第80話 ネンネンコロリヨオコロリヨ

「あっちはどうやら、片付いたようだぜ?こっちもそろそろ終わらせねぇか?」

「ま、これで会話が出来りゃ、ちったぁ面白みがあんだけどな」


 スサノオは徐ろに生弓生矢イクユミイクヤの展開を解除していった。その様子にウルは少しだけ驚いたように眉を「ピクっ」と上げていた。

 そしてスサノオは腰に差してある長剣ロングソードを抜き放っていく。


 これまでウルと闘ったスサノオとしては、ウルの土俵でり合うのは非常に分が悪く、勝ち目が薄い事を理解したからだった。ウルが並の弓兵であれば倒せただろうが、超一流の狩人が相手であれば、程度でしかない弓術のスサノオに勝てる見込みがあるワケもない。

 達人級同士の闘いとは技量が少しでも上の者を、下の者が簡単に倒せる程に甘くはないのだ。



「さてと、こっからがオレサマの本領発揮だ。闘神の剣技、とくと味わえや!」


ぶおん


 スサノオは自分が持つ神造エンシェントユニ兵器ーク・アイテムである、「十束剣トツカノツルギ」に拠る神速の剣撃を見舞う事にした。だが、その剣閃をウルは事も無げに躱していく。

 ちなみに「十束剣トツカノツルギ」は持ち主であれば呼び出す事が出来るので、わざわざ腰に差しておく必要はないのだが、常に腰に差しているのはスサノオのである。



「へッ、そっちに逃げるのはお見通しなんだよッ!」


しゃしゃしゃしゃしゃッ


 スサノオが最初に放った剣撃は言わば誘い水であり、本命は次の剣閃にあった。

 スサノオはウルの逃げる方向を理解していた為に、そこに誘い込まれた事になる。拠って、ウルは剣閃に捕われたのだった。スサノオは予め目にも映らない神速を用いて、格子こうし状に剣閃を放っていた。そこにウルが来る事は、自身の権能である「未来予見グロリアルハンブラー」に拠って察知していたのだ。

 この戦闘技法は操られている時に少女と闘った折にも使っており、少女はそれに因って散々苦しめられていた。少女の持つ半神フィジクス半魔キャンセラーがあればこそ、死なずに済んだ少女だが、ウルにその力があるハズもなく、逃げ場の無い格子状の範囲攻撃を一身に浴びる事しか残された手段はなかったのだった。


 こうしてウルはスサノオの剣閃に因りサイコロ状に斬られ、もはや誰とも判別のつかない姿になってフォールクヴァングフレイヤの宮殿の庭を赤く染め上げていた。



「あーあ、これだからツマラねぇんだよ。オレサマが本気で剣を使うとみんなこうなっちまう。ま、アイツくらいだったな、死ななかったのは」

「まぁいいか、あばよ弓兵。「冥界」であったら狩りの仕方でも教えてくれや」


「終わったようだな?それにしても……いつ見ても凄まじい剣捌きだ」


「オレサマがコイツを使わなきゃいけねぇくらいの手合いだったってコトだ。ま、おめぇのその目も大概な力だろうよ?」


「どちらにしても生命を奪う力に違いはないな」


「それじゃサリエル、アイツにオイシイ所を全部持ってかれる前に、早いとこ追い掛けるぞッ!」


 サリエルは額の瞳を閉じ、走り出していたスサノオの後を追い掛けていった。その顔はどこか呆れ顔だったが、悪い気はしなかったのだった。



「まったく、根っからの戦闘狂バトルジャンキーとはこの事だな」




 少女は階段を昇り2階へと来ていた。どうやら2階はその部屋全てが1つの広間となっている様子だ。所謂いわゆる大広間と呼ばれるヤツで、本来ならば晩餐会や社交ダンスなどで大人数を招待する時に使われていたのかもしれないが、そこにいたのは戦天使族ワルキュリア達だった。

 バルドルが引き連れていた軍勢の戦天使族ワルキュリア達が全てそこにいたのである。ただ、その全てが目も虚ろで焦点があっておらず、覇気のない様子で座っているだけだった。

 拠って、社交性のある光景とは言えないだろう。



 戦天使族ワルキュリア達は少女が大広間に侵入はいって来た事を察知すると、次々とその手に武器を取っていく。

 更には聞き取れない言葉を発しながら、少女へと襲い掛かっていったのだった。



「ちょッ?!あの行軍についていた戦天使族ワルキュリアって、200人くらいいたわよね?まさか、コレ全部……」

「操られていると考えるべきね?でも、1人1人を正気に戻してる猶予なんてないから、クッ」


ぎりッ


 少女は「半神フィジクス半魔キャンセラー」へとその身を変えていった。こうなってしまった以上、生命の遣り取りをするしか道が残されていないと解釈したからだ。

 少女はそれぞれの手に「神」と「魔」のそれぞれの力に拠る「剣」を持ち、二刀で数の暴力に対抗する事を選んだのだった。

 そんな少女が噛み締めて血を流していた傷は、とっくになくなっていったが心のキズは癒やされていなかった。



 少女は操られているだけの戦天使族ワルキュリア達と闘いたくなどなかった事から、最速でこの階を突っ切るべく、視界の奥にある階段まで疾走り抜けて行く事を選んでいた。しかしそんな想いを知る由もない戦天使族ワルキュリア達はその道を妨害し次々と果てていったのである。



 戦天使族ワルキュリアの槍撃が右から向かって来ていた。少女は身体を反転させ、左手の漆黒しっこくの剣で槍撃を受け流し、右手の白金しろかねの剣で槍撃を放った戦天使族ワルキュリアの腹に風穴を開ける。


 今度は少女の正面から向かって来た3人の戦天使族ワルキュリアに向け、白金の剣に刺さっている戦天使族ワルキュリアを投げ付けると、少女はその戦天使族ワルキュリアの影に隠れて跳躍し、着地と同時に真ん中を残して左右の戦天使族ワルキュリアに剣撃を入れ2人を一刀の元に切り伏せる。

 そして投げられた戦天使族ワルキュリアの下敷きになっていた残る戦天使族ワルキュリアに向けて上から剣を突き立て仕留めていく。



「貴女達、まだり合うつもり?貴女達はこんな所で生命を失う為に生まれてきたワケではないでしょッ!貴女達の使命を忘れてしまったの?」


かちゃかちゃ

 ざっざっざっ


「聞く耳は持ってくれない……か」


 少女の悲痛な声は大広間に響きわたっていった。だが、戦天使族ワルキュリア達は意思を持たない人型兵器ロボットのように、ただ少女を目掛けて進んで来ていた。

 その手に各々武器を持ったまま。



 少なからず少女は戦天使族ワルキュリア達の被害を少なくしたい、罪の無い戦天使族ワルキュリア達を殺したくないと考えていた。しかし、止まる事を知らない兵器に成り果てた戦天使族ワルキュリアに対して、掛かる火の粉を払うべく無慈悲に剣閃を放ち、斬り捨て、ぎ払い、二振りの剣を次々に振るっていく事しか出来なかったのだった。


 ある者は胴体から切り離された腕が飛び、腹に大穴を開けられその場に崩れ落ちていった。

 ある者は頭が泣き別れ、盛大に血飛沫ちしぶきを撒き散らしながら大の字に背中から倒れていく。

 腕が飛び、脚が飛び、首が飛ぶ。長剣ロングソードがひしゃげ、騎士槍ランスが砕け、長槍ロングスピアは割れた。こうして戦天使族ワルキュリア達の屍と破壊された装備品は積み上げられていく。



「もう殺したくないのッ!」

「お願いだからもう止めてッ!」


 少女は心の中で叫びながら剣を振るい、泣きながら剣を振るい、傷つきながら戦天使族ワルキュリア達を仕留めていく事しか出来なかったのである。

 だが、傷1つない。



 こうして、大広間にいた戦天使族ワルキュリア達は、その全てを少女に拠って狩り取られたのである。それは決して本意ではなく、望んだ結果ではなかった。

 だからこそ遣り切れない思いが心に込み上げ濁していく、割り切れない気持ちは鬼気迫る表情へと塗り替えていった。


 そして敵が全ていなくなった2階から、3階へと繋がる階段をゆっくりと踏み締めて昇っていく。



「生命を弄ぶあの女フレイヤだけは、絶対に許さないッ」




 ヘルモーズがバルドルを連れて地下牢獄から地上に出て来たのと同時刻、スサノオとサリエルは宮殿の中へと侵入はいって来ており、2組はばったりと遭遇していた。



「おぉ、ヘルモーズじゃねぇか、どうやらそっちは無事そうだなッ」


「スサノオ殿!ウル殿とヘイムダル殿を相手にしてご無事とは流石ですな」


「あ、あぁ、まぁな。ところでソイツ、大丈夫なのか?」


「分かりません。だが恐らく、フレイヤ殿の魔術遊戯セイズの影響下にあるのは確かだと思うのですが……」


くんくん


「確かにそうみてぇだな。だが、今までのヤツに比べればそこまで臭くはねぇな。まぁ、助けたいヤツを無事に助けられたんだ、良かったじゃねぇか、ヘルモーズ!!」


ばんばんッ


「げほっげほっ。スサノオ殿、それは有り難いですが、力が強いですな」


 スサノオはヘルモーズが無事でいるかは気掛かりだった。少女に対してはそこまで心配はしていないが、戦力外でしかないヘルモーズを、本拠地に向かわせた事は心配のタネだったのだ。

 だが元気そうかどうかは置いといて、探し人を無事に連れ出せた事でホッとしていた事に変わりはない。



「ところで、アイツはどうした?」


「はい、非才と別れて1人で上階へ」


「そうか……。じゃあオレサマはアイツを追い掛けるが、まだ、捕まってるヤツはいるのか?」


「はい。まだ地下にいます。ですが、フレイヤ殿の魔術遊戯セイズの影響下にいるのが殆どで、話しも通じなくなっています」


「ちッ、しゃあねぇな。サリエル、ヘルモーズと一緒に捕まってるヤツらの救助を頼めるか?」


「了解した」


「サリエル殿を?!い、いや、それは……」


不肖わたしが行ったら何か不都合な事があるのか?」


 ヘルモーズは地下牢獄の実態を渋々話した。フレイヤの家畜に成り下がった、哀れな男達の姿を伝えなければならないと感じたからだ。

 あんな哀れな姿を女性であるサリエルが見れば、嫌悪感を露わにする事は間違いがないだろうし、サリエルが女性だと知られれば肉欲を満たす為に、被害者である救助者達が加害者になる心配もあるからだった。

 そうなれば目も当てられない。


 話しを聞いたスサノオとサリエルは非常に不快そうな表情をしており、身体にみなぎっている殺気が膨らんでいく光景に、ヘルモーズはオロオロとしていた。



「まぁ、それならばなんとかなるだろう。もしも不肖わたしを襲って来るような者がいるなら、魔眼の力で抑え込むだけだ」


「おいおい、ソレ使ったら殺しちまうんだろ?」


「なぁに、相手が大丈夫だ。それに、不肖わたしを性的に求めてくる輩は万死に値するし、敵に捕まったら「おまけ」の生命なのだろう?おまけ如きに純潔を奪われるならば、魔眼に見初めさせてやるさ。不肖わたしだって、その……相手くらいは選びたい……からな」


「サリエルって、意外と乙女だったのな。ま、まぁ、そんなワケだ、ヘルモーズに付いていってもらえるか?」


「あ、あぁ。任された」


 こうしてサリエルはヘルモーズと共に救助にあたる事になった。しかしヘルモーズは人手が増えた事を喜びつつも、サリエルの身を案じて……いや、これから助けに行く人達の身を案じていたのだった。



「ところでスサノオ殿、先程、バルドル兄上を助ける前に地下で捕われている者から聞いたのですが、フレイヤ殿がもし上にいたら、直ぐに逃げて下さい。もし、あの方が闘っていたら、無理矢理にでも戦闘を止めてお逃げ下さい」


「おいおいそりゃ、一体どう言うこった?ここにはあの女フレイヤをぶっ飛ばしに来たんだろ?見逃せってのか?」


「スサノオ殿、ここにはオーディン様の元に、連れ去られた者達を助けに来たのだと思っていたのだが?」


「うっ、そりゃあ言葉のアヤってヤツだ。細けぇコトを気にすんなよ。アイツみてぇじゃねぇか。で、フレイヤはそんなにヤバいヤツなのか?まぁ、見た目がヤバいとかって話しなら、おめぇをぶっ飛ばすけど、そんな与太話じゃないんだろ?」


 スサノオは意味深な事を言うヘルモーズに対して問いを投げていたが、その内容はヘルモーズを震え上がらせるには充分だった。

 しかし、謂れのない事で「ぶっ飛ば」されるワケにもいかないので、決意を固めてありのままに話す事にした様子だった。



「フレイヤ殿は今やフレイヤ殿では無く、その身体には「グルヴェイグ」と言う魔性ましょうが宿っています。その魔性は我等が主でも滅ぼす事が出来ず、封印しなければならなかった程の魔性なのです」


「へぇ、あのオッサンでも倒せなかったのか?そりゃ随分と……」


「スサノオ殿?貴殿も大概なのは理解したが、ヨダレを垂らしながら聞く話しでもあるまい?」


「あの魔性、「グルヴェイグ」には何人なんぴとも勝つ事が出来ません。だから、あの方を「グルヴェイグ」の毒牙に掛けさせない為にも逃げて下さいッ!」


 ヨダレを指摘されたスサノオはゴシゴシと拭きながらヘルモーズの話しを最後まで聞いており、ヘルモーズの表情に書いてある「必死」さだけは理解出来ていた。

 しかし鬼気迫る表情で訴えるヘルモーズの理解したが、それだけの事だった。



「まっ、そう言う事なら上手い事やってやらぁ。だからその、グルなんとかの事は気にせず、ヘルモーズは捕まってるヤツらを集めたら「ユグドラシル」に向かってくれ。サリエルは……任せた。そん時の判断で動いてくれ。そっちの方が、おめぇらしい」


「わ、不肖わたしの何がこの短時間で分かったのか理解しかねるが、それでいいだろう」


 スサノオの提案に2人は乗るしかなかった。少なくとも相手が「魔性」の存在ならばヘルモーズの九光一滴ドラウプニルや、見た者に等しく「死」を与える魔眼を持つサリエルとの相性は良さそうに思えるが、それらを使う前にられてしまっては意味を為さない。

 少女の半神フィジクス半魔キャンセラーや、スサノオが持つ未来予測グローリークランブルの上位互換である未来予見グロリアルハンブラーといった特殊な能力スキルがなければ、闘いにならない可能性しかないからだ。

 しかし一方で、サリエルはスサノオから助けられた事や、人柄に触れた事をきっかけに好意が芽生えつつあったが、経験した事のない不本意な感情に戸惑っている様子とも言えた。




 少女は3階へと来ていた。そこは2階とは様相が異なっており、大広間では無く廊下の左右には幾つも扉が見えている。

 要は1階と同じ造りに違いないが階下1階と違う点は唯一、正面の一番奥に部屋があると言う事だ。



「左右の部屋に敵がいれば大絶賛で挟撃されるけど、そん時はそん時ねッ!だから、最速で駆け抜けるッ!」

「アタシとしてはもう、あんなのはコリゴリだもの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る