第13話 朝練と令嬢たち
暖かな朝陽が寮舎を照らしている。
シロウは朝早くから寮舎の庭先で模造刀を振っていた。
しばらく刀に集中していると、誰かが草を踏む音が近づいてくる。
「朝早くから頑張ってますね、シロウさん」
足音の主はシャルンだった。
白色の寝間着を纏った彼女は、いつもの眠たげな目でシロウを見る。
「早朝に刀を振るのが日課になっているんだ」
「シロウさんは凄いですね。私は朝には何もやりたくありません」
「そう言いつつ、いつも外に出て風に当たっているだろう?」
朝練の最中に何度かシャルンの姿を見ていた。あえて声をかけないでいたが、今日は向こう側から接触してきた。何か理由があるのかもしれない。
「ユリリカさんとバディになったみたいですね」
なんとなしに聞いてくるシャルンにシロウは納刀しながら頷いた。
シロウがユリリカとバディを組んだという事実は、特別クラスの面々には伝えていいない。大っぴらに吹聴することでもないので黙っていたが、シャルンは気づいていたようだ。
「あのユリリカさんが殿方をパートナーにするなんて、びっくりです」
「シャルンは以前からユリリカと交友があったらしいな」
「はい。エーデル家とアイゼンベルク家は仲良しですから」
エーデル家とアイゼンベルク家の当主は幼馴染の間柄で、彼らの嫡子であるエーデル姉妹やシャルンも子供の頃から交友関係を築いていたらしい。
「一四歳になった辺りから、お二人にはあまり会えなくなっていましたが……この学院で再会できて良かったです」
ほっとしたような柔らかな声音で呟くシャルン。
やはりエーデル姉妹とシャルンは仲が良いのだろう。学院でも話し合っているのを見かける。そんな彼女たちが学院に来るまで顔を合わせる機会が少なかったのは、貴族のしきたりが関係するのだろうか。
「シャルンはアリシアとバディを組んでいるが、調子はいいのか」
「悪くはないです。というか、バディになっても私たちの関係は大して変わってないので……」
「そのような感じはする。アリシアがあのような性格だからな」
アリシアという令嬢は大らかで細かいことは気にせず、シロウとジェシカ、ソーニャの平民組を庶民と呼びつつも本気で見下しているわけではない。たまにソーニャの怠惰さに文句を言うが、嫌味が込められているようには聞こえず、単純に呆れているだけのようだった。
「アリシアさんは謎に心が広い人です」
「謎なのか」
「だって貴族は庶民を馬鹿にする人が多いですから」
「お前だって庶民を馬鹿にしたことはないだろう? 少なくとも学院では見たことはない」
「誰かを馬鹿にするとか下に見るとか、そういうのに興味ないだけです」
何気ない顔で言うシャルンだが、彼女のような存在も貴族の中では珍しいのではないか。貴族に疎いシロウでもシャルンはアリシアと同じ特別な人間だと思えた。
「馬鹿にすると言えば、ユリリカはどうなのだろうな……あいつも興味なさそうだが」
「ユリリカさんは大抵のことに興味がないです。何故かシロウさんには執着しているみたいですけど」
「執着されるようなことをした覚えはないのだがな」
何故ユリリカがシロウをバディに選んだのか。
それは彼女の目的に関係するのだろうが、シロウが彼女に相応しい人物だと証明しない限り教えてはくれないらしい。
証明するには、どのようなことをすればいいのか。
ユリリカは強いパートナーが必要だと言った。ならば、学院の序列を駆け上がって頂点に立てば認めてくれるのか。
「直接聞いたほうが早いな」
「……?」
「すまない、独り言だ。そろそろ俺は寮に戻るが……」
もう少しだけ風に当たりたいと言ったシャルンは、目を細めて空を見上げる。シロウは彼女に背を向けて寮に戻った。
「ふあぁ……早いですわね~シロウさん。こんな早朝に一体何をしていたんですの~?」
廊下を歩いていると、寝ぼけ眼を擦るアリシアと出くわした。シャルンと同じような白いネグリジェを身にまとっており、だらしなく肩紐の片方をずり落としている。危うく豊満な乳房がネグリジェから放り出されてしまいそうだ。
「俺は訓練をしていたが、アリシアは?」
「お花摘みですわ。それが終わったら二度寝いたします」
「そうか……朝食の時間には遅れないようにな」
「ふわあぁい」
あくびをしながら返事をしたアリシアは、そのままシロウの横を通り過ぎていった。
早朝のアリシアお嬢様は、なんとも気が抜けている。あれではソーニャを馬鹿にできないだろう。
「ユリリカも、まだ寝ているんだろうな」
もう少し時間が経った頃にバディとして朝の迎えに行くべきだろうかと迷ったが、あまり気を使われるのも嫌がりそうなのでやめておいた。
しばらく部屋で瞑想を行っているうちに他の面々が起き始め、寮内が騒がしくなる。ダイニングに顔を出せば、食事当番であるソーニャが何かをやらかしたらしく、キッチンのほうからジェシカの慌てる声が響く。
朝の騒々しさで一日が始まることを実感したシロウは、とりあえずジェシカのサポートに回るのであった。
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