第19話 遠征実習が近づく

 本日の授業は座学がメインだ。

 教壇に立つネオンが王国の歴史を語る。


「長らく他国との戦争がなかったヴァリエス王国だけど、自国内で起きた小規模な戦争はいくつかあって、記憶に新しいのは三年前に古都周辺で勃発した降魔戦争だね」


 ネオンはユリリカとシャルンに目配せし、少し言いづらそうに語る。


「突然現れた悪魔が、古都を中心とした街や村を襲った事件。悪魔を召喚したのは邪教バビロンと推測されてる。救援に駆けつけた星刻騎士団により悪魔は制圧されたけど、数多くの命が奪われてしまった」


 一息ついたネオンは、引き続き事件の詳細を語る。


「当時の古都では上流貴族たちの会合が行われていて……ユリリカさんとシャルンさんも古都にいたんだよね」

「ええ、そうね。アリシアは風邪を引いていたのでお留守番だったけど」

「今思えば、風邪を引いたのは僥倖でしたわね……あのような凄惨な場にいなくて済みましたもの」


 そう言ったアリシアはユリリカを横目で見て窺う。

 降魔戦争が勃発した当日にユリリカとシャルンが古都にいたという事実。二人は絶望的な状況で運良く生き残れたからこそ、今この教室で授業を受けていた。


「星刻騎士団の筆頭であるクロード卿が駆けつけてくれなければ、私はすでに墓の下だったわね」


 当時を思い出すように呟いたユリリカの言葉に、全員が沈黙する。空気が重たくなったのを感じたのか、ユリリカは咳払いして続けた。


「まあ、こうして生き残っているんだから、過ぎたことね。気にしなくてもいいわ」

「お姉様……」

「そんな顔しないの。戦争に巻き込まれたことなんて大して気にしてないんだから」


 思うところがある様子のアリシアにユリリカは言った。

 ネオンがフォローするように明るい声を出す。


「ユリリカさんとシャルンさんが無事でいてくれて良かったよ。星刻騎士団のおかげだね」

「王国直属の精鋭騎士団だったか。ユリリカやアリシアの進路もそこだったな」


 星刻騎士団は王国を守護する組織だ。精鋭騎士たちが集う複数の部隊で構成されており、星刻騎士団への入団は王国内でトップクラスの騎士になることを意味する。


「突撃部隊の隊長であるクロード卿……ルシードくんのお兄さんの実力は騎士団の中でも飛び抜けていて、双剣無双のクロードという二つ名で有名なんだ」

「そこまで強いのならば、一度手合わせ願いたいものだな」

「もしかしたら学院側からクロード卿にお願いして、特別訓練を設けてくれるかもしれないよ。まあ、クロード卿も忙しいだろうから受け入れてくれるかは分からないんだけどね」


 ヴァンセット家の侯爵でもあるクロードは何かと忙しいらしい。学生相手に訓練を施してくれる暇があるのかは分からないのであった。


「他にも語りたい歴史はたくさんあるんだけど、そろそろ時間だし授業は終わりにするね。ここからは間近に迫った遠征実習について話すよ」

「待っていましたわ!」


 遠征実習が楽しみなのか、アリシアが声を弾ませた。

 ネオンは遠征実習の概要を話し始める。


「今回の実習地は王国の最北端にあるリーウェン辺境区。ヴァリエス王国とグランデ帝国を結ぶ国境がある地です」

「リーウェンはヴァレンシュタイン辺境伯の領地ですわね」


 辺境伯であるロズベルト・ヴァレンシュタインは降魔戦争に巻き込まれた一人であり、悪魔の襲撃によって娘を亡くしている。それ以降は人が変わったように館に籠りがちで、領民と顔を合わせる機会は滅多にないのだとか。


「実習内容は当日に話すよ。あと、実習時にとある人物が協力してくれることが決まったので、行き帰りについては気にしなくていいからね」

「とある人物……なんだか私が知ってるような気がするわね」


 ユリリカは心当たりがあるようで、どことなく憂鬱そうに溜め息を漏らした。


 授業が終わり、放課後に突入する。

 今日は座学が中心だったためにシロウは動き足りなかった。


 今から特別クラス専用の訓練棟に向かうのは、少しばかり躊躇われた。森で囲まれているので、日が暮れる時間帯に向かうのは危険だ。


 シロウは別クラスも使用する訓練棟に向かった。

 訓練所に入ると、生徒の姿は少ない。数人の熱心な生徒だけが散らばってトレーニングしていた。


「あんたも来たのね」


 すでにユリリカがトレーニングを行っていた。

 授業が終わった途端に教室を出た彼女は、一足先に訓練所に来ていたらしい。


 しなやかな肢体を訓練用のスポーツブラとスパッツで覆ったユリリカは、共同訓練を半ば強要してくる。仕方ないので模造刀を鞘から抜いたシロウは、支給品の二丁拳銃を構えるユリリカと向き合った。


 しばらく打ち合いを続け、息が上がったユリリカは座り込む。


「はあ、はあ……やっぱり体力がないと、あんたの相手はできないわね……」

「すまないな、ここまで付き合わせてしまって」

「私が命令したことだから気にしないでと言いたいところだけど……体力バカすぎるのよ、あんたは。少しは加減しなさい」


 ふう、と息をついて立ち上がったユリリカは、こめかみの汗を拭った。


「ユリリカは訓練に熱心だな」

「当たり前でしょう。訓練しないと強くなれないし」

「強くなって、お前はどうしたい?」

「騎士になって市民を守る――なんて高尚なことが言えたら良かったんだけど」


 すでに息を落ち着かせているユリリカは、胸の下に腕を組みながら言う。


「私が強くなりたいのは自分のため。脆弱な自分が許せないだけよ」

「もう十分、強いと思うぞ」

「いいえ、まだ足りないわ。私は、もっと強くなって……この学院のトップに立ちたい」


 ユリリカは序列を気にしている。

 現在の順位は52位。入学当初から50位付近に入っていたアリシアよりも劣る。その結果に不満なのか、ユリリカは放課後も訓練に励んで強くなろうと尽力していた。


 シロウは彼女の強くなりたいという有り様に、感銘を受ける。

 努力を惜しまない者には報われてほしい。だからシロウは、模造刀の柄を撫でつつ言った。


「その目標に至るまでの道を、俺にも歩ませてくれ」

「もちろんよ。こき使ってあげるから、精々頑張りなさい」


 ユリリカは顔を横に向けて素っ気なく言い放つ。

 シロウは彼女のつれない態度を気にしない。バディとして共に高め合うだけだと思い、本日最後の打ち合いを申し込んだ。

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