯ラップしておくよー。」と付け加えた。


「いただきます。」

 愛月は静かなダイニングで一人、夕食を食べ始めた。

 両親は居ない。愛月が小学4年生の時に事故で二人共帰らぬ人になってしまい、それから祖父と二人暮らしである。

 祖父の和正は天文学者で、大学教授でもある。しかし両親が亡くなったことをきっかけに、突然UMA研究をしだすようになってしまった。

「宇宙人は実在する!」と学会で大々的に発表したことが話題になり、地元ではすっかり変わり者の「UFOじじい」と言われるように。

 今日もまた例に漏れず、金星が地球に最も接近する日という理由で「金星人の行動をとらえられるかも知れない!」とはりきって望遠鏡を覗いているのだった。


「宇宙人なんて、居るわけないのに。」

 愛月はラップのかかった祖父の分の食事に目をやった。彼も今年で87歳、くだらない研究に寝食を忘れて没頭していい歳ではない。

 愛月にとって和正は唯一の家族だ。いい加減娘夫婦の死を受け入れ、真っ当な仕事をして欲しかった。

(食べ終わったら、もう一度声をかけよう。)

 最後に取っておいた好物の焼き鮭を口に放り込み、自分の食器をシンクに運んだ。



「おじいちゃん!ご・は・ん!!」

「…おー。」

 リビングから庭に向かって声をかけると、夕食前と全く同じ格好で祖父が望遠鏡を覗いていた。

「もう!腰が痛いって言っても湿布貼ってあげないんだからね!?」

「んー…。」

 これでは埒が明かない。放っておくと、きっと朝までこのままの体勢だろう。

 愛月は天体望遠鏡のレンズを手で覆うことを思いついた。

(画面が真っ暗になれば、流石に目を離してくれるでしょ。)

 サンダルを足に引っ掛け、外に出た。梅雨明けしたばかりの夏の夜は、むしむしと暑かった。

(よくこんな暑い中に長時間居られるなぁ…。)

 歳をとると気温の変化に疎くなるとは言っても、流石に頭痛がしてこないだろうか。祖父のことだ、きっと水分補給もしていないだろう。熱中症が心配になってくる。

 先に麦茶を持ってこようか、と思い直し空を見上げると、なんと光り輝く流れ星が…否、彗星がゆっくり流れてきた。

「えっ!?ちょ、おじいちゃん!!彗星!?彗星が流れてきてる!!」

 驚きのあまり駆け出し、未だ望遠鏡にくっついている祖父を揺さぶった。

「なんじゃあ、うるさいのぉ…。」

「彗星!!…あっ!落ちた!!」

 愛月がそう叫ぶと、ドォン!という衝撃音と地響き、そして強い光が辺りを照らした。

「彗星が落ちた!!」

「馬鹿、彗星が落ちたらここら一体更地になるわい。」

「でも落ちたよ!?」

 地響きでようやく天体望遠鏡から視線を外した和正は、愛月の証言に疑問を投げかけた。大きな揺れだったというのに、なんとも悠長なことだ。

「なんで彗星だと思ったんだい?」

「流れ星は宇宙の塵が発光したものを言うでしょ?私が見た時、光の中心に大きな物体があったもん!」

「ふむ…。」

 和正は顎に手をやり唸った。

「もしかしたら、UFOが落ちたのやもしれん。」

「はぁ?」

 また始まった。祖父は何にでもUMAにこじつける。

「あれはどう見たって彗星だったよ!」

「だーかーらー、彗星が落っこちたらワシら吹っ飛んどるって。」

「じゃああれ何よ!?」

「だからUFO…ここで押し問答しても仕方ない、見に行くぞ。」

 和正はそう言って天体望遠鏡をリビングに移動し、戻ってくる頃には車のキーを手にしていた。

「ほんとに見に行くの?」

「怖いか?UMA信じておらんのに?」

「…おじいちゃんって意地悪だよね。」

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