7. 聖女様は魔石らしい
向かう先もわからず立ち往生していたところに、道標となる光が差した。
体調について質問をしたところ、アレクサンダーは人生で類を見ないほど、身体が軽いと言っていた。
それを聞き、リタの中で答えは出た。
アレクサンダーと話した後、リタは研究室にこもり続け、過去の研究資料やこの国の歴史を調べ、理論を積み重ねていった。
一段落したとき、リタは研究室にメンバー全員を集めた。
「研究はここしばらく停滞が続いています。私たちに残された時間はあとひと月半。決して多くはありません。これまではある程度裏付けの取れたアイデアをもとに実験を行ってきましたが、これからはもう少し大胆に攻めていく必要があります。何か良いアイデアはありますか?」
リタは席に座る研究員たちを見渡す。
誰も手を挙げない中、この前食堂で同席した若い男の研究員のライアンがおずおずと手を挙げた。
「あの、リーダー。大胆に攻めると言われても難しいですよ。研究は積み重ねが大事でしょう? そんな急にすべてを解決する案なんて出てきませんよ」
「わかりました。では私からひとつ案を出しましょう。まだ仮説の段階ですが。みなさんは聖人とはなんだと思いますか?」
ケイトが手を挙げる。
「何って、聖属性魔力を持って生まれた人のことでしょ?」
「ええ、その通りです。それではケイト、魔石とはなんでしょうか?」
「えっと、魔力の塊?」
「正解ですが、付け足すのなら、魔石とは身体に悪影響のある魔力の塊です。その魔力をここでは便宜上、負の魔力と呼びましょう。その場合、聖属性の魔力はなんと呼べば良いでしょうか」
「正の魔力……」
「その通り」
「ちょ、ちょっと待って。それってさ、魔石と聖人は魔力の種類に違いはあるけど、本質的には同じものだってこと? リタが言ってるのってそういうことだよね」
ケイトが眉間に皺を寄せた。
「はい」
リタが頷くと、部屋はしんと静まり返った。
何人かの表情が強張っていた。
年長のアランが口を開く。
「その意見は大胆にもほどがあるだろう。さすがに行きすぎじゃないか? ここが教会なら殺されても文句は言えない。そのことを理解しているんだろうな?」
アランがリタを睨みつけた。
「もちろんです。しかし、ここは教会ではありません。私たちは祈祷を捧げているのではなく、研究をしているのです」
表情を変えずに言ったリタをアランが睨みつける。
「――俺が戦争で死ななかったのは、どれほどの苦境でも祈りを捧げ続けたからだ。妻や両親が毎日教会に通い、俺の無事を祈ってくれたからだ。研究者だろうがなんだろうが、人には超えてはならない領域がある。神の領域に手を伸ばしてはならない。聖人と魔石を同一視するだと? お前が研究者として優れていることは俺も認める。お前の下で働くことには不満はなかった。だがな。その話をもう一度でもしてみろ。俺はチームを抜ける」
アランの声は震えていた。
拳を強く握りしめるその様は、怒りのまま叫びだしてしまうのを抑えるようであった。
「残念です」
リタはアランの訴えを聞いても、方針を変えるつもりはなかった。
リタが平然と言い放つと、アランは握った拳を机に叩きつけ、立ち上がった。
彼は机の上の荷物をまとめ、乱暴な足取りで部屋を出ていく。
ピリピリとした部屋の空気が肌を刺し、リタ以外のだれもが落ち着かない様子だ。
「私がリーダーでいる限り、私の方針には従ってもらいます。アランさんのようにチームを抜けたいという方を、私は引き留めません。宗教に関わることです。ご自身の信心を大事になさってください」
研究員たちはちらちらと周りを盗み見る。
ひとりが立ち上がり部屋の入り口へと歩きだすと、みなそれを待っていたかのようにぞろぞろと後に続いた。
最終的に部屋に残ったのは、リタを入れて6人だけだった。
全員が若かった。
ケイトとライアンもいる。
二十年前まで続いていた戦争を実感として知らない世代だ。
「残ってくださり、ありがとうございます」
人の減った部屋にリタの声が寂しく響いた。
「私も納得したわけじゃないよ。でも、リタが信仰を貶めるために言ってるんじゃないことはわかるし、リタがここのところ寝る間も惜しんで研究してたの知ってるから、なんていうのかな。えっと、そう、期待してるんだ」
ケイトは沈んだ顔を見せながらも、リタを励ますように優しく言った。
「ありがとう、ケイト――さて、それではこれより、魔石と聖人の同一性をハインリヒ予想に基づいて簡単に解説したのち、今後の研究方針について議論していきたいと思います」
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