第15話 ルミナンテ・ウル・ルネサージュ

 人間界に存在している精霊種は滅多にお目に掛かれる存在では無い。

 その為に生態系も謎に包まれている部分が多く、分かっている事は非常に少ない。なので、その上位存在の精霊族フェアリアともなれば言わずもがなだ。


 だが、それでも幾つかの「分かっている事」はある。

 その中の一つに「は回復魔術を使える」というのがあるのだ。

 遠い過去から続く歴史の中にと契約を結んだ者は存在している。そしてその結果、その者は「治癒魔術師プリースト」となって、その身が滅ぶまで国境を越えて人々を助ける「国境無き行脚あんぎゃ」を行ったという「伝説」が、テルースの歴史の中に明確に残されている。


 故に今回、アリアが精霊種の上位存在である精霊族フェアリアと契約出来た事は、アリアが回復魔術を使えるようになる可能性が非常に高い事を示している。そしてそれは、回復術士ヒーラー系のハンターがいない神奈川国にとっては朗報となるのだった。




「ルミネをアリアの指導官にすればいいのよ!アリアがハンター試験を受けられる年齢になるまで、ルミネに鍛えて貰えばいいじゃない!ルミネは回復魔術を使えるから指導官にはもってこいでしょ?」

「それにルミネだったら、戦闘能力も高いからアリアをさらおうとするやからが来ても返り討ちに出来るし、精霊族フェアリアが何か悪さをしようモンならアタシ達が全力でなんとかするわッ!」


「はあぁぁぁぁぁ」

「まぁ、アンタの事だから、そう来ると思っていたよ。だが、そもそもはまだ試験が終わってないから正式なハンターじゃあない。よって公安が正式に採用したワケでもないんだ。そこんところは、どう考えているんだい?」


「うん、ルミネの見極めは終了でいいと思うよ?」


「はぁぁぁ。まったく、アンタってヤツは……」


 当事者であるルミネは2人のり取りに対して、どっち付かずの表情をしていた。

 それは本人の意思を無視した「蚊帳かやの外の状況だったから」と言うのは言うまでもないだろう。



「分かった!」


「それじゃあ、マムは……」


「お黙りッ!あたしゃこれからを言う。だからこれから言う内容に、アンタは一切の口を挟むんじゃないよ?」


「ケルミネラ・ミルフォード・ブックビレッジ、いや、ルミナンテ・ウル・ルネサージュ!」


「「ッ!?」」


「アンタは人間界に、んだい?少なくともアリアの指導が終わるまで人間界にいられるのかい?」


「ちょッ、マム!」


「お黙りッ!アンタは黙ってな!口を挟むなと言っただろッ!あたしゃ、と話してるんだッ!!」


「くっ」


 マムが放った言の葉に、その場にいる2人は驚きを通り越し、驚愕の表情に変わっていた。


 マムは何かを言い掛けた少女を鋭い眼光と強固な口調で牽制けんせいし、ルミネの解答を待つのだった。



「それでは正直に申し上げますわ。わたくしがいつまで人間界にいられるのかは、正直なところ「解かり兼ねます」としか申し上げられませんわね。ですが、1つ言える事は、人間界と「魔界」は今、簡単においそれと行き来出来る関係性では御座いませんの」


「ふんっ。それくらい知っているさ。だが、アンタは現にここにいるじゃないか?」


「えぇ、そうですわね。でもそれは、来れただけですわ」

「それ故に、もしも仮にお父様が、わたくしを連れ戻そうと画策かくさくしたとしても、それを実行し得るだけの魔力が足りませんの。そして、それだけの魔力を集めるには数年は掛かると思いますわ」


「ふぅん、そぉかいそぉかい。それで、アンタはアリアを育てる気はあるのかい?」


「えぇ、望む所ですわね」


 ルミネは真剣な面持ちで言の葉を紡ぎ、マムの眼光は徐々に緩んでいき最終的には完全にほころんでいた。


 少女は話の流れからは完全に置いて行かれていたが、流れが自分の望む方向に向かっている事を理解していたので、釘を刺された通りに黙っている事にしたのだった。



 アリアを神奈川国で保護する事は、こうして決まった。

 少女はアリア母娘おやこの生活の現状をマムに伝え、「何とかならないか?」と打診だしんしたが、マムは「調べた上で可能な限り対処する」とだけ話していた。




「「マム」とは一体何者ですの?」


「さぁ?アタシにもサッパリ。ヒト種だとは思うけど、全ッ然分っかんないのよねぇ」


「ルミネはどう思うの?その魂のうんちゃらで分からなかった?」


「まぁ、確かにヒト種に見えなくもありませんわ。でも、なんと言うかよく見えませんの」


「ルミネでも分からないんじゃ、仕方ないわね。まぁ、マムはマムだから、そーゆーモンだって思うしかないわね。マム種マミアっていう新しい種族だったりして。あはは」


「それ、言ってて怖くなりませんの?じとー」


「うっ、確かに怖過ぎるかも。ぷっ」

「あっはははははは」 / 「ほほほほはほ」


 公安からの帰り道、2人の会話は弾んでいた。それはどうしようもなく楽しくて、どうしようもなく滑稽で、どうしようもなく大切なひと時だった。

 そんな掛け替えのない友と過ごす、掛け替えのない時間を、少女はこれからも大切にしていきたいとせつに願っていた。



「でもなんで、ルミネの本名を正確に言い当てられたのかしら?それだけは凄く気になるけど、聞いても絶対に教えてくれないわよね?だから、ま…、いっか!!」




 後日、アリアは無事に公安で保護される事になった。アリアの母親もアリアと共にアラワド市からアニべ市まで一緒に来る事が決まった。そして母娘には公安の宿舎が先ず貸与された。

 ハンターではない一般市民に宿舎が貸与されたのだから、それだけでアリアが特別待遇だという事が分かるだろう。



 アリアの母親はマムから斡旋あっせんされた仕事にく事が決まった。そしてその仕事に夜勤はない。

 昼間だけの。何故ならば、アリアの父親が作った借金はマムに拠って綿密な調査が実行され、その結果、色々な事が判明したからだった。

 父親が作った借金はとっくに完済されていた。だがそれを黙って不当に利益を得ていた悪徳金貸しが、甘い蜜を吸っていただけだったのだ。

 拠って、不当に搾取されていた利息は返金される形になった。更にはその利率すらおかしかったコトもあった。

 最終的には正確な計算式の元に再計算し直され、悪徳金貸しが本来受け取るべき金額以外は全額返金されることにも繋がった。まぁ、そこら辺は少女が派手に暴れ回ったお陰でもあり、顔をボコボコに腫らした悪徳金貸しが泣いて謝って来たので、母親はかなり狼狽えていたと言うのは余談である。



 ルミネは、正式なハンターとして採用されライセンスが授与されたと同時に、アリアの指導官も任ぜらる事になった。そして、公安のハンターが負うノルマも「指導官」という立場上、「不問」となったのだった。


 これは、指導の「忙しさ」故にノルマ不達ふたつに陥り、ライセンスを剥奪されては「アリアの指導官」としての役職を失う事になり兼ねないと、危惧きぐされた結果の特別措置だ。


 さらにライセンスを得たルミネにも公安の宿舎が貸与された。そして、その部屋はアリア達の部屋の隣になった。

 それはアリア母娘の身に何かが起きた時に、直ぐに駆け付ける事が出来る「距離」をおもんぱかった故の措置だったが、ルミネは今後も少女の屋敷に居座る事を考えていたので、大変に不服そうな様子で頬を思いっきり膨らましていた。



 アリア達の「お守り」はこうして無事に解放された。アリアは動物好きな女の子なのでよくガルム使い魔と遊んでいた。

 ガルムはアストラル体化を命令させられていたが、何かの力が干渉するとアストラル体化を維持出来なかった。

 なので護衛対象アリアに付き合っていたが、それはそれで


 だから、全ての段取りが終わってガルム使い魔とお別れになった時、アリアは凄く寂しそうな顔をしていた。

 そしてそれはガルムも同じだった。

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