第39話 Wearer of the sun

 少女は一旦冷静になる事にした。だから見通しのいい丘の上で、怪しげな男との会話をする事にしたのだ。



「アンタがアテナを襲ったワケではないのね?」


「先程から汝が言っている「アテナ」とは何ぞや?拙者は密偵に不可思議な力を持つ者を探せと命じたに過ぎん。拙者が汝を見付け越境した事は拙者に非がある」

「だがそれは、オリュンポスに対し侵略を企てた訳では無い。汝がオリュンポスの者であれば、それは侵略と見做みなされても仕方が無い事だが」


「密偵が侵略行為に当たらない保証はあるのかしら?」


「……」


「まぁ、アンタの所の密偵がアテナに酷い事をしたのなら、アンタの責任って事だけど、そこんトコはどうなの?」


「それは無いと断言しよう。その「アテナ」と言う者がオリュンポスの神族ガディア一柱ひとはしらであるとするならば、我々がオリュンポスの柱に危害を加える事は出来ないからだ」


「そう、ならば、アテナを襲ったのは別の「勢力」ってコトになるわね。で、アタシに何の用なの?」


「汝に頼み事をしたくて参った次第だ」


 先程から言葉を交しているが、この怪しげな男の表情は全くと言っていい程、読み取る事が出来ない。どんなモノであれ、感情があればそれは表情に出るものだ。

 しかしそれがこの怪しげな男にはない。従って完全な無表情ポーカーフェイスであった。

 少女としてはそれがどこか気味悪い気がしてやまなかったが、神族ガディアも多様性なのであれば、こんな一柱がいてもと考え直す事にした。



「頼み事?アタシに何を頼みたいっての?でも、アタシは今、凄っっっごく忙しいから頼まれても何もしてあげられないわよ?」


「それならば、その「アテナ」とやらを傷付けた者を見付ければ頼みを聞いて貰えるか?」


「頼みを聞くかどうかは別として、話しだけなら聞いて上げてもいいわ。犯人を無事に確保出来たらね」

「でも、そんなコト出来るワケもないでしょ?」


 少女は余りにも胡散臭うさんくさいこの男の頼みを聞く気は毛頭もうとう無かった。だから無理難題を言って退散させようと考えたのだ。



「分かった。それならば、その「犯人」とやらを見付けてしんぜよう」


「えっ!?出来るの?嘘でしょ?」


ウィスプ・ラト権威を借るモノ


 怪しげな男の車輪は形を変え男の背中で光輪となり、車輪に生えていた翼は文字通り男の翼となった。



ヴェンディダード祓い浄めるモノ


しゅうん

しゅぱッ


「えっ?えっ?一体何が……?」


「拙者の光輪が放った光の向かった先に犯人がいるであろう」


「ホントにぃ?なんか凄っごく胡散臭いけど……、まぁ、行ってみますか」


 怪しげな男の背にある光輪は上空で徐々に加速しながら回転を始めた。そして回転速度が最高速度に達した後に、一条の光を放ったのだ。


 少女は半信半疑のままブーツに火を点すと空を駆け光の先に向かう事にした。




「な、なんだ、この光は?」


「へぇ、確かにいたわね。それで貴方がアテナを襲った犯人かしら?」


「ッ?!くっ!」


「あぁ、そうだ!確かに貴方だったわね?夢の中で垣間かいま見たのは」


 そこには確かに1人の男がいた。半信半疑だった少女は正直なところ驚いていたし、なんとなく疑ってしまった事に対してバツが悪かった。

 その一方で少女はアテナのかたわらで、「うたた寝」をしていた時に見た夢を急速に思い出していた。

 そして、その夢の中で恨み言を言っていた顔を思い出したのだった。



「お前はッ?!」

「この光はお前の仕業かッ!くそッ忌々しい!」


ぱんッ

ぼっぼっぼっ


「行け!」


 突然の光に動揺している男は少女を見て、更に激しく動揺していた。恐らくコイツがクロ犯人で間違いないのだろう。

 しかし犯人は少女と話しをする気は全くない様子で、合掌すると自身の周囲に|人魂のようなゆらゆらと揺れる火球を起こし、少女に向けて放っていった。



 少女は自身に迫る火球を避けながら、剣を構え向かって行ったが、男との距離は一向に縮まらず近付く事は全く出来なかったのだった。



「一体、どうなっているの?なんで間合いが詰められないのッ?!」




「ふぅ、全く焦らせてくれる。だが、それならこちらとしても好都合だ」

「時期が多少ズレたが、ここでかたきを取らせて貰うとするか」


 男は少女に近付いていく。その手には一本のナイフが握られていた。一方で少女は自分の身に危険が迫っている事を理解していない。


 何故なら男は幻術を使い、少女の五感をだましているのである。その幻術は五感を狂わせる類のモノであり、少女は傍目には何もせずに立っているだけだ。

 少女が追い掛けていると思って行動している実際には何1つ行われていない。故に距離が縮まる訳が無い。

 そして、少女が見ている男すらも幻であり、現実に存在している男が発している声は少女には届いていなかった。


 拠って、この時点で幻覚に囚われている少女には、せる事は何一つ無かった。だから男が持っているナイフで「刺される」と言う事だけが確定事項であったと言えるだろう。

 だが一方で刺されたとしても気付く事なく、自分の心臓が鼓動を止めるその時まで何が起こったか分からず、安らかに息を引き取る事しか許されないという現状だった。



ヤスナ秩序を満たすモノ!」


「なっ!?」


 少女はその力によって助けられたと言っても過言ではなかった。その力は今まさに、少女をその手に掛けようとしている男に浴びせられ、その力に因って男が使っていた幻術は消え去っていった。


 だ・か・ら、少女の目には突如としてナイフを持っている怪しげな男が、のである。



「ッ?!@#$%¥☆*&〒」


ぶぉんッ


「ちょッ!なんなのよ、一体ッ!!」


 少女は驚きのあまり、急遽きゅうきょワケの分からない言葉と共に愛剣を振り下ろしていた。驚かされて手が出る行動となんら変わりないかもしれないが、手が出る以前に大剣グレートソードが振り下ろされれば、それはたまったモンじゃないだろう。

 そしてその行動に驚いたのはナイフの男であり、避ける事が出来ないまま、少女の急拵きゅうごしらえの斬撃をその身に受ける事になったのだった。


 その時の少女の心臓はバクバクと途轍もない程に速く、高鳴っていたのは言うまでもなく秘密の事だ。



 急拵えではあったが、少女の愛剣はナイフの男を斬り裂いた……ように見えたが、斬り裂かれたその身体は黒い余韻を残して消えていった。



「ッ?!いない……」

「今までのは、全て幻だったとでも言うの?」


「そのようであるな」


「貴方に助けられたみたいね。ありがとう」

「ところで、アイツ、何者か分かる?」


「何者かは分からぬが、見た目や所作、服装などから察するに、「アースガルズ」の者やもしれん」


「「アースガルズ」それって……」


「さて、これで汝は拙者の話しを聞いてもらえるか?」


「えぇ、まぁそうね。助けてもらったし……。だから先ず、聞かせて貰うわ。でも、頼まれるかどうかは話しを聞かせて貰った後で決めるけどいい?」


「了解した」


 少女は犯人の居場所かもしれない「アースガルズ」がなんとなく分かっていたから、一刻も早く乗り込みたかった。だがその前に「礼には礼を尽くさないと」とも思った事から、光輪の男の話しを聞く事にしたのだった。



「ところで、貴方は何者なの?」


「拙者の名はアフラ・マズダ=ヴァルナマディヤ・アーディティヤラストヤである

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