第30話 やっと
「あーあ、結局負けちゃったね」
「まったく、先輩たちがもう少し頑張ってくれたら、彰くんがこう、ズバババッて点決めてくれたのに」
「うんうん!」
前を歩く二人が楽し気に話している。
後半20分に試合に出た拓斗は特に目立った活躍はなかった。
それでも、
「まあ、頑張ってたからいいんじゃない」
必死になって勝とうとする姿は、嫌いじゃなかった。
「ふっふっふーん。杏も推し活を満喫してるね。良かった良かった」
「……別に推してるとかそういうわけじゃないから」
「またまた、強がっちゃって! よし、これからも三人、彰くんのおっかけ活動頑張るぞー!」
「おー!」
嫌そうな顔をする杏だったが、この日以降も拓斗を応援するようになっていた。
部活の練習も、練習試合だってバスで行ける距離なら応援しに行った。
二人が来れないときも、たまにだけど見に行った。もちろん人のいないスペースで声は出さずに、ただ眺めるだけだ。
嫌いだ嫌いだと言いながらも、彼がサッカーをしている姿は好きだった。だからジッと見つめながら応援した。
サッカー部を見ていると、自然とサッカー自体にも詳しくなっていた。
日本のプロサッカーの試合なんかも見始めて、気付くと海外の試合なんかも、試合に出てる選手全員が上手いから何が凄いとかはわからなかったけど触れるようになっていた。
そんな生活を送っていると、気付いたら彼女たちが言っていた”推し活”も二年近くが経過していた。
相変わらず遠くから眺めているだけなのは変わらないが、身の回りでは大きく変わったことがあった。
それは自分をこんな風にさせた彼女たちが、サッカー部の応援を辞めていたということ。
片方は見るのではなくサッカーをする側になっていて、もう片方は三次元は嫌いと言って二次元に恋をするようになった。
友達としての付き合いは続いていたが、気付くとこの活動も一人ぼっちになっていた。
それでも楽しかった。
ただ眺めているだけでも、別に苦ではなかった。
そんな杏に「白石拓斗が好きなの?」と聞く者もいたが、別にそういうわけでもなかった。
ただ単純に、彼がサッカーをしている姿が好きなだけ。なにせ二年経ったというのに、二人が話したことなんて一度もないのだから。
誰かに「話してみたくないの?」と聞かれた。
うーんと考えたが、最初の頃に名前を呼んだのに無視されたから、きっと話しかけても好きになることはない。むしろまた無視されて嫌いになるかもしれないと思い「話したくない」と答えた。
そしたら自然と、誰も何も言わなくなっていた。
変な人だと思われたのかもしれない。少し寂しい気持ちもあったけど、家に帰れば両親が杏の話相手になってくれる。
父親は拓斗の名前が出るたびに嫌そうに引きつった笑顔を顔を浮かべ、母親は楽しそうに娘の話を聞いていた。
それでも彼のことを話した。まるで自分のことのように。
杏は思う。
このまま彼とは直接的に関わることはなく、自分は陰ながら応援するだけでいいと。
それで十分満足なんだと。
そう、思っていた──。
♦
『拓斗くん、サッカー部に行ってきたの?』
『ああ、行ってきた』
『そっか。どうだった?』
『行くまではあんなに悩んでいたのに、行ったら何も感じなかった。もう少し早く行ってたら良かったかもな』
『まあ、そういうもんだよ』
『杏』
『ん?』
『ちょっと付き合ってくれないか?』
『んん?』
『いや、買い物にな。茶々がちゅーるくれってうるさいんだよ』
『あれ、でも一昨日だっけ、一緒に買いに行った気がするけど。もう無くなったの?』
『ああ』
『? まあわかったよ。何処で待ち合わせ?』
『スーパーで』
『了解。十分ぐらいで着くと思う』
『わかった。あとついでに、家でご飯食べていかないか?』
『拓斗くんの家で? って、それっと要するに、私にご飯作っていけってことだよね?』
『それは考えすぎた』
『でもそういうことじゃん。まあ、いいけど』
『じゃあ、スーパーで』
『はーい、またね』
それから数分後。
スーパーで拓斗が待っていると、杏は少し遅れてやってきた。
「ごめん、待った?」
「いや、別に」
「良かった」
「じゃあ、先に食材買っていくか」
「はいはい、拓斗くんが食べたいご飯を作る為にね」
前を歩き、さっさとスーパーの中に入っていく拓斗。
後ろを付いてくる杏はブーブーと文句を言っていたが、黙って無視を続けた。
「……まったく、人を家政婦かなんかだと勘違いしてるんじゃないの? もう、まったくまったく」
「……」
「罰として、今日は私の大好物のフルコースにしよう!」
すぐに何の料理を作るかを決め、食材をポンポンとカゴに入れていく。
そんな主婦顔負けの後ろ姿も、随分と見慣れた感じがした。
「食材選ぶのとか、なんか最初の頃よりも手慣れたよな」
「そう? まあ、どっかの誰かさんに手料理を何度も何度も何度も振る舞ってるからかなあ」
「茶々のことか?」
「はいはい、そうですねえ」
ぶつぶつと文句を言われながら、食材を選びレジへ。
それからちゅーるを買って、二人は家に帰っていく。
「……」
「……」
外は真っ暗で人通りも少ない。
自然と二人は黙ったまま、歩き続けた。
「なあ」
「ん?」
「……サッカー部の練習とか試合、見に来てたんだな」
先に沈黙を破ったのは拓斗だった。
今日呼び出したのは、ちゅーるを買いたかったわけでも、料理を作ってほしかったわけでもない。なんならちゅーるもまだまだ残ってるし、料理だって自分でなんとかできた。
ただ直接、彼女にこのことを聞きたかっただけだ。
「……誰かから聞いたの?」
「え?」
「だって拓斗くんが思い出すわけないもん。友達から聞いて、あっ、てなったんでしょ?」
「それは……」
図星だった。
「やっぱり。まあ、拓斗くんってずっと前から周りには愛想なかったもんね。二年間、それもほぼ皆勤賞のファンの顔をずっと忘れてるなんて、ろくなホストにならないよ?」
「……すまない。って、別にホストになる気は──」
そこまで口にして隣を見ると、少しだけ嬉しそうに下を向く彼女が目に入った。
「……まあ、確かに周りとか興味なかったからな。それでも、その……ありがとうな、応援してくれて」
「……うん。まあ、好きだったから、拓斗くんのサッカーしてる姿」
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