第25話 The beginning poem

「まぁ、各所で起きている問題はそれだけでは御座りませんが、もう、それがしの主の元に着きました故、主の元へと案内あない致しましょう」


「意外と早かったわね。乗せてくれてありがとう」


しゅたっ


「あれ?さっきの大地とは感触が違うわね?」


「やはり気付かれましたか?ここが正真正銘の「高天原たかまがはら」に御座いますれば」


 タケミカヅチは敢えて「正真正銘」と付け加えていたが、少女には意味が分かっていない。だが深く考える事はせずにタケミカヅチの案内に従い歩を進めると、少女の視界に荘厳な社が現れたのだった。



「では、これより、主のやしろの中へと参りましょう!」


「これが、社?ここまでバカデカいとそれだけで圧迫感があるわね?」

「でもこの中にタケミカヅチさんの主がいるのね…」


ごくりっ


「それでは案内あない致しまする」


 タケミカヅチの言の葉は少しばかり緊張をかもし出していた。少女には何となくだったが、それが分かった気がしていた。



 社の中に入るとタケミカヅチは少女を扉の手前の座敷に上げて座らせ、本人は荘厳な造りの扉の前に立ち、扉に向かって話し掛けるように紡いでいく。

 扉の横から射し込んでいる陽射しが、まるでスポットライトのように扉の前に立つ者を照らしていた。



「主よ、客人をお連れ致しました」


此方こちらへ』


 タケミカヅチの声は先程より遥かに緊張している様子だ。言葉に微かに宿る語気がそれを物語っている。

 少女の位置からではその表情を読み取る事は出来ないが、汗の1つでも掻いているのかもしれない。


 タケミカヅチの声に反応し、中から声が返って来ると荘厳な造りの扉がゆっくりと開いていった。



「どうぞ中へ。これより先は呼ばれた者以外は立ち入れないですので」

「貴女様お一人で中にお入り下され」


「えっ?アタシ1人でこの中に?だ、大丈夫なの?」


「なぁに、粗相をしなければ取って喰われるコトはありますまい」


「それって粗相をすれば取って喰われるってコトになるわよね?」


 少女はタケミカヅチに促され、恐る恐る一歩、また一歩と足を踏み出し扉の中へ入っていく。その表情は緊張一色であって、それ以外は何も考える余裕がない様子だった。




 その中は、言葉で表現する事がとても恐れ多い空間だった。

 だけれども表現するならば「空間」と言うのが適切かもしれない。だが、決して絢爛豪華と言うワケではなく、実に質素な造りだ。

 そんな情緒溢れる空間の中で少女の目には、何かがキラキラと煌めいているようにも見えていた。

 そのキラキラとしてるモノが空間を演出しているのかもしれない。


 窓は無く、装飾のたぐいも一切無い。有るのは階段と、その上の座敷を覆い隠す「天蓋てんがい」が見えるだけだ。

 灯りは全て無数に宙を舞っているキラキラした何かが放っているから、暗く感じるコトはなかった。そして貴人を隠す「天蓋」は薄くヒラヒラとした布にしか見えないが、その中からは優しく暖かい波動が漏れ出していた。


 今までに味わった事もない文字通り別世界にある「きらびやか」な空間に一人、少女は入っていく。



 だが、その身体は意思に反する様子だった。

 それとも、とでも自然な流れで、階段下まで来ると膝が勝手に床に付いたのだった。

 それは肺が自然と呼吸を行うように、膝が床に吸い寄せられていったようにも感じられた。誰かに教わったワケでもないので、自然とそうなるように仕組まれていたのかもしれない。

 一言で表せば「最上級の敬意を示す事」に意味があるのだろう。

 カッコを付けて言うならば、「魂に刻まれた盟約」とでも表現すればいいだろうが飽くまでも余談だ。



『頭をお上げになって。そして、此方こちらへ』



 少女の脳裏に声が響いていく。それは何と言うか不思議な声だった。

 「声」と呼ぶにはあまりにも繊細ではかなげで、その一方で力強く生命のよろこびに溢れんばかりの印象を与えながら響く、可憐な「こえ」だ。



 少女は自身の声を発する事無く、その「こえ」に一歩ずつ足を踏みしめ階段を登って行く。そして再び、天蓋てんがいの前で膝を付いていた。



『天蓋の中へどうぞ』


 再び「こえ」が脳裏に響き渡っていく。少女は立ち上がると頭を下げ、天蓋をくぐり中に入っていった。



 そこにいたのは、白いワンピースをその身にまとい、その上から羽衣をふわっと身に着けている一見幼く見える女の子だった。

 キメが細かく艶のある細くてキレイな黒髪を束ねず長く伸ばし、その瞳は金色に輝いている。

 その肌は着ているワンピースよりも更に白く見える程の透明感があり、衣服から伸びる肢体の瑞々しさを際立たせていた。

 指輪やネックレスといったアクセサリーは身に着けていないが、前髪を留めている「つまみかんざし」だけが色とりどりの色を添えていて可憐さを盛り上げている。

 そしてその手には玉串を大事そうに抱えていた。



「あたくしがこの「高天原たかまがはら」の主に御座います。名をアマテラス・イザナギと申します。以降、お見知りおきを」



 ワンピースの女の子はそう名乗った。


 アマテラスが紡ぐその音色こわいろは高く透き通っている。その中に気品と気高さを感じる「響き」があり、その「こえ」に拠って少女の目からは勝手に涙が溢れていった。



「先ず伝えておく事が御座います」

「今回、貴女をお呼び立てしたのは、あたくしでは御座いません。ですが、貴女が暮らしている人間界は、あたくしが治めるこの「高天原たかまがはら」のエリアにあるので、あたくしの遣いを貴女の元に向かわせたので御座います」


「あ、アマテラス様と、アタシの母様は、い、一体どんな関係なんですか?」


「そんなに畏まらなくて大丈夫で御座いますよ?なにも、。ふふふ」

「あぁ、そうそう、質問にお答え致しましょう」

「先ず貴女のお母様と、あたくしは全く接点が御座いません。あたくしと接点があるのは、貴女のお母様の妹であり、姉である御方で御座います。その御方からお手紙を預かったので御座います」


 アマテラスの声は詩を紡ぐ様に綴られていた。だが、少女はその詩に疑問が湧いたのだった。



「そ、その方とは、一体?」


神族ガディアの名は、他の神族ガディアから聞いてはなりません。自身から問うか、自発的に名乗るまで待たねばなりません。それで初めて「名」を聞く事が叶う事になりましょう。神族ガディアの名とはそういうモノなので御座います」

「だから、あたくしが言える事は、その御方の住まう所在だけで御座います。貴女がその地で、貴女のその手でお母様が救い出されることを、あの御方は望んでおられるようで御座いました」


 アマテラスの詩は紡ぎ終わり、そのように結ばれた。

 少女の瞳から溢れていた涙はいつしか止まっていたが、目の前の女の子アマテラスに対する畏敬の念は薄れる事はなかった。



「有り難う御座いました」


「「オリュンポス」へ行きなさい。そこにあの御方がおられます。詳しくは彼の地で分かる事になりましょう」



 少女はアマテラスの元を辞しやしろの外に出ると、そこにはタケミカヅチが待っていた。



「やぁやぁ、出て来られましたな!」

「おや?何かお困りごとかな?」


「タケミカヅチさん、「オリュンポス」ってどうやったら行けるのかしら?」


「ふむふむ。そうしたら、「高天原たかまがはら」と「オリュンポス」を繋ぐポータルの元へと案内あない致しましょう」


「えっ!?そんなのがあるの?」


「左様。友好的な国に対してはポータルが開かれておりますれば、それに入れば直ちに行けましょうぞ」


 タケミカヅチは再び「龍」を顕現させた。どうやら連れて行ってくれるらしい。

 少女はお礼を言うと、その背に乗るのだった。




「ところでアマテラスさんって、あんなに若い神族ガディアなの?」


「若い?!」


ぽりぽりぽり


「いやはや、何と申し上げるべきか」


「えっ?そんなに言い辛いコトなの?正確な年齢を聞きたいってワケじゃ、ないのよ?」


「いやはや、こんな事を言わば、それがしが主に、、大変申し上げにくいので御座りまするが…」

「「神族ガディア」とは、様々な「名」を持つので御座りまする」


 少女はその言の葉に「ロキ」の事を思い出していた。確かに心当たりがあり過ぎるからだ。



「拠って、神族ガディアの「名」は、「概念ファンタスマゴリア」そのものでありまするし、そもそもの話しが「概念ファンタスマゴリア」に年齢や容姿などは存在しないので御座りまする」


「年齢や容姿が存在しない?でも、それだと…」


「いやいや、言いたいコトは分かりますぞ」


 タケミカヅチが紡いだ言の葉は神にまつわるエトセトラの事だ。だから少女は尚更混乱を深めていった。



「要は、客人が来た際に、自分の事を「どう見せたいか?」で姿形を変化させ形造っているに過ぎませぬ。故に貴女様が見た主の姿が「若く」見えたのであれば、そう「見せたかったからそうした」としか申せませぬな」

「おぉ、かしこかしこ桑原桑原くわばらくわばら


 タケミカヅチはオドオドしていた。

 やはり、アマテラスの事をよほど怖く思っているのかもしれない。少女としては畏敬の念を抱く事はあっても、そこまで怖いとは思えなかったので不思議な感じだった。



「概念の捉え方の違いなのかしら?」




 そんなこんなで再びタケミカヅチと色々な会話を交え、しばらく空の散歩をしていくと、ストーンヘンジのような石造りのサークルが少女の目に留まった。



「もしかして、あれが、ポータル?」


如何いかにも。あれが「オリュンポス」行きのポータルに御座いますれば」


 少女を背に乗せた「龍」とタケミカヅチはストーンヘンジの横に降り立っていく。少女はそれに近寄ると目を輝かせながら食い入るように見詰めていた。



「ここに入れば、「オリュンポス」に行けるの?」


「如何にも」


「タケミカヅチさんは来ないの?」


「いやいや、それは叶いませぬ。大義名分も無く、他国に入れば、それは侵略と同義」

「それは即ち、「高天原たかまがはら」が「オリュンポス」に戦争を仕掛ける事と同じ意味に成り兼ねませぬ。ですので、それがしが出来るのは案内あないまで」

「ですが、貴女様は「オリュンポス」に行く大義名分をお持ちなので、ここをくぐっても平気で御座りましょう」


「そう、分かったわ、ここまで有り難う」


 少女は笑顔を作りタケミカヅチに言の葉を紡ぐと、決意を固めた表情でストーンヘンジの中央に向かって歩いていく。

 そんな少女の姿をストーンヘンジの外からタケミカヅチは見送っていた。



「良き旅にならん事を…」

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