第79話 Body Stance, Emotional Stance, and Weakness

「それで調教は進んでいるのね?」


 一人の女性がフレイヤに声を掛けていた。ここは「フォールクヴァング」の一室であり、そこにはテーブルが置かれ色とりどりの飲み物が入ったグラスが幾つも置いてある。

 フレイヤはその内のグラスを1つ持つと、グラスの縁を舐めグラスの中身を一気に飲み干していった。



「調教とは人聞きが悪いのですわ。わちきの魔術遊戯セイズと、男共が群がるこのカラダを使って、わちきのとりこにしているだけなのですわよ?それよりも、トールはちゃあんと捕まえられたのですわよね、スカジ?」

「ちゃあんと無事に捕まえたのなら、早くわちきに味見をさせて頂きたいモノですわ♡はぁ、ゾクゾクしちゃう♡♡雷神と名高いトールはどんな味でどんな風に、わちきをイカしてくれるのか楽しみで楽しみで待ち遠しいのですわ♡」


「それは残念なのね。トールは「スリュムヘイム」で眠らせているのね。サカるだけの淫乱な貴女にあげるワケがないし味見だけだってゴメンなのね。トールはスカジのモノで、トールはスカジのお父様の仇な事に変わりはないのね。だから存分に甚振いたぶって楽しむ、スカジのオモチャとして永遠に生きながらえさせるのね」


「ふん、貴女も大概なのですわね。そんなコトを考えているなら、わちきの事を悪く言って欲しくはないのですわ」


「貴女みたいに誰にでも股を開く程、スカジはサカってなんかいないのね。男を侍らせて、男に気持ち良くしてもらうなんて、吐き気がするのね」


「聞き捨てならないのですわ。どうやら死にたいようですわね?」


 フレイヤとスカジは共に狂ってはいるが、狂い方はそれぞれ違っていた。

 フレイヤは男に対して狂い、求めるモノは快楽である。しかし、スカジは復讐に対して狂い、対象者の惨めな死を求めている。さらには男に拠って全てを狂わされたスカジは大の男嫌いになってしまっていた事から、男を貪るフレイヤとは犬猿の仲になったのである。

 こうなるまではそこそこ仲が良かったのだが、今となっては見る影もない。



いさかいはそこまでにしなッ」


「「ッ?!」」


 2人の間で散っていた火花を消したのは、遅れてこの部屋に入って来た1人の女性だった。

 彼女はビキニアーマーを身に着け腰に巻いたベルトに、どこか見覚えのある一振りの剣を差している。ビキニアーマーは燃え盛る炎のように赤く、形も炎を模しているかのようだ。特にインナーなどを着ていない事から、ビキニアーマーを下着兼装備品として着用しているのかもしれないが、この3人の中では肌色成分が少ないと言えるかもしれない。

 何故なら、下着も着けずシースルーの薄衣うすぎぬ1枚しか着ていないフレイヤは、上も下も大事なところが目を凝らせば見えてしまうし、ロングのベビードールを着ているが、その透け感が強い為に下着1枚でいるようなスカジ……といった格好と比べるならば、透け感が全く無いビキニアーマーは露出が高くないと言えるだろう。

 ちなみに、スカジも胸を隠す下着は着けていないようなので、上も下も隠しているビキニアーマーが一番露出度が少ないとしか言えない。――と言っておきたい。




「やっと帰って来れたのですわね、セック。ヴォルなんかに「ウトガルザ」の事を突き止められてしまったばっかりに、貴女に出てもらう事になってしまい……悪かったのですわ」


「そんな些細な事、別に構わんさ」




 フレイヤがオーディンから「ロキ」の居場所を聞かれた時、本来フレイヤは別の場所を伝える手筈だった。「そこにバルドル達の軍勢を向かわせ一網打尽いちもうだじんに捕える」そういった作戦だったのだが、ヴォルが少女の頭から見た情報に拠って「ロキ」が「ウトガルザ」であり、それを知られてしまった事で計画を大きく変更せざるを得なくなっていたのだ。

 拠ってその事を謝っているのだろうが、フレイヤの表情は悪びれてすらいない為に、謝る気のないだったのだろうと推測出来る。



「まぁ結果的にウトガルザはほふられ、代わりにアタイが出る事になっても、ヤる事に変わりはない。ただ、「ロキ」の一騎を失っただけさ。計画が変更になったところで、「神々の黄昏ラグナロク」は起きたんだ。気にする必要はない」


「え、えぇ、そうですわね」


「さてフレイヤ、ネズミが入り込んでいる「フォールクヴァング」は一体どうするつもりなのさ?時間を掛ければネズミ達も調子付くし噛まれ兼ねないだろ?地下にはお前のコレクションもいたよな?捨てるのか?」


「捨てるワケがないのですわ」


「くくく。それならそれで構わんが、アタイとスカジは先に戻らせて貰う。まだ、オーディンのヤツが生き残っているから、「神々の黄昏ラグナロク」は完全に終わっていない。お前も淫乱な遊興ゆうきょうふけって自分のすべき事を忘れるなよ、


 セックは置土産おきみやげを一方的に紡ぐと、ポータルを開いてスカジと共に「フォールクヴァング」から姿を消していった。



「くッ、その名前で呼ばないでッ、まったく忌々しいのですわッ」


ガシャンッ

 ぱりーん

  ばちゃあッ


 フレイヤは「グルヴェイグ」と呼ばれた事に腹を立て、消えていくポータルに向けてテーブルの上のグラスを投げ付けていった。しかしグラスはそのまま壁に当たり、甲高い音を立て粉々に砕け散っていくだけだった。

 壁には血のように赤いシミが付き、床に向けて垂れていく。


 フレイヤの顔は醜く歪み、それはまるで憤怒に燃える仁王のような形相であって、そこに妖艶で淫靡な表情を垣間見る事は出来ないだろう。



-・-・-・-・-・-・-



 上階でフレイヤとスカジが言い争っている頃、ヘルモーズは地下にもぐり探索していた。

 地下は薄暗くジメジメとしていて気味が悪く、点々とともる蝋燭の明かりを頼りに恐る恐る進んでいた。




「ここは、地下牢なのか?こんな地下牢がフレイヤ殿の宮殿にあったとは。ここのどこかにバルドル兄上がいるのだろうか?」

「それにしても暗過ぎる。どれ、あの燭台を拝借しようか」


ぽぅっ


 ヘルモーズは手近な所にあった燭台の蝋燭に火を点けると、牢獄の中をそのつたない灯りで照らしていく。ヘルモーズの視界に入る牢獄は全部で8つだ。1つ1つの牢獄は比較的大きく、それぞれの格子の前に立つとヘルモーズは拙い灯りを向けていった。



「中に誰か入れられているのか?だが誰だ?よく見えないな。そこの者、助けに来たぞ。名を名乗ってくれ」


がしゃん


「ひィっ」


「フレイヤさまぁ♡この従順な犬にご褒美を下さいませぇ♡」 / 「貴女様の従順なペットでございます。どうかこの小汚いペットに淫靡な蜜をお恵み下さぁい♡」


「な、なんなのだ、コレは……ッ。はッ、よく見ればどこかで見た事のある顔ぶればかりではないか。高潔な武人ヘーニル殿、博識な賢人クヴァシル殿……なんでこのような事に」


 ヘルモーズは信じたくなかった。自分の知ってる者だからこそ、そのかけ離れた醜悪な姿に吐き気を催していた。フレイヤに対する劣情のみに支配され、無様で滑稽で哀れとしか言いようのない変わり果ててしまった姿に、少なくとも好感が抱けるハズもなかった。

 だからこそ、バルドルがこのような惨めな姿に堕ちていない事だけを、一心に祈る事しか出来なかったのだった。



 ヘルモーズは祈りを込めて次々に牢の中を確認して行く。途中で幾度も家畜に成り果てた無残なモノ達にせがまられ、嫌悪感を顕わにしながらもバルドルの無事を確認する事に必死だった。

 こうしてヘルモーズは牢獄の確認を重ねた結果、6つ目の牢獄の中に知人を見付けたのである。ヘルモーズはその者であれば家畜になっていないと考え、声を掛ける事にしたのだった。



「オーズ殿?そこにおられるのはオーズ殿か?」


「おぉ、そこにいるのはヘルモーズか。どうして、おヌシがこんな所に?」


 ヘルモーズの思惑は正しかった。このオーズはフレイヤの夫であり、フレイヤへの劣情に囚われるハズがないと考えたからだ。


 そんなオーズは生気の無い顔で牢獄の中にいた。昔見た姿とはかなりかけ離れているその姿が、牢獄内での生活の過酷さを物語っている様子だった。



バルドル兄上を探しにここまで来ました。バルドル兄上はこの牢獄に捕らわれておりませんか?」


「それなら一番奥の牢にいる筈だ」


「一番奥ですね、ありがとうございます。ところでオーズ殿はどうして牢に繋がれているのです?フレイヤ殿はオーズ殿の奥方ではございませんか」


「フレイヤは乱心したのだ。そして、グルヴェイグに身体を乗っ取られてしまった。それに気付いた者やフレイヤに近しい者達は皆籠絡され家畜のように成り果ててしまった。更には「アースガルズ」から連れて来られた神族ガディアもこの前見掛けた。あぁ、もうお終いだ。オーディン様に見付かれば生命はあるまい」


「お、オーズ殿、グルヴェイグと申されたか?何故、グルヴェイグがここに?それもフレイヤ殿の中に?グルヴェイグは主に拠って封印された筈ではなかったのですか?!」


「全ては「ロキ」がはかった事だ」


 オーズの生気を失った瞳は、より一層絶望に囚われていった。思い出すだけで身体が震え、心が凍りつくのを必死に止めようと、身体をその手でさすっているかのようだった。



「「ロキ」は封印されていたグルヴェイグを解き放ち、フレイヤを手篭めにしてその体内に無理やり宿したようなのだ。それに因ってフレイヤは徐々に犯され、壊されていった。私が気付いた時にはもう、フレイヤは……」


「オーズ殿、さぞかしお辛かったでしょう。心中お察しします。でも大丈夫です、今、助けます。非才と共にここから逃げましょう」


 ヘルモーズは項垂れるオーズを見ていられなかった。だから牢の鍵を開けるべく自身の剣を抜いた。ヘルモーズは剣が得意ではないが、それは敵がであり、動かなければ造作ないくらいに使う事は出来る。

 だから、素人というワケではない。



「私の事は良い、捨て置け。ヘルモーズは先にバルドルを助けてやれ。それにな、フレイヤの亭主たる私が、変わり果てた妻を放って逃げ出す事など出来よう筈もない」


「分かり申した。ですがオーズ殿、お気を強く持って下さい。バルドル兄上を救った後で必ずやお助けに上がります」


 こうしてヘルモーズは、オーズが話していた一番奥の牢獄へと向かった。だが奥の牢獄の前に立ったヘルモーズは驚愕したのである。

 そこには虚ろな目をして座り込み、力無く嗚咽おえつと乾いた笑いを交互を漏らしているだけの、弱々しいバルドルの姿があったからだった。



バルドル兄上、しっかりして下さい!」

「あからさまにフレイヤ殿に何かされたのは間違いがないな。だが、先程までに見た家畜にはなっていない。これなら助けようはあるかもしれない」


ガキんッ


 ヘルモーズは剣を振るった。鈍い音を立てて牢獄の鍵は破壊されていき、鎖に繋がれているバルドルを無事に解放する事には成功していた。

 だが、当のバルドルはヘルモーズに気付く事無く、ただ力無く笑っているだけだった。


 ヘルモーズはバルドルに肩を貸し強引に立たせると、牢獄を出るべく来た道を戻る事にしたのである。

 そして、常にその名を呼び掛けていた。




「生命をらせて貰うが文句は言うなよ。この力を使うのは久し振りで加減が出来ないんだ」


ざっざっざっ


 サリエルはヘイムダルにただ近付いて行く。翼は折り畳み、剣は鞘に納めていた。それは完全なる丸越しであり、生命知らずとそしられても可笑しくない姿である。

 一方のヘイムダルは「」を担いだまま、サリエルを見ているだけだ。


 ヘイムダルへと歩を進め、あと数歩まで近付いた時にサリエルの額に眼が開かれていく。

 それは望んで手に入れた力では無く、押し付けられた力であり、自身サリエルに罪をなすり付けるべく、陥れようとする悪意に拠って埋め込まれた力だ。


 それはかつて闘った少女に拠って、堕天した「魔性性ましょうせい」が打ち砕かれた際にも、額に残ったままになっていた魔眼だ。サリエルは大天使アークエンジェルとしての「神聖性しんせいせい」を取り戻した後で、額に残った魔眼の制御の特訓を行っていった。


 それは想像を絶する程の苦痛を伴った。その為にサリエルの身体は引き裂かれ髪は抜け落ち、瞳の色が変わる程の心痛に因って疲弊し、り切れていったのである。だが、サリエルは自分が殺めた神族ガディアに誓いを立て、その苦難を遂に乗り越えたのだった。

 その結果、魔眼の発動や効力を自分の意思1つで操れるようになったのである。



 サリエルの魔眼はヘイムダルを視た。ヘイムダルは操られていると言っても「アースガルズ」に於ける有力な神族ガディアの一柱である。拠って、生半可な力で倒せる程に

 だからこそサリエルの魔眼である「邪視じゃしの魔眼」は、効力を操れるようになっても尚、ヘイムダルをその魔眼の力に拠って殺める以外の道を示せなかった。



 因ってヘイムダルは邪視の魔眼に見初みそめられる事になった。見初められたヘイムダルは魔眼にその生命を奪われ、その場に力無く倒れ伏してその生涯を終えた。

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