聖女様は逃亡しました
上野夕陽
1. 聖女様は断罪されたらしい
「ヘンリエッタ・クロフォード。今この時をもって、お前との婚約を破棄させてもらう」
学院卒業を祝うはずのパーティは、スティエン公国第一王子であるウィリアムの思いがけない宣言によって、急激に温度を下げることとなった。
つい先ほどまで談笑していた公国有数の貴族の子女たちは、今では緊張した面持ちでホールの中心にいる三人の男女に注目している。
たった今、婚約破棄を言い渡したウィリアム。
彼に庇われるように呆然と立ち尽くす女性は、マーシャル男爵家のご令嬢、レネー。
その二人と対峙するように、ウィリアムの鋭く冷たい視線を正面から受け止める、聖女ヘンリエッタ。
誰もが固唾を呑んで見守る中、静寂を破ったのは聖女ヘンリエッタだった。
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
感情の読み取れない平坦な声で彼女は問う。
ウィリアムは口元を歪め、鼻を鳴らした。
「はっ、白々しい。自ら罪を認めないというのなら、この俺が
「はて、身に覚えがありませんが」
ヘンリエッタが小首をかしげる。
「とぼけるな! お前が嫉妬に狂い、なんの罪もないレネーを虐げていたことはわかっているんだ!」
怒声が混じるほどに興奮した様子のウィリアムを前に、ヘンリエッタは口元を抑えてくすくすと笑う。
それが余計にウィリアムの神経を逆撫でたようで、彼の目尻がつり上がった。
「何がおかしい!」
「ふふっ。いえ、失礼いたしました。私の婚約者に色目を使う女性への忠告が、まさかまさか、そのようにとられるとは思ってもみませんでしたので」
「忠告? レネーはお前に背中を押され、階段から突き落とされかけたと言っている。それを裏付ける証言も複数出ているんだぞ!」
ヘンリエッタは考え込むように顎に手を当てた。
「ええ、たしかに記憶にあります」
「潔いじゃないか。だが今さら殊勝な態度を取ったところで、決定は覆らない。未来の公妃に、お前は相応しくない!」
ヘンリエッタは目を伏せ、ウィリアムの言葉を黙って聞く。
「やはり婚約破棄は正解だった! それでいいな、ヘンリエッタ!」
「ウィリアム様の仰せのままに」
ヘンリエッタは婚約破棄を受け入れ、
聖女の世にも非道な行ないが白日の下に晒され、みなが彼女に非難の視線を向ける。
ヘンリエッタは追い立てられるように、しかし、堂々と胸を張って会場を後にした。
その後もパーティの参加者たちは気もそぞろで、祝いの席を十分に楽しめない様子であった。
重苦しい空気を引きずったまま、卒業パーティは幕を閉じたのだった。
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