第62話 ツメアトニタイシテエモイワレヌ

 少女は闇夜を暗視あんしモードに切り替えたデバイスだけを頼りに、空を駆けていた。



「えっと、方向はこっちでいいのよね?」

「地面に大量の足跡みたいなのがあるから、こっちでいいと思うんだけど」


 不安になる心に、独り言を放つ事で正当性を持たせて自信に繋げていく。そして、迷いながらも少女は飛び続け、見晴らしのいい場所を発見したので少し休む事にしたのだった。



 しかし気付いたら明け方だった。



「あっちゃあ、やっちゃった。敵国の中で寝てるとかどうかしてるな、アタシ。でもまぁいっか。何も起きてなかったみたいだし」

「それにしても、3時間くらい寝れたかなぁ?それとももっとかしら?流石に完徹オールするとお肌が荒れちゃうから、敵国の中だけど善しとしますかッ」


 少女は明るくなりつつある東の空を見る。ハンターとしてのクセで休める時に休んでおくのが鉄則ではあるのだが、相手が魔獣ではなく自分よりも格上の神族ガディアであって、その敵国内で寝てしまった緊張感の無さに正直なところ驚きを隠せないでいた。


 少女は独り言の後で再び空へと舞い上がり、だいだいの空に背を向けて、まだ暗い空の方に向かって駆けていった。




ぴぴぴぴぴっ


「ッ?!えっ?なになに」

「一体、何が来るってのよ!」


 空を駆ける少女のデバイスが突如としてアラームをけたたましく鳴らしていく。少女は目視と、デバイスを駆使して敵影を確認するが近くには誰もいない様子だった。

 少女は鳴り止まないアラームに対して危機感を感じながらも、姿を見せる事がない「何か」に対して焦燥感をあらわにしていく。



「ッ?!来たッ!」

「えっ?あれって剣……よね?」


 少女は自身に向けて飛来する一振りの「剣」を見た。少女はその「剣」を空中で躱すと「剣」が飛んできた方向へと駆けていく。そこに剣を投げた敵がいると考えたからだ。

 しかし後ろを振り向くと先程躱した「剣」が、自分に向かって追尾して来ているのが見えるのだった。



「何なのアレ?剣型の魔獣とか言わないわよね?」

「仕方ないなぁ、追尾してくるなら撃ち落とすしかないわね」


かちゃ


 少女は追尾して来る剣を撃ち落とす事を決めると愛剣を構え、向かって来る「剣」に向けて剣撃を放つのだった。



ぶぉんッ


「えっ!?」

「消えた……わよね?それにしても今のは一体なんだったの?でも、そう言えばどこかで見た事がある「剣」だった気もするわね?えっとぉ、どこで見たんだっけ?」


 少女の斬撃が当たる直前に剣は姿を消した。少女は突然消えた剣に対して驚きの表情を浮かべ、周囲をキョロキョロと見渡していくが剣は本当にどこかへと行ってしまった様子だ。

 そして今向かって来ていた剣の事を少しだけ考えてみるが、具体的な事は何1つ思い出せなかった事から気を取り直すと愛剣を格納し、そのまま西に向かう事にしたのだった。



「へぇ中々面白いわね。次は本気で遊んであげるとしましょうかしら?うふふふふ」




しゅたっ


「あれが「ウトガルザ」かしら?」


「えぇ、そうよ。あそこが「ウトガルザ」よ。そして、うちはシンモラ・ヴィクトル。一応「宜しく」って言っておくわね。うふふ」


「ッ!?」


 地面に降り立ったばかりの少女は突然声を掛けられ、表情に驚愕しか浮かべられなかった。当のシンモラは豊満な胸元ワガママバストを強調するような服装を妖艶ようえん肌蹴はだけさせ、口角を歪めて少女を見据え紡いでいた。

 一見すると「痴女ちじょ」としか言いようがないが、女性が放っている「色気」が「痴女」では無いと叫んでいる。しかし声は可憐な幼女のようであり、見た目とのアンバランスさが凄く悪目立わるめだっているとも言える。

 当然の事ながら、少女はその全てにイラっとしていた。



「えっと、貴女はアタシに何か用……なのかしら?」


「えぇ、うちは……。あなたと遊びたくて遊びたくて、居ても立ってもいられなくなったから出て来てしまったの。うふふふふ。だから、今すぐにでも遊びましょう?いいわよね?いいに決まっているわよね?」


しゅうん


 シンモラの目には狂気が宿っている。見た目にも声質にもそぐわない狂気を帯びた、エメラルドグリーンの瞳が少女を見据えていた。

 右手には声に呼応するかのように、一振りの剣があらわれていった。



「その剣はッ?!さっき、狙ったのは、貴女だったのね」


「うふふ。さっきのは様子見。あの程度で倒されてしまうなら遊び甲斐がないでしょう?少なくとも、うちが遊びたくなるくらいじゃないとツマラナイし、そんなツマラナイ遊びじゃこのが可哀想ですもの」


 少女はシンモラの手の中に顕れた「剣」を見て、漸く思い出せた。先程はまったく思い出せなかった剣が一体何の剣なのかを……、誰が使っていた剣なのかをそれこそ唐突に思い出したのだ。



「レーヴァテインね?その剣」




 その剣はかつて少女が魔界で死闘を繰り広げた、「スルト」が使っていた「ほのおの剣」だった。そしてその剣の脅威を少女は重々承知している。

 かつて「スルト」は「焔の剣」を剣としてではなく「矢」として使っており、それであっても威力は計り知れなかった。

 その事を思い出した少女の額から、一筋の汗が鼻を伝って地面に垂れていった。



「えぇ、あなたが殺した、愛するあの人の剣よ。このは、うちが管理してるから、愛するあの人の剣で、あなたと遊んであげる事にしたの」

「それじゃあ、たっぷり遊んで、たっぷりと可愛がってあげるわね。うふふふふふふッ」


だッ


 目に狂気を宿し、さらにいびつに口角を上げ妖艶に微笑むと、シンモラは少女に速攻を仕掛けていった。



「早いッ!」


しゅぱんッ


「ヤバ過ぎる。形態フォームはマテリアル体のままだし、アタシは徒手だし、相手はあの「レーヴァテイン」を持ったシンモラ……。初撃はなんとか躱せたけど、このままじゃ」


“逃げろ。敵う相手ではない”


 少女は独り言を呟き、打開策を講じるがこの段階で既に詰んでいた。アテナの加護ブレスも逃げる一択のみを選択肢にしていたが、シンモラの剣撃は凄まじく、少女は必死に距離を取ろうとするがそのことごとくは阻まれていった。

 拠って間合いは開けられず、少女はシンモラの手の内でダンスを踊らされるしか出来ないでいた。

 それは生命がけのダンスであって、一撃でも貰えばそれこそ、そこから先はなぶられるのは目に見えていた。


 ヒト種と神族ガディア身体能力値ステータスの差はバフがあってこそ埋められるのであって、幾つかの装備品のバフだけで穴埋め出来るほど小さな差ではない。

 アテナの加護ブレスがあってこそ、ギリギリで回避するのが関の山だった。


 しかしながら、いくらアテナの加護ブレスが戦闘に於いて優秀であっても、戦力差を埋めて勝算を勝ち取る事は出来ないでいた。

 何故ならば相手は、管理者が使うレーヴァテイン勝利の剣なのだ。


 幾重にも及ぶ剣撃を紙一重で躱し、シンモラの顔が一層妖艶に微笑わらった時に少女は、レーヴァテインに因って腹をつらぬかれてしまったのである。



「げぼッ」

「くっ」


 少女の口からは真っ赤な鮮血が吹き出され、その鮮血はシンモラの胸元にしたたりシンモラの装備を少女の血で染めていく。



「あぁ、いいわぁ。ゾクゾクしちゃう。もっともっと、うちにちょうだい?」

「こうすれば、もっとくれるかしら?」


ぐりっ


 シンモラは恍惚こうこつとした表情を浮かべ、快感で身悶みもだえるように身体を震わせながら、少女の腹に刺さったままのレーヴァテインを回していった。



「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁあ」


「あぁ、ステキ。ゾクゾクしちゃう。それに悲鳴もステキね。その悲鳴だけで身体の奥がジンジンしちゃう。ねぇもっと、もっと聞かせて?うちをもっと気持ち良くして、もっとイカせてちょうだい」


 シンモラはビクビクッと身体を痙攣けいれんさせるように震わせていた。その目は蕩けるように少女を見詰め、上気した顔からは甘い吐息が漏れて出していった。

 シンモラは少女の耳元で囁き、レーヴァテインの刺さっている少女の腹に手を伸ばしていく。そして、少女の血で染まるインナーに指を這わせ、自身の指先を赤く染めると自分の口元に運び、恍惚とした表情でその血を妖艶にめていった。



「こ……の、どヘン……タイ!あ、アタシ……から、は……な、れろッ!」


どンっ


「きゃッ」


ずりゅ


「ぐっ。がはっがはっ」


 少女は渾身こんしんの力を振り絞り、シンモラを力いっぱい突き飛ばした。それによってシンモラは短い悲鳴を漏らし、レーヴァテインは少女の腹から抜けたが、それによって少女のインナーは更に勢いを増して赤く染め上げられていったのである。



「まったく、うちを突き飛ばすなんて、まだまだ元気な証拠ね?それならもっと遊びましょう?うふふ」

「それにしても、あぁ、美味しい。あなたの血、ねっとりしてて指にも舌にもよく絡みついてくるの。そして凄く濃くて、んごくいいわぁ。もっともっと、うちにちょうだい?飽きるまで舐めさせて?」


 シンモラは恍惚とした表情のまま舌なめずりをすると、レーヴァテインに舌をわせて官能的に少女の血を舐め取っていた。

 その顔は恍惚とした妖艶な表情のままで、熱い吐息といきを漏らしている。



大分だいぶ状況はヤバいわね。出血が止まらない。このままマテリアル体でいればアタシは確実に死ぬコトになりそうね」

「せめて半神フィジクス半魔キャンセラーになれれば、打開出来るかもしれないけど……。アイツにまったくスキがないから、形態フォームを変更する前に殺されるわね」


 少女の思考回路は必死に打開策を探している。が、打開策と呼べるモノは何一つとして見付けられず、ただただ焦燥感だけが募っていく。



「それじゃあ、今度はどこを刺してあげましょうか?」

「どこを刺せばいい声で哭いてくれるのかしら?さっきのも良かったけど、あなたならもっといい声で哭けるわよね?ねぇ、どこに欲しい?どこに挿れて欲しい?うふふふふ」


 シンモラはレーヴァテインをキレイに舐めまわし、口の周りに少女の血で血化粧を施したまま、少女に向けて再び速攻を仕掛けていった。

 少女は絶対的な死の気配に身体が強ばっていくのが分かっていたが、それでも対抗策は何もなかったのだった。



「目を閉じろ」


「えっ?何なに?」


「輝け、九光一滴ドラウプニル!」


 少女の脳裏に声が響いた後、再び声が今度は周囲に響くと、少女とシンモラの間に光り輝く「何か」が顕れていった。


 光が消えた時、レーヴァテインは何も無い虚空こくうを貫いているだけだった。

 少女は光と共にその場から消えていたのだ。



「もっと遊びたかったのにぃ」

「誰かは知らないけど、まったく無粋ね。でもいいわぁ次こそ、もっといい声で哭いてもらえばいいだけですもの」

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