第20話 勇者

「それじゃあ、ハロルドは父様からの命令で人間界に来たのね?」


「は、はい…。そうです。うっぷ」


「あと2~3個質問あるけど、応えられるかしら?」


「が、がんばります……」


 少女が頑張ってケツを振って楽しんだ結果、ハロルドは撃沈していた。そう、激しい車酔いにさいなまれ、今にも死にそうなハロルドに進化したのだ。

 自動車に乗ったばかりの頃の、目を輝かせていた頃が遥か昔に感じられる程にまで、死んだ魚の目に変わったハロルドだった。



「じゃあ、次の質問ね。父様やハロルドは何でルミネが失踪したか知ってるの?あと、ルミネが見付かったら連れて帰る気なのかしら?」


「ルミネ様が「魔界」からいなくなった理由は陛下にも心当たりがないそうです。だから小生じぶんも分かりません。突然、姿を消してしまわれたので」

「それと、小生じぶんには「魔界」に帰る方法がありませんから、師匠やルミネ様の助けがなければ帰る事は絶対に出来ません」


「うん、まぁ、それもそうよね」


「陛下は小生じぶんにルミネ様を「探してくるように」と仰せられましたので、その後の事は何も……」


「父様らしくないけど、何か……」

「ふぅん、なるほどね」




 話しが終わった後の2人は、終始無言でセブンティーンの中で揺られていた。そしてセブンティーンが屋敷に到着すると、夜も大分遅くなっていたにも拘わらず、3人は玄関先まで少女の事を出迎えに来てくれていた。



「おかえりなさいませ、お嬢様」 / 「おかえりなさいませ、マスター」 / 「おかえりなさいませ~、あるじさま」


「ただいま。3人とも、出迎えありがと」

「そうだ、爺、お客さんよ。今日から屋敷に泊めるから、部屋と服を用意してもらえる?」

「ハロルド、さっさと降りて」


ぴくっ / 「きゃッ/// さ、サラは部屋を用意して来ますっ///」 / 「あはは、変なカッコ!あ、サラ待ってぇ~。レミも手伝う~」


 サラとレミは部屋の用意の為に玄関先から走って屋敷の中へと引っ込んでいった。こうして待つ事10分ちょっとの後に、半裸のハロルドは部屋の準備を早々に終えたサラとレミによって部屋へと案内されていった。

 心なしかサラの顔は赤らんでおり、目ざとい少女はそれを見逃していなかった。




「お嬢様、あの者は一体?」

「あの者もまさかとは思いますが?」


「アレはハロルドって言う、なんて言うかな、ルミネの恋人?みたいな感じのヤツよ」


「ほう?それでは魔族デモニアなので御座いますね?」


「どうやら、「魔界」からいなくなったルミネを探す為に、父様から無理やり人間界に送り込まれたみたいなの。そんでもって、山の中で迷子になってたから、拾って来たのよ」


「左様で御座いましたか。それで、その「ハロルド」はどうするおつもりなのですかな?ルミネ様はアリア様の修行の為に人間界を離れられないと聞き及んでおりますが?」


「うん、そうなのよねぇ。まぁ、それはなんとかなると思ってるけど、それよりもさ、爺にお願いがあるんだけど?」


 爺はキリクがいなくなってから、全く男っ気の無い少女を案じていた。年齢=恋人いない歴の少女の身を案じていたのだ。

 年頃の女性であれば恋愛経験の1つや2つはあって然るべきだし、早ければ結婚や出産をしていてもおかしくはない。

 今が平和な世だからこそ、そういったコトにバチは当たらないだろう。だ・け・れ・ど・も、それは相手が普通の男性ならば…の話しだ。

 だから、半裸で小汚く、しかも魔族デモニアの気配すらある男を少女が連れてきたので不快感を露わにしていた。しかしそれも杞憂だったようだ。


 「恋は人を盲目にする」と言う言葉もある事から「?」と気を揉んだだけの、だとも言い換えられるだろう。



「アタシが「魔界」にいた時、ハロルドにはアタシが「型」を教えたから、暇だったら爺が鍛錬をしてあげてもらえる?」


「かしこまりました」


「あ、そうだ、あとアタシはこれからちょっと出掛けて来るけど、いつ帰れるか分からないから、何かアタシ宛の連絡が来たらそう伝えておいて」


「は?これからどちらに?」


かちゃ


「デバイスオープン、ベルゼブブの魔石、マモンの魔石よ剣に宿れ!」


「お、お嬢様、そ、そのお姿は?」


 少女は爺にお願いをすると剣に2つの魔石を宿して変身した。爺はそんな少女の魔族デモニア化した姿に慄き、声を震わせていた。

 最上位の古龍種エンシェントドラゴンである爺が恐れ慄くのだ、よっぽど少女の姿が異質なモノに映ったのかもしれない。



「これは「魔界」で貰った魔石の力よ。この魔石の力を使うと魔族デモニア化出来るみたいなの」

「それじゃ、行ってくるわね」


「あ、あ、い、行ってらっしゃいませ」


 こうして唐突に少女は人間界から姿を消したのだった。爺はとっさに何も反応出来ず、見苦しい姿を見せてしまった事を後々後悔したとかしなかったとか。




「ふぅ、本日の政務も無事に終わったな」

「さてと、明日の予定の段取りでもするか…ん?」


 ディグラスは自室で一仕事終え、ペンを机の上に置いた。そして、立ち上がろうとしていたその矢先、空間の「揺らぎ」を感じ取ったのだった。


 ディグラスは以前起きた事件の後で、いち早く空間の「揺らぎ」を感知出来るように国内全域に及ぶ広範囲の「網」を張り巡らしていった。そして、その「網」が揺らぎを感知したのだった。



「何かが「魔界」にやって来たようだな。どれ、感知した場所は…ん?ここ…だと?!」

わたしの自室に直接乗り込んで来るなど、何者かは知らぬが随分と生命知らずな者がいたものだ」

「いでよ!エルドノヴァ!」


かちゃ


「さて、何が出て来るか?」


しゅわわん


「よもやお伽噺に聞く前時代の勇者の登場シーンでもあるまいし…。まぁ、よもやそのような者はおらぬと思うが…な」


 魔王ディグラスの目の前には、普通の転移魔術の陣形よりも大きめの陣形が描かれていった。そして、その不穏な陣形に魔王ディグラスは自分の片手剣を呼び出すと構えを取った。


 魔王ディグラスは「魔王」という肩書きこそ持っているが、この世界に魔王を討伐しようと乗り込んでくる奇特な者はいない。過去から今に至るまでそんな者がいた記録もない。

 だから「勇者」なる存在はお伽噺の中でのみ存在しているが、「魔界」には

 拠ってそれはまだ、魔王ディグラスが人間界にいた時に、幼い娘に読み聞かせた物語の中に出て来たでしかない。


 そんな事を考えているうちに、その陣形は完成した様子で何かが飛び出してきた。

 、グリップを握り締める力が一層強まったのを感じ取って苦しかったかもしれない。

 それくらい魔王ディグラスは握り締めていた。


 だが、その陣形から現れたのは、その姿だけを見るなら、どこぞの魔王よりも魔王らしいたたずまいの愛娘だった。


 全身に纏う禍々しい魔の力は漆黒のマントを彷彿とさせ、額には6本の角を生やしている。身に着けている装備の色は漆黒に染まり、装備から伸びる肢体の至る所に浮かぶ紋様は紫色に怪しく輝き異様な力を放っていた。

 更に額だけに留まらず、纏っている漆黒のマントの至る所にある複眼は見る者を凍り付かせる程の視線を向けていた。


 そして、そんな愛娘の姿にディグラスは驚くばかりだった。

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