第20話 リリアベル家の令嬢
シロウとユリリカは訓練を終えて、寮に戻る前に休憩をしていた。
もうすぐ日が暮れるが、トレーニングに励んでいる生徒たちは少なくも存在する。やはり騎士学院に入学する者となれば、やる気のある人間が多い。
その生徒たちの中で目についたのは、小柄な銀髪の女子だった。他の生徒たちと離れた隅のほうにいる彼女は、逆手に持った短剣を振り落とす動作を繰り返していた。
「あの動き、まるで暗殺者だな」
「あの娘はリリアベル家の令嬢よ」
「知り合いなのか?」
「ええ、晩餐会で何度か話したことがあるわ。毎回びくびくして怯えていたのが印象的だったね」
ユリリカの言う通り、リリアベル家の令嬢は気弱そうな印象だ。短剣の振りは見事だが、眉を落として口元を歪ませている表情は怯えた小動物を彷彿とさせる。
「少し話をしてみよう」
「あら、ああいう小さくて庇護欲のそそられるような女が好みなのかしら?」
「別に口説くわけではない。短剣の振り方に興味があるんだ」
あの振り落とし方は暗殺者が相手の背後に回って後頭部を刺突する際の動きに似ている。どうして騎士を目指す者たちが集う学院でそのような動きをする生徒がいるのかと気になったシロウは、リリアベルのもとに向かった。
「少しいいだろうか?」
「――ひゃうっ!?」
声をかけた瞬間に素っ頓狂な悲鳴をあげる小さな女子。
勢いよく振り向いたリリアベルはシロウの顔を見ると、短く息を吸い込む。風切り音のような呼吸だ。
「あ、あの……何か用ですか?」
「すまない、怯えさせるつもりはないんだ。ただ、その短剣術に興味があって――」
「た、短剣術ですか?」
おどおどと聞いてくるリリアベルに頷く。
ユリリカも隣に来て、腕を組みながらリリアベルに言った。
「この男は、あんたの暗殺者みたいな動きに興味があるらしいわ」
「ユリリカ様っ!? こ、これはご機嫌麗しゅうございます!」
慌てた様子で頭を深く下げるリリアベル。ユリリカは溜め息を吐き出して彼女の頭を上げさせた。
「いいから、しゃんとしなさい」
「すみません……短剣術の話でしたよね?」
リリアベル家の令嬢、ルルは逆手に持った短剣を掲げた。
「これは暗殺者特有の構えで……こうやって振り落とすと相手の頸椎を突き刺せるんです」
「ふむ……どうして暗殺者の技を?」
「えっと……ルルは暗器使いなので、暗殺者の動きを真似したほうがいいかなと思ったのです」
ルルは短剣の刀身を人差し指でなぞると、恍惚な表情で息を漏らす。
「はあ……この銀に煌めく刃……こんなに美しいもので人の命を刈り取ってしまうだなんて……背徳的で良いですよね……」
どうやらルルへの第一印象を改める必要があるべきだとシロウは悟った。短剣を見つめて瞳を潤ませる表情には狂気が宿っている。
「でも、ルルが一番好きなのは毒針なんですよっ!」
「そうなのか」
「そうですっ! 致死には至らないぐらいの軽微な毒を塗り込んだ針をたくさん相手に打ち込んで、じわじわと嬲っていくのがたまらなくて! 羽をもがれた蝶みたいに地面でピクピク痙攣する人間を見ると思わず興奮して――」
「凄いな、色々と」
シロウは楽しげに語るルルを見て、こんな女子もいるのだという新たな知見を得た。世界は広いものである。
シロウとユリリカが若干引いていることに気づいたのか、はっとしたルルは気まずそうに頬を指で掻いた。
「またやらかしてしまいました……ルルが美学を語ると、いつも相手が困ったような顔になるのです……」
「まあ、あんたの美学は大っぴらに語るようなものじゃないかもしれないわね」
「そうですね、美学は心の中に秘めておくものですよね」
「そういう意味ではないけど」
呆れるユリリカの様子に首を傾げるルルだった。
気を取り直してルルと会話を続けたシロウは、彼女がヴァレンシュタイン辺境伯の姪である事実を知る。
「遠征実習で叔父様の領地に行くのですか。叔父様は最近、全く顔を見せてくれないので、ルルも参加したいのですけど」
「特別クラス専用の実習だから、あんたはついていけないでしょうね」
「そうですよね……はあ、それにしても叔父様の引きこもりには困ったものです。エリーゼちゃんを失って悲しいのは分かるのですけれど、親戚や家族にすら会わず閉じこもっているようで」
ロズベルト・ヴァレンシュタインは気さくで、よく姪のルルと遊んでくれていたが、降魔戦争で娘のエリーゼを失ってからというものの、誰とも会わず館に閉じこもりがちになった。ルルは叔父の豹変を気にしているようで、いつか様子を見に行きたいと語った。
「もし遠征先で会う機会があったら、ルルが気にしていたと伝えよう」
「お願いするのです。また暗器の使い方を教えほしいってルルが言っていたと伝えてくださいね!」
「叔父から習っていたのか……」
ルルに暗器の使い方を教えたヴァレンシュタイン辺境伯とは一体どのような人間なのか。シロウは少し気になるのであった。
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