第12話 バディ成立

「とてつもない速さの抜刀でしたわね……刀の軌道が全く見えませんでしたわ」


 戦慄を滲ませた声音で呟くアリシア。

 ユリリカはシロウの抜刀が速いだけではないことに気づいていた。


 鞘から刀を抜く直前にシロウは右肩を引いた。構えを崩したのかと思ったが、自分の視線が一瞬だけ肩に引き寄せられた事実に気づいた時、その僅かな動きこそが視線誘導の技なのだとユリリカは悟った。


 静止した状態で体の一部分のみが動くと、否応にも視線が引き寄せられる。シロウはあえて右肩を動かすことでルシードや観戦者たちの意識を刀から逸らし、あたかも見えない斬撃を放つかのごとく抜刀してみせたのだ。


「ふふっ、やるじゃない」

「なんだか嬉しそうですわね、お姉様?」

「別に、そういうわけじゃないけど」

「まったく、素直になれないんですから……」


 じっとりとした目で睨む妹を無視して、ユリリカは戻ってくるシロウに視線を向けた。


 この男と一緒なら、自分は満足できるかもしれない。

 そして、いつの日か……自分を斬り伏せてくれるかもしれない。


 ユリリカ・エーデルは、悲願達成のための一歩を踏み出す。


 

 模擬戦を終えたシロウが特別クラスのメンバーの元に戻れば、ユリリカが前に出てくる。そして彼女は真剣な表情で言った。


「少し話があるの。今夜、私の部屋に来て」

「突然だな……その話とやらは、ここでは言えないことなのか?」

「そうね……二人っきりのほうが都合が良いのよ、なにかとね」

「そうか。ならば夜の空いた時間に声をかけよう」


 シロウとユリリカのやり取りを聞いたジェシカが頬を赤くさせ、あわあわと慌てだした。あらぬ想像をしているようだが、ユリリカがそういう目的で男を部屋に呼び出すとは思えない。恐らく、重要な話があるのだろう。

 

「ルシードさんは訓練所を去ったようですね」


 シャルンが訓練所の出口を見て言う。

 ふふ、とアリシアが笑った。


「無様に負けてしまったので、わたくしたちに合わせる顔がなかったに違いありませんわ」

「急に悪役令嬢みたいなこと言い出したわね」

「おーっほっほっ! 敗北者は潔く去るのが筋というものでしてよー!」


 悪役令嬢のような台詞を言いつつ高笑いしてみせるノリの良い妹だった。


 審判を務めていたネオンも微笑み、健闘を称えてくれる。


「シロウくん、お疲れ様。素晴らしい剣技だったよ。そろそろ授業も終わるし、水分補給をして休んでて」

「いや、まだ休憩は必要ない。授業が終わるまで刀を振っておこう」

「うーん、あまり無理はして欲しくないんだけど……本当に大丈夫そうなので、許可するね」


 模擬戦の後でも体力が有り余っていたシロウは、授業が終わるまで一心に刀を振り続けた。


 本日の授業を全て終えた特別クラスのメンバーは寮舎に帰った。食事当番であるシャルンの見事な料理を味わったシロウは一足先に入浴を済ませる。


 女子たちが入浴をしている間は部屋で待機し、廊下側から複数の足音が響いてきた瞬間を見計らって部屋を出た。


「あら、シロウさん。わたくしたちに何か用ですの?」


 風呂上がりで長い金髪をしっとりと湿らせたアリシアが首を傾げながら問いかけてくる。シロウはアリシアの隣に立つユリリカと目を合わせて無言で促した。


「私たちは少し話があるから、あんたは部屋に行ってなさい」

「ふむ……あまり詮索はしないほうが良さそうですわね。分かりましたわ」


 ただならぬ雰囲気をユリリカから感じ取ったのか、アリシアは素直に頷いて自室に戻っていった。


 ユリリカに連れられ、シロウは近くの部屋に入る。

 同年代の女子の部屋に入るのは初めてで、物が少なく素っ気ない印象の部屋内には、普段ユリリカが発している甘い匂いが漂っていた。


「それで、話とは何だ?」


 床に腰は下ろさず、立ったままシロウは言った。

 ユリリカはベッドに座り、シロウを見上げる。

 

「今日の模擬戦、なかなか見事だったわ。あんな剣技を隠し持っていたなんてね」

「あれは霧雨一刀流の剣技の中で初級の技に過ぎない。奥義や秘技は別にある」

「じゃあ、手を抜いていたってこと?」

「違う。俺は本気だった。そうでなければルシードに失礼だろう」

「でも、全力ではなかった――違うかしら?」


 値踏みするように見つめてくるユリリカに、シロウは何も言わない。ただ黙って目の前の令嬢を見つめ返す。


「やはり私や妹の目に狂いはなかった。あんたは、この学院においてトップクラスの実力者に違いない」

「だとしたら、何だという?」

「私のバディになりなさい、シロウ・ムラクモ」


 立ち上がったユリリカに詰め寄られる。

 ふわりと香る甘い匂いに鼻腔をくすぐられながら、シロウは接近した美麗な顔と向き合って告げた。

 

「ネオン教官いわく、バディは学院生活のほとんどを共に過ごし苦楽を分かち合う運命共同体のようなものらしいが……俺でいいのか?」

「……あんたじゃなきゃダメよ。私には誰よりも強いパートナーが必要なの」

「その理由は?」

「まだ言えない。あんたが私にふさわしい男だと証明してくれたら、その時は私の本当を教えるわ」


 上から目線に聞こえる言葉だったが、ユリリカの目は不安げに泳いでいた。身勝手なことを言っていると自覚しているのだろう。それでもシロウにバディになって欲しい想いと、果たしたい目的があるように感じた。


 だからシロウは、ユリリカの想いに応える。


「俺がお前に見合う男かは分からんが……善処する」

「……バディ成立、ってことでいいのよね?」

「ああ、これからよろしく頼む」


 手を差し出すと、華奢な手で握り返される。

 東洋の剣士と西洋の令嬢は手を取り合い、この夜に一組のバディが成立するのであった。

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