第88話 ロクデモナイノハボクカキミカ

 少女はふと部屋の中を見回していた。何か気になった事があったワケでは無く、ただなんとなく見回しただけだった。

 やはり暗殺に近い方法を取った事が、センチメンタルにさせていたのかもしれない。


 そしてふと見回した結果、見てはいけないモノが視界の隅にあった気がしたのである。

 言い換えるならば、見てはいけないモノを見てしまったのだ。



「アレは、まさかレーヴァテイン?何で……ここに?」

「そうだあの時、シンモラが死んだ後でアタシはあのままあそこに、レーヴァテインが刺さったままにしてたんだったわ」


 シンモラをつらぬいた剣、勝利の剣と謳われる北欧神話に於ける最強の一角にあたる剣・レーヴァテイン。それが、部屋の片隅にあった。

 その剣を見た途端、少女の背中に一筋の嫌な汗が流れて行く。見ただけなのに足は竦み力が抜けていくようだった。



 ここにいてはいけない。

 ここに居てはいけない。

 此処に居てはいけない。少女の心が、けたたましくアラームを鳴らしていた。


 早く逃げろ。

 早くにげろ。

 早くニゲロ。少女の心がまるで呪詛のように植え付けられた恐怖を語っている。



「スサノオ待って、まだ終わってないかもしれない」


「おいおい、どうした?何が終わってないって?」


 突如として震え出した少女の変化に、スサノオは心配になりながら駆け寄っていった。



「あ、あの剣が、ここにあるのッ!あの剣がッ?!」

「えっ、ウソ……でしょ?」


 少女の目に映ったのは、スサノオが心臓を貫き確かに死んだハズのセックが、ゆらりと立ち上がっていく姿だった。



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-・-・-・-・-・-・-



 セックは目を開けた。自分の胸の上には既に事切れたスカジが横たわっている。白目を剥き口から泡を吹いたままスカジはセックの上でむくろとなっており、スカジの胸から今も流れ続けている血でセックは血塗れだった。

 セックはスカジの顔を掌で優しくなぞってスカジの瞳を閉じると、ゆっくりとスカジの亡き骸を自分の上からずらし、そして、その場に立ち上がったのである。その視界には侵入者が3人映っていた。

 そして、自分達を殺した男に向かってセックは得物も持たずに速攻を仕掛けたのである。



「スサノオ殿、後ろだッ!まだ生きているぞッ」


「なにッ!?」


 その声は少女の後ろから響いて来ていた。サリエルがスサノオに対して声を掛けたからだ。サリエルの言葉にスサノオが急ぎ振り返ると、自分まであと一歩の所まで迫っているセックの姿がそこにあった。



「ちぃッ、気付かれたかッ。気付かれなければ素っ首をねじ切ってやったものを……。仕方ないレーヴァテイン来いッ!」


すちゃ


「その首、斬り落としてくれるッ」


ざんッ


 レーヴァテインをその手に収めたセックは、スサノオに対して先ずは斬撃を放っていった。

 しかしスサノオは未来予見グロリアルハンブラーの効力で、セックの剣撃を紙一重で躱すと少女を抱きかかえて距離を取っていく。



「心臓を刺して絶対に死んだと思っていたが、生きてるとはどういった了見だ?」


「レーヴァテインの「概念ファンタスマゴリア」はあの時書き換えたハズなのに、どうしてッ!」


 スサノオは少女に問いを投げていたが、少女はセックに対して問いを投げており、スサノオの解答は消失していった。

 しかし、スサノオはセックから視線を切らずに、まるで悍ましいモノでも見ているかのような目をセックに向けたままだった。死んだと思っていた者が蘇ったのだから当然と言えば当然の事だろう。



この剣レーヴァテインは元々、アタイの分身が造ったモンだ。確かに「概念ファンタスマゴリア」は書き換えられていたが、修正するだけならアタイにも出来るし、それを強化すればこの通りだ。だからなスカジの仇、取らせて貰うッ!」


「なるほどな、そういう了見だったか。オレサマの十束剣トツカノツルギが殺し切れないなんて、どうりで可怪しいワケだぜ。要するにその剣が手品のトリックってワケだろッ」


 スサノオは先程とは違い、少しばかり嬉しそうな表情でセックに斬り掛かりレーヴァテインと刃を交錯させていく。

 こうして2人の剣が激しく火花を散らしていくのだった。



「アイツの分身?まさか、あのセックと言う女も?」

「アナタも「ロキ」なのね?」


「ッ?!」


 少女は疑問に思った事を纏めると、それをセックに対して投げていった。セックはその言葉を受け取ると驚いた表情になって、撃ち合っていたスサノオと一度距離を取ったのである。



「へぇ?じゃあ、アンタがアタイ達の……アイツらの魔石を持ってるってコトでいいのか?」


「そうだ……と言ったら」


「じゃあ血祭りに上げるのは、先にアンタからだよッ!」


 セックは一足飛びで距離を詰めると少女に向けて強烈な「突き」を繰り出していった。

 ちなみにセックがその身に纏っているものはベビードールだけであり、下着すら身に着けていない血塗れの格好なので、同性の少女であっても目のやり場に困ると言えば困る。

 それが一足飛びで距離を詰めて来たのだから、少女からしたらそれはもう狂気の沙汰としか言えなかった。


 そしてこの時、少女は何も。剣も握らず、形態フォームマテリアル体ヒト種の姿のままだった。だから今から剣をその手に取ろうにも、その間に身体を刺し穿かれるのは火を見るより明らかだった。

 要するに現状、この中で一番弱い少女が無防備でいる事が間違いとしか言えないだろう。



「右へ翔べッ!」


「えっ?」


バッ


 スサノオの声が突如として響き、少女はその声に従って左足に力を込めると右側へ大きく跳躍していった。

 少女はスサノオの未来予見グロリアルハンブラーがセックの攻撃を予見したのだと思っていたが、実際のところは違っていた。



「サリエル今だ、やれッ!」


「承知している」


 セックとサリエルの間に少女がいたので、スサノオは少女をどかしたかっただけだった。よって障害物少女がいなくなった事でサリエルは額の瞳を開き、セックを額の瞳で「視る」事で見初めようとしていった。

 ちなみに、少女はサリエルの額の瞳について詳細な情報を持っていないので、それはスサノオとサリエルの息のあった作戦と言えるだろう。



「くッ、随分と厄介なモノをもってるじゃないか?」


あの神族ヘイムダルと同程度の力で枷にしかならないのかッ。だがこれ以上は2人を見初めてしまう事になるッ。――くっ、やむを得まい」


「そんな厄介なモノ、天使族エンジェリアには過分な力だ。その目、えぐり取ってやる!」


 サリエルに殺し掛けられたセックは、レーヴァテインをサリエルに向けて放っていった。サリエルは自分との間にある力量の差に戦意を失い掛けていて、斬撃を躱す猶予は無かったと言える。

 幾重にも及ぶ斬撃が迫って来ていたが、その斬撃は「がぎんッぎぎんッ」と言う凶悪な音を立て、セックの前に立ちはだかったスサノオに因って止められていった。



せわしいヤツだな。しかも浮気性とわなッ!オレサマが相手じゃなかったのかよ?」


「火事場にいて身に降り掛かる火の粉が、たった1つだけと言うことはあるまいッ」


「へっ、そりゃ癪だが同感だ」


 スサノオは「十束剣トツカノツルギ」と「未来予見グロリアルハンブラー」を駆使してセックと斬撃を結んでいく。が、どうやら分が悪いのはスサノオの方だった。



「おいおい、マジかよ。オレサマの「未来予見グロリアルハンブラー」がちゃんと働いてねぇ。こりゃあ、ちいっとばっかしヤベぇな」


「あははははは、どうしたどうした?奇襲じゃなきゃ、アタイ1人ロクに殺せやしないのかい?」


 スサノオの「未来予見グロリアルハンブラー」は指定した対象の未来を予見する事が出来る能力スキルだ。これは人類史に於いて所持している者が今まで誰一人として記録に残されていない為に、「権能」と呼ばれる特殊な能力スキルとされる。

 ちなみに、下位互換の未来予測グローリーグランブルは身近なところで言えばクリスが固有個体ユニーク&小鬼種ゴブリン殲滅戦の時に習得している。

 また、この手の能力スキルのうち、最上位はフリッグの持つ完全予測ヴェルスパーである。


 この能力スキルがあればこそ、スサノオを最強の闘神足らしめているのだが、セックの動きは肝心なところで予見が止まってしまい「視る」事が叶わなくなっていた。

 因ってそのバグの影響でスサノオは苦戦を強いられる事になる。


 そして肉眼だけでは捌き切れない程の、セックから放たれてくる斬撃は苛烈かれつさを増してスサノオを強襲していく。


 幸いな事にセックに対しては未来予見グロリアルハンブラーがバグるが、自分に対しては有効である為に、自分が死ぬ未来を予見する事でそれに対応し、ギリギリラインでの防衛戦闘は繰り広げる事が出来る様子だった。

 これならば、完全目視で闘うよりは時間稼ぎになる算段でいた。しかし手傷は増える一方なのでそれがなんとかしなければ元の木阿弥になるのは目に見えていた。



「おい、おめぇら!コイツはオレサマがなんとかする。だから、おめぇらはコイツをなんとかする策を練ってくれ!」


「アタイを1人で抑え込めるなんて勘違い、傲慢だねッ。おらおら、どうしたどうしたッ」


 滅茶苦茶な事をスサノオは言っていた。「」なのだから矛盾の極みか究極のエゴとしか言いようが無いが、現状に於ける最適解と言わざるを得ないだろう。


 セックの攻撃を致命傷を避けて捌けるのは「未来予見グロリアルハンブラー」を駆使したスサノオだけであり、サリエルも少女もその点では力不足だ。

 それは半神フィジクス半魔キャンセラー形態フォームであっても変わりは無い。いくらバフが掛かっていても、野生の勘があっても神速の斬撃に全て対応するのは不可能としか言いようが無い。

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