オリュンポス

第26話 タメシノハジマリ

 「オリュンポス」はギリシャ神話の神々や、ギリシャ神話と同一視されるローマ神話に出て来る神々が住まう地であり、その舞台に少女は降り立っていた。


 尚、ギリシャ神話は「オリュンポス12神」と言う、12にんの有名な神々が出て来る事でも知られている神話大系の事だ。



「ここが、「オリュンポス」なの?」

「でもなんとなくだけど、神々の住まう場所っていうイメージじゃないわね」

「でもさっきの「高天原たかまがはら」もそうだったけど、神秘的な雰囲気があるコトには変わりないわね」


 そこに建ち並ぶのは神話の世界と言うよりはむしろ、中世ヨーロッパの風景とも言える建造物群だった。だがその景色は幾度にも及ぶ戦争の末に、人間界ではもう見る事が出来ない建造物群でもある。


 少女はその中世ヨーロッパの風景のど真ん中に配置されていたポータルから出て来たのだった。よって、そこは往来のド真ん中だ。

 そんな所にポータルを設置しているのであれば、友好的な国以外はありえないのは確かな事だし、人知れず潜入するのも無理だろう。



 見慣れぬ姿と外見の少女に対して、好奇な目が向けられていく。人目を引く少女の事を見ているのは、どうやら神族ガディアだけではなさそうだった。

 だからこの「神界」は、「神族ガディア以外の種族も住まう場所」という事が明らかになった。

 ほぼ単一種族の「魔界」とは大きな違いだ。


 少女はキョロキョロと辺りを見渡していくが、見た感じこの「オリュンポス」には天使族エンジェリア亜神族デミガディアの姿も見受けられる。もしかしたらヒト種に近い神人族ヒューマニアもいるかもしれない。

 それらの種族は「神界」の他の国にはもっと異なる種族がいる可能性を示唆していた。

 これがさっきタケミカヅチが話していた「同一次元内に於ける関係性の変化」の結果なのかもしれない。



 そんな往来を行き交う「オリュンポス」の民から好奇な目向けられているが、少女は気にせず往来を歩いていく事にした。


 そして目指す場所は…、と言ってもどこに行けば良いか全く分からなかった。だから取り敢えず一番大きく見える神殿みたいな建物に行ってみて情報を得る事にしたのだ。

 「そこに事情を知っている人が誰かしらいるだろう」という安直な考えの元での行動だった。


 更には「いなければいないで何とかなるさ」といった、少女の楽観的な考えも働いている様子だった。




「貴女、そこで何をしているのだ?」


「えっ?あっ!?あ、アタシ?」


「そうだ。ウチは貴女に聞いている」


 キレイな女性がそこにいた。腰まで届くブロンドの長い髪。顔には高い鼻と蒼い瞳。

 その瞳からは自信が溢れ強い意志が感じ取れる。

 背はルミネと同じくらいだろうか?だから少女よりは一回りくらい大きい事になる。そしてスラっと伸びる肢体は白く、引き締まっていた。


 多少露出度が高く、身に着けているハーフメイルからは豊満な胸元ワガママバストが覗いている。

 腰当ての隙間から覗かせている絶対領域に下心が抑えられる男性はいないかもしれない。

 それくらい一見すると美人でスレンダーなのだが、精悍な顔付きのせいもあって色気は無さそうに見えた。所謂、「ガードがお固い系」ってヤツだろう、いや、「身持ちがお固い系」だったかもしれない。

 でもま、それならば「装備に露出はいらないんじゃないか?」と、少女の心はザワついていた。


 太ももあたりまでを守る腰当ても、ハーフメイルも頭に被っている兜も黒みがかったシルバーの金属光沢を発しているが、多分、ではないだろう。もしかしたら魔銀鋼ミスリルかそれ以上の鉱物かもしれない。

 引き締まった腰には細剣レイピアのような刺突剣が差してあり、腰の後ろには小剣ショートソードがチラ見している。更にその手には三叉みつまたの槍を携えていた。


 どんだけ武器を持っているのか気になるところだったが、女の武器を武器としていないのはやはり明確だった。


 更に付け加えると、軽く交した程度の会話から聞こえた声は高く澄んでおり、りんとした芯の強さを備えた響きを持っていた。


 可憐なアマテラスとは真逆のタイプだと言えるかもしれない。



 少女は一際大きな神殿に向かう途中で、そんな目を引く女性に呼び止められたのだった。



「ひ、人を探しているんですが、ど、どこに行ったらいいか分からなくて、取り敢えず、あの大きな神殿を目指しています」


「ふぅん。なるほどな」


 少女の声は多少、上擦っていた。それ故に「怪しく見られたかも知れないなぁ」と、少女は心の中でボヤいていた。

 相手が神族ガディアだから緊張しているのかもしれない。だからこそ緊張のあまり、話せないのがわずらわしく



「人探しと言ったな?貴女は、誰かの眷属なのか?しかし亜神族デミガディア神人族ヒューマニアには見えないし、ヒト種のような気もする」

「しかしヒト種であれば、ここは「神界」だぞ?おいそれと来れる場所ではあるまい?」

「そしてあの神殿は神族ガディアと、その眷属しか立ち入れない聖域だ。貴女は一体どこから来た?誰を探していると言うのだ?」


「え、えっと、アタシは「高天原たかまがはら」から来て、名前の知らない人を探して…ます」


 少女は焦りの余り、嘘ではないが「高天原たかまがはら」とついつい言ってしまった。

 因ってその発言にキレイな女性の顔は曇っていった。



「「高天原たかまがはら」だと?それは日の本の事か?彼処あそことは敵対こそしていないが、大義名分が無くてはそれは侵略に当たる。それを承知で貴女はここに来たのか?」

「それに名前を知らないのにそれは人探しと言えるのか?この「オリュンポス」にどれだけ人がいると思っているのだ?顔を見れば分かるとしても、1人1人見るのは不可能だろう」


「え、えっとぉ、顔も知らなかったりして…。あはははは」


 余計なコトを口から滑らした少女の落ち度だが、この展開はどこかで見た気もしていた。そして、その時は自分が人探しを手伝ったが、この状況は人探しを手伝ってくれる状況とは言えない。

 むしろこのままではでしかないだろう。


 拠ってキレイな女性の言い分はごもっともであり、少女はタケミカヅチが言ってた事を改めて理解させられたのだった。だが、あの時、タケミカヅチが言ってたコトをちゃんと覚えていた少女は、窮地を切り抜けるべく最後の手段大義名分の行使に出たのだ。



「て、手紙を貰ったんです。そして、「高天原たかまがはら」で、この手紙の送り主は「オリュンポス」にいると言われ、「高天原たかまがはら」からこちらに来たんです」

「これです、この手紙です!」


「ッ!?」

「ちょっとこちらへ来てくれ!」


「えっ?ちょっと、急にどうしたんですか?そんなに強く引っ張られると痛いですっ!」


「ここではマズい。いいから来るんだっ!」


「ここではマズい?」


 少女はキレイな女性にタケミカヅチの式神から貰った手紙を見せた。すると女性は手紙の封筒を見た途端に顔色を変えたのだ。

 そしてそのまま少女の手を強引に引くと、どこかへと連れて行くのだった。




「貴女が叔母上の言っていた者なのだな?ウチの名前はアテナだ。アテナ・パラス・オリヴィアだ。簡単に言ってしまえば、貴女の「いとこ」にあたる」


「いと…こ?うそ…」


 少女はその言葉に困惑していた。

 まぁ、見ず知らずの女神から「お前は自分の「いとこ」だ」と言われれば、困惑しない方が可怪しいと言うものだろう。そもそも、少女は両親の兄弟は疎か、その両親の両親すら知らないのだから仕方がないと言えば仕方がない。

 しかし、それ以上に発育の違いに関しては不平不満だらけだったが、そこは敢えて余談にした。

 少女はまだまだ成長期だと思っているので、仕方がないから生温かい目で見てあげるコトにしようじゃないか。




「貴女の母上はウチの父の不興ふきょうを買った。だから現在は幽閉されているのだ。それを見兼ねた叔母上が父の目を盗み、貴女に手紙を出したというのは聞いていた」

「都市の護りを主たる目的をするウチが、一番会う確率が高かったからウチに声を掛けたのだろうが、まぁ、実際、その通りになったワケだな」


「う…そ。それ、ホントなの?」


「女神アテナの名にかけて嘘は言わない」


 少女は明らかに同様していた。だが、何に対して動揺していたかは、察するしかない。

 一方で当のアテナは、少女の母親の現状に対して少女が動揺していると感じたのだろう。



 ちなみにアテナは神殿の手前の脇道に少女を引き込んでいた。そして更にその脇道から逸れ、周囲の森の茂みに体勢を低くして隠れた。

 少女もまたアテナと同じく、そこに隠れて話しをしていたが、何故そんなコトをするのかまでは皆目見当もついていない。


 少女は隠れなければならない事を理解していないが、アテナに付き従っている以上、身を隠す事にしたとも言い換えられる。



「あ、あの、アタシはどうすれば?」

「アテナさんは、アタシに協力してくれるんですか?」


「ウチは叔母上には逆らえない。そして、父の事は嫌いなのだ。だから、叔母上から言われた以上、協力しよう」


 少女はワケも分からずにやって来た「オリュンポス」で、アテナに出会えた事から先行きに希望の光が見えた気がした。


 そしてアテナは無邪気な笑顔を少女に見せていた。



「今は、神殿に行ってはいけない。神殿に行けば必ず父に見付かるだろう。父に見付かれば、貴女は先ず、その


「えっ?」


「そして、それは必ずや叔母上の顰蹙ひんしゅくを買う。そうなれば、今度は貴女の生命が危なくなる」


「えっ?!」

「ちょっと、何を言ってるかワカラナイ」

「アタシの貞操?アタシの!?なんで、見付かると貞操が危険なの?」


「アレは病気なのだ。あんな父で申し訳ないが、だとでも思ってくれて構わない」


 少女は両手で自分の身体を抱き締めながら、「ぶるるッ」と小さく身震いをさせていた。

 流石にこんなところで襲われて、大切な「初めて」を奪われたくなどなかったからだ。



「ちなみに、その顰蹙ひんしゅくを買ったらダメと言ってた「叔母上」は、手紙の叔母と同じ方なのかしら?」


「その通りだ。同じ叔母上だ。故に、神殿に入るのは止めた方がいい。無理にでも行くと言うのであれば、大義名分を持っている以上、ウチは止めはしないが…」

「だから、どうしたい?貞操と生命を捨てる気があるなら案内するが?」


「行きません」


 即答だった。寸分の余地もなく、躊躇うことも迷う事もない即答だ。

 アテナは無邪気な笑顔と言うよりは、何かを試すような微笑を浮かべて少女に問いを投げていたが、その返答は誘導されたと言っても過言ではないだろう。

 だから即答だった。


 少女はアテナとの会話に。だから最初の頃の緊張感は薄れていたと思う。

 しかし、アテナと話すうちに再び、神族ガディアに対する恐怖を抱かずにはいられなかった。


 まぁ、恐怖と言っても恨みつらみのホラー的な怖さと言うよりは、よく分からないうちに突然狙われるスプラッタ的な恐怖と言えるかもしれない。


 でもそれは、「貞操と生命の危機」なんて言われれば当然のコトだろう。

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