第63話 I can't say anything good about claw marks





 少女は光の中で1人の男の顔を見た気がしていた。それが誰なのかは分からず、なんで自分を助けてくれたのかも分からなかったが、「ありがとう、助かったわ」と一言発すると意識を失っていった。




「はッ!ここは?アタシ一体、どうなったの?」

「そうだ、シンモラ!アイツはどうなったのかしら?それにしてもアイツ強いわね。あそこまで一方的な闘いになるなんて思ってもみなかったわ……くそッ悔し過ぎるッ」


どんッ


 少女は目を覚ました。だが、目を覚した所から見える景色は見た事がない場所だった。

 そこは小高い丘の上にある大きな木の下で、そこに少女は寝かせられており周りには誰の気配もなかった。



「あれ?そう言えば痛みが無くなってる」

「あれ?あれれ?キズもないし、どうなっているのかしら?」


 少女は上体を起こし自身の腹に開けられた「穴」を手探りで探していったが、そこには既に「穴」は失くなっていた。

 可怪しいと思った少女は装備を外してインナーを脱いででも確認しようと思ったが、装備に手を掛けた瞬間に声を掛けられ、「ひゃッ」と短い悲鳴を漏らしていた。



「無事に目を覚ましたようで何よりだ。ケガが酷いようだったから貴女が持っていた「林檎クインスコード」を勝手に使ってケガは治療させてもらった。構わなかったか?あと、これを食べるといい」


「貴方が助けてくれたの?その、あ、ありがとうございます」


がりッ


「あっ。食べたことない果実だけど、案外美味しいわね」


 少女は男の方を向き、お礼を紡いだ。男から差し出された果物をかじりながら。その時少しだけ、前にスサノオに言われた事を思い出しかけたが、差し出された果実の魅力に勝てずそのまま齧りついていた。

 どうやら、身体は失った血を補充する事を選んだ様子だった。



「もう少し早く助けに入れれば良かったんだが、遅くなって申し訳無い」


「えっ?いやいやいやいやむしろ助けてもらってありがとうございました。ところで、貴方は一体?」


「非才の身なれど我が名はヘルモーズと申します。陰ながら貴女を守るようにとの命を受けたのに、遅れてしまったばっかりに貴女の生命を危険に晒してしまった。真に申し訳無い」


「ヘルモーズさん、アタシは結果的に助かったんだから頭を上げて下さい。それに改めて本当にありがとうございました。えへへ」


 少女はヘルモーズが誰の命を受けて自分の事を守ってくれたのか気になったが、それを敢えて聞く事はなかった。なんとなく察したからだ。

 だけれども助けてもらった事には感謝しかないので、屈託の無い笑顔をヘルモーズに返していた。



「さてと、ここは一体どこなの?「ウトガルザ」で間違いはないのかしら?」


「ここはシンモラと闘っていた場所から北に行った場所だ」


「そうなのね。それでアタシはどれくらい寝てたのかしら?」


「まだ1時間も経っていないかと」


「それなら、良かった。じゃあ、さっそくリベンジしなきゃねッ!」


 少女は立ち上がると身体を念入りにほぐしていく。身体の各所に痛みや違和感などはどこにもない。インナーには刺された傷があり、破れてはいるがこればっかりはどうしようもない。

 あの剣レーヴァテイン相手では、古龍種エンシェントドラゴンの素材を使った装備も、容易く貫かれると実証実験を行ったようなものだ。

 インナーは腕のいい鍛冶師でもいれば直るだろうが、そんな時間があるハズもないので繕うことはせずに、そのまま放置する事にした。



「アタシをはずかしめてくれたお礼に、ぎゃふんと言わせてやるんだからッ!」


「シンモラに勝てるのか?先程の闘い振りだと、かなり危険な賭けにしか非才には思えないのだが」


「そうね、実際は勝てるかどうかは分からないわ。でも、やられっぱなしじゃ、アタシが納得出来ないもの」

「助けてくれて、本当にありがとう、ヘルモーズさん」


 少女はブーツに火を点して空へと舞い上がっていく。その姿を見送るヘルモーズに大きく手を振りながら。



「行ってしまわれたか。仕方ない、非才も追い掛けねばな」




 シンモラの持っていた「レーヴァテイン」は「勝利の剣」の異名概念を持つ「剣」だ。

 更には持ち主の手元を離れていても自動戦闘オートバトル機能の「概念ファンタスマゴリア」をも有する「神造エンシェントユニ兵器ーク・アイテム」である。その際オートバトル中は「勝利の剣」の概念ファンタスマゴリアは当然の事ながら使用出来ないが、それでも並の相手であれば圧倒出来るだろう。


 また、「勝利の剣」のいわれは、「切り裂けない物は無い」=「敗北の因果を切り裂く」と言う「概念ファンタスマゴリア」であることから、シンモラがレーヴァテインを使って闘っている以上、少女に勝てる道理は無かったのだ。しかし一方で、少女はハンターだ。そして、負けず嫌いでもある。

 だからこそ、勝ち目が無いと分かっていても立ち向かわずにはいられないのだった。



「それにさっきは愛剣を握ってもいなかったし、半神フィジクス半魔キャンセラー形態フォームですらなかったもの。全力で闘って敗けたワケじゃなく、中途半端な闘いだったのは事実よ。だから全てが整っていれば、必ず勝てるとは言わないけど、善戦は出来るハズよッ!待ってなさい、シンモラ。次こそは絶対にぎゃふんって言わせてやるんだからッ」


 盛大にポジティブな考えに切り替えた少女は、再びシンモラのいるであろう地に向け、空を駆けて行くのだった。



すちゃッ


「あら?またいらしたの?」


「えぇ、さっきの借りを返しに来たわ。とっとと再戦といきましょうか?」


「うふふふふ。いいわぁ、いいわよぉ」

「えぇえぇそれじゃ、せっかく遊ぶんですから、うちを存分に楽しませて下さいね」


「撃ち合えば必ず負ける。ならば、一刀で斬り伏せないといけないわね」


 少女は一気に力を解放し半神フィジクス半魔キャンセラー形態フォームへと変化させていく。更には解放した力を自身の愛剣に宿し、少女の手は白金プラチナ色の剣を携えたのだった。



「それが、あなたの本当の姿なの?神であり魔でもあるなんて、なんてステキなのかしら!でも、うちが知りたいのは、その姿のあなたは、一体どんな声でいてくれるのかなのよ。だから、うちの事をイカせてくれるくらい、楽しく楽しく遊んでね」


 シンモラは舌なめずりするとレーヴァテインの切っ先を少女に向けて、消えた。


 勝負は本当に一瞬だった。姿が見えなくなる程の速さでシンモラは「突き」を繰り出していったのだ。

 それは半神フィジクス半魔キャンセラーでバフがモリモリの少女の瞳にも映らなかった、それ程の速さだった。


 だからその速さは言うなれば、「なんとかなる」と思ってた少女の誤算だったと言い換えられる。

 そもそものスペックが違い過ぎていたのだ。


 ただ、今の少女は例え如何なるケガを負っても瞬時に癒やされる。だから痛みに因って心が折れなければ勝機はかすかにあるかもしれない。

 しかしそうであったとしても、「敗北の因果を切り裂く」レーヴァテインを持つシンモラの「突き」は少女の身体を先程同様に再び穿ち、その身体に大穴を開けることには違いがない。

 幾ら瞬時に治癒されてもその痛みは想像を絶する。



 レーヴァテインと撃ち合えば必ず敗ける。だからこそ、確実に勝つ為には完全回避した上で強烈なカウンターを当てなければならない。そしてそれこそがアテナの加護ブレスが弾き出した勝機だった。

 故にシンモラの異常な速さは大誤算でしかなかった。



 拠って大誤算の結果、前者が選ばれる事になるハズだった。アテナの加護ブレスが弾き出した勝機は得られない。完全回避は難しく、カウンターは当てられない。

 されど死なない少女は半神フィジクス半魔キャンセラーの効果が消えるまでの間、一方的に嬲られ蹂躙され陵辱されるハズだった。



 だが結果は、「ハズ」の通りには

 何故なら、レーヴァテインの「敗北を切り裂く」というチート因果を超える、因果率カルマ・エフェクトを少女は既に持っていたのだから。



 それは即ち、ガイアの「加護ブレス」だった。「原初神げんしょしん」であるガイアは因果律カルマ・エフェクトに作用を起こし、「未来決定」と言う「予言」を行う。

 発動条件が複雑な為に、先の闘いの時には発動しなかったが、少女は知らず知らずの内に今回は全ての発動条件を揃えていたのだ。

 それこそ偶然の産物であり、そもそもこの加護ブレスの存在すら忘れていたのも事実だった。


 斯くしてその「因果」は、神造エンシェントユニ兵器ーク・アイテムであるレーヴァテインの持つ「因果」を軽く凌駕し、レーヴァテインの「概念ファンタスマゴリア」を反転させるに至る。

 結果として「」と因果が反転する事と相成あいなったのである。

 こうして因果律カルマ・エフェクトを強制的に変更した上で、ガイアの「加護ブレス」は少女の勝利を「予言」した。


 絶対的な「因果律カルマ・エフェクト」を狂わされたレーヴァテインを持つシンモラに、その段階で勝機は既に無くなっていた。


 シンモラが少女に「突き」を放った瞬間、その手からレーヴァテインは消え去っていく。シンモラの顔に浮かぶ驚愕。絶対的に絶大な信頼を寄せていたレーヴァテインが忽然と姿を消したからだ。

 姿を消したレーヴァテインはシンモラを背後から自動戦闘オートバトルにより強襲し、シンモラの背中から胸へと貫通し、そのまま地面に切っ先を突き立て沈黙した。

 これによってシンモラは地面に対して縫い付けられた格好となっている。



「がはッ。な……んで?」


ぼたたたたたっ


「一体、何が起きたって言うの?レーヴァテインが勝手にシンモラを突き破ったようにしか見えないんだけど?」


“恐らくは、レーヴァテインの因果が書き換えられたからだろう”


「何それ?レーヴァテインの因果なんて、簡単に書き換えられるモノじゃないわよね?」


“先程、ガイア様の力を感じた。恐らくは、その影響だろう”


曾祖母様ひいばあさまの?」


 少女は目の前で起きた事がイマイチよく分かっていなかった。しかし、アテナの加護ブレスが発した内容は確かに心当たりがある事から、強引に納得すると視線をシンモラに移していく。



「あぁ、気持ち良いわぁ。こんなにも気持ち良いなんて……もっと、もっと、うちを気持ち良くしてぇ。うちにもっと快感を、快楽をちょうだい?」

「もっともっと、イカせてよぉ……」

「ねぇ、愛してるわ、


 シンモラは恍惚とした表情で、自身を地面に縫い付けているレーヴァテインから滴っていく鮮血をその手に取って、自分の顔に塗りたくっていった。

 顔に血化粧ちげしょうを施し、更には自分の胸に首に腕に太腿ふとももに、ありとあらゆる肌色を真っ赤に染め上げていく。

 あられもない姿になった後で亡き夫への想いとも取れる一言を残して、シンモラは事切れた。


 血化粧で真っ赤になったシンモラの表情は実に穏やかだった。




 陽の光は西に傾きつつあり、橙を濃くし始めた頃合い。血化粧で染まったシンモラは陽の光を浴び、その躯は大地に立ったまま。

 少女はシンモラに1回だけ視線を流すと、「おやすみ」とだけ紡ぎその場を去っていった。


 シンモラはレーヴァテインによって大地へと縫い付けられ、スルトへの想いを大地に垂れ流して一欠片の魔石となった。

 その魔石は誰に回収される事もなく、墓標と共にその元に置き去られるのだった。




 一方、少女がシンモラと必死に闘っている頃、正気を取り戻したバルドル達はクレーターを上から見ていた。



「これが本当に、昨夜起こった惨状なのですか?」


「これがあの娘の力……なのか?これ程のモノなのか?なんと言うか、あの娘は本当にヒト種なのか?」


 バルドルは驚愕しか浮かべられず、それに続くフレイも開いた口が塞がらない様子だ。



「バルドル様、周囲に敵影はありません」


「あぁ、分かりました。偵察ご苦労さまです」


「本当にあの娘が敵ではない事だけが、唯一の救いだな」


 バルドルは再び正気を失い掛けていた。その金色の瞳に映るモノがにわかに信じられないでいたからだ。

 しかしそれは他の3人も同様であって、ウルが紡いだ内容に他の者達は頷く事でしか返事をする事が出来ないでいた。




「シンモラまでもが逝ったか。そして敵はもう目前、今日にでもここに乗り込んで来ような。まぁ、仕方あるまい」

「ベルゲルミル、城にいる凍巨人族フリームスルシアを全軍出撃させよッ!」


「主よ宜しいのですか?この城の全兵力を投入すれば、これより攻め込んで来る「アースガルズ」の軍勢に対抗するかなめがいなくなりますぞ?」


「「アースガルズ」よりも先に倒すべき我らの敵は、これから参るヒト種の娘よ。「アースガルズ」なぞ、策が成ればどうとでもなる。だが、あのヒト種は違う。あのヒト種は危険だ。早々に討たねばならぬ」


かしこまりました、主よ」


 ベルゲルミルは、ウトガルザの顔に浮かぶ怨嗟の感情が気になっていたが、主の命に逆らう事はせず、かといって諫言かんげんでウトガルザをいさめる事もしないでいた。

 故に速やかに全兵力を少女にぶつけるべく行動に移っていった。



「フォルニョート、カーリとロギを連れ迎撃に向かえ!なんとしても、忌々しいあのヒト種を討ち果たし、その首を持って参れ」


「畏まりました、主よ」


 こうして玉座の間に残ったのは「ウトガルザ」1人となり、策を張り巡らせていく事にしたのである。




「これって、どうやって入るんだろ?さっき見た時と、城壁の高さが明らかに違う気がするんだけど?」

「空から見た時はここまで城壁は高くなかったのになぁ。近付く程に高くなる城壁って、一体どんなカラクリかしら?」

「でもここでこまねいているワケにはいかないわね。早くしないと夜になっちゃうし……。しゃーない!こうなったら、どこまででも昇って空から侵入するしか無いわね。でも、大丈夫かしら?まぁ、なるようになれ!女は一に度胸、二に度胸、三四も度胸で五に度胸よッ!」


 少女はよく分からない事を言いながら自分に発破を掛け、ブーツに火を点していく。そして、天をも衝くような高さの城壁を越えるべく、空を駆けようとした矢先に地鳴りのような音を聞きつけたのだった。



「何かが向かって来るみたいね?はぁ。アタシはよっぽど歓迎されているってコトかしら?まったく嬉しくって嬉し涙がちょちょ切れちゃうわ」


 少女はブーツに点した火を消すと再び大地に足を着く事にした。そして皮肉と共に大剣グレートソードディオルゲートを構え、臨戦態勢を整えていったのである。



「さっ、次は一体、どんなお客様がご来店かしら?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る