第6話 ディレイスペル

 ルミネの名前が決まると、少女はルミネと共にセブンティーンで公安へと向かっていった。セブンティーンは低いエグゾーストノートを響かせ、エンジンは熱いビートを刻み大気を震わせながら、公安への道を進んで行く。



 少女は公安に着くと、前って所在確認をした、マムの元へと向かった。

 そこでマムにルミネの事を紹介し、神奈川国に於ける戸籍の作成と、ハンター試験の実施を依頼したのだった。



 当のマムはルミネを見た際に怪訝けげんそうな顔をしていたが、最終的には「アタシが全責任を負う」と言った少女の言葉に、「分かった」と折れてくれた。



「じゃあ、戸籍を作ったら、下で試験しといで。ウィルには伝えといてやるから」

「あと、ドクんトコに行くのも忘れんじゃないよッ!」


「分かったわ、ありがとマム!じゃ、行ってくるねッ!」


ぱたんっ


「ふぅ、魔族デモニアである事を隠した上で、人間界でハンターをしようとはね。だが、アイツに限ってだまされているとは思わないが、そうなると魔族デモニアの友人までいる事になる」

「それならそれで、なかなかやるね、アイツも」

「まぁ、あたしゃこの国の戦力が増えるコトは大賛成だ。何も問題を起こしてくれなければ…ね」


 少女はマムに対して、ルミネの正体を明らかにしないままで交渉をしていた。

 一方でマムはルミネの正体に気付いたものの、その事には触れずに少女の反応を試すコトにしたのだった。


 そして、その「試し」に対して、少女が「全責任を負う」と言った事からマムは了承したのである。



 少女はルミネと共に先ず、B1Fのドクの元に行った。しかし、ルミネは戦闘用の装備品を何1つ持っていないので、ドクは軽くパス出来たが、ドクはその事が心配だった様子だ。

 大抵の魔術士スペルキャスターは杖の1本でも持ってるからだ。


 尚、ドクはルミネの美貌の前に常に目を逸してモジモジしており、少女としては凄く納得がいかなかったが、これは余談である。



 そして辿り着いたB2F。いつもながらにそこの自称管理者のウィルと漫才を繰り返すと思いきや、そうはならなかった。


 ルミネはB2Fで行われた試験に際し、クリスが行ったものと同じ内容で実技試験に臨んだ。

 当初ウィルは装備を何も持たず素手でやって来たルミネに対してそのプログラムは危険だと判断したが、少女に拠って無理やり押し切られたのだった。

 しかし終わってみれば、そのタイムはクリスよりも圧倒的に速かった。



 そしてウィルも少女もその実技試験の内容に、非常に興奮気味だった。何故なら、ルミネは無詠唱で魔術を行使した挙句に遅延術式ディレイスペルまで使ったからだ。

 それはウィルにとって最高の研究対象であり、垂涎ものの極上品だった。

 然しながら、ドクとは異なりルミネの美貌やその肢体には興味が無い様子で眉1つ動かす事はなかった。

 少女も初めて見る遅延術式ディレイスペルに対しては流石に驚き、興奮した様子だった。



 遅延術式ディレイスペルは、先に魔術の術式を発動させておき、効果を任意のタイミングで発動させる事が出来る「トラップ」に近い形式の無属性魔術の1種だ。


 少女が使える設置型の「存在証明バニシング霹靂爆豪スーパーマイン」(※少女対炎龍ディオルギア戦)と同様に思えるが、遅延術式ディレイスペルはそれとは全く異なる。

 設置型は必ず先に設置しなければならないのに対して、遅延術式ディレイスペルはあくまで任意なのだ。

 先に設置するならば、敵にそこを通らせる必要があるが、通っている最中に設置すれば当てるのは容易だ。

 そういった意味ではトラップを張るより効率が良いと言えるだろう。


 ちなみに、通常の霹靂爆豪スーパーマインは設置型ではなく、投げ付けるのみなので、遅延術式ディレイスペルと組み合わせる事で、存在証明バニシング霹靂爆豪スーパーマイン以上の使い易さ(※ルミネ対スコル戦)になるが、これは飽くまでも余談だ。


 更に余談として付け加えると、霹靂爆豪スーパーマインは「対人級」の「戦争級」であり、「金」属性魔術に当て嵌まる。非常に使い勝手と殺傷能力が高い魔術だったりもする。

 そして爆発のタイミングは任意なので爆発に拠って煙幕代わり(※ルミネ対スコル戦)にもなるしに関連する効果(※少女対「ソレ」戦)も得られる、非常に優秀な魔術と言えるだろう。



 そして、遅延術式ディレイスペルの利点は「トラップ」として使う以外にも利点がある。

 一部の種族を除いて体内のオドだけで魔術を行使出来ない種族が多い人間界に於いて、魔術の行使に際してはマナを用いるしか無い。

 だからこそ、大体は敵と遭遇してから詠唱を始めるのが定石だ。


 その為に魔術士スペルキャスター系のジョブを持つハンターは後手に回りやすくなる。

 戦士ウォリア系や銃士ガンナー系のジョブを併せ持っていないとソロで闘うコトさえ難しいだろう。


 拠って魔術士スペルキャスターは対象と距離を取り中距離ミドルレンジ戦闘を常に心掛けるか、不意打ちを主体としなければろくに闘えない事になってしまうのだ。


 だがその一方で、遅延術式ディレイスペルを用いられる様になれば戦略の幅は大きく広がる事を指し示している。

 まぁ流石に無詠唱は常人が出来る物では無いが、遅延術式ディレイスペルは一種の魔術であることから使う事は可能なのだ。


 故に、その遅延術式ディレイスペルを始めて見たウィルと少女は興奮したのだ。


 それは当然、ウィルは新たな「研究対象」に。そして少女は「戦術の拡大」に。



「トレーニングルームから出て来たら絶対ウィルの事だからルミネに声を掛けるわね。だからウィルに捕まる前にアタシがルミネをしっかり捕まえとかないとッ!」 / 「あぁ、なんて面白いコなんだ!絶対お近付きになって、色々と研究に付き合って貰わないと」


「へっくち」


 そんな2人の心の声を知らないルミネはくしゃみをしていた。

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