比翼は連理を望まない

序

※

　空が、燃えていた。

　暴政によって疲れ果てた都が。虚栄の絢爛（けんらん）に彩られた王城が。争いに敗れて転がる屍（しかばね）が。降り注ぐ炎に巻かれて、やがてそれらも業火を煽るただの燃料となり果てる。

　都ひとつを丸々飲み込んだ炎が肌を焼く。髪を焦がす。呼吸を奪う。

「……永膳（えいぜん）」

　そんな灼熱地獄の中にいながらそれでも唇を開いたのは、隣にいるべき人物の姿が見えなかったからだった。

「永膳……永膳、どこだ、永膳っ!!」

　もはや術を繰（く）って己に降りかかる火の粉を防ぐ力さえ残されていない。

　それでも足は前に出る。焼けてひりつく喉は探し人の名前を叫び続ける。

「永膳……っ!!」

「涼麗（りょうれい）っ!!」

　その一切が、力強い腕に阻まれた。それが求めた相手の腕ではないと分かっている私は、なりふり構わず前に出ようと身をよじる。

「やめろ涼麗!!　死ぬつもりかっ!!」

「離せっ!!　永膳が……っ!!」

「お前だって分かってるだろ涼麗っ!!」

　決死の覚悟で私を止めた同僚は、そこまで叫んで少しだけ言葉を躊躇（ためら）わせた。

　わずかに詰まった呼吸だけでそれを察することができた自分が、憎かった。

「永膳が、生きてるはずないって……っ!!」

　──そう、本当は誰よりも私が分かっていた。

　永膳が、生きているはずがない。

　なぜなら彼は、本来私が負うはずだった役目を果たすために、私の隣を離れたのだから。

　この禍々しい炎のど真ん中で、生贄のごとく死ぬはずだった私の役目を、掻っ攫（さら）っていったのだから。

　──それでも私は、認められない。

　だって、永膳は。彼は。

　……そう思った瞬間、ポツリと何かが頬に触れた。

　私は思わずハッと空を見上げる。抵抗を止めた私の後を追うように、私を羽交い絞めにしていた同僚も顔を上げたのが分かった。

　そんな私達を宥（なだ）めるかのように、雨が降っていた。ポツリ、ポツリと躊躇うように降り始めた雨は、私達が呆然と空を見上げている間に矢が降るような豪雨に化ける。

　燃え盛っていた炎が、あっという間に、押し潰されるように消えていく。

　それはすなわち、術が成功した証であり……

「……っ、ぁ」

　……術の対価に差し出された、永膳の命が潰（つい）えた証でもあった。

　永膳は、……私の比翼は、この国を救うために、死んだのだ。私が担うべき役目を奪い去って、私の代わりに、死んだのだ。

「うわぁぁぁぁあああああああっ!!」

　多分私は、絶叫しながら泣いていた。

　叫んでいたことも、泣いていたことも分からないくらいに、頭の中は真っ白だったけれど。

　私はきっと、……哭（な）いて、いたのだろう。

　鳳蘭帝（ほうらんてい）が御代十七年。沙那（さな）の都は、国を荒廃させた暴帝と共に焼け落ちた。

　後に『天業（てんごう）の乱』と呼ばれるようになる大乱である。

　この大乱終結の影に『氷煉（ひれん）比翼』と称される一対の退魔師の存在があったことは、後の世、長く沙那（さな）の退魔師達に語り継がれていくことになる。