殻と筋肉【一人読み_5-10分】

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https://kakuyomu.jp/works/16817139555946031744/episodes/16817139555946036386




【概要】

「来いよカニ野郎」

強化外骨格の制御AIに意識が焼き付いた男の独白。


1,300文字 5-10分想定



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<以下本文>


 俺が死んだときの話をしよう。


 あれはマリネリス峡谷けいこくでの戦いで、俺は第5小隊に所属していた。強化きょうか外骨格がいこっかく、通称『ロブスター』を着込み、峡谷の底から上がってくる敵性生命体を食い止めるのが任務だった。

 俺たちがロブスターなら、峡谷から上がってくる奴らはさしずめタカアシガニだ。体高が3メートルあり、俺たちを生で喰う凶悪な火星のカニ。

 カニは茹でれば食える。よって小隊は奴らのサイズに合う鍋を装備している。

 奴らとの戦いが始まったのがいつなのかよく分からないが、母方の祖父も昔の戦果を自慢していたから、その時にはすでに喰うか喰われるかの争いをやっていたらしい。

 ところで平凡なミスが物事を決定的にしてしまうのはよくあることだが、俺が死んだ原因は足を踏み外したことだった。

 カニの下へ滑り込み、両肩のシザーアームを伸ばして奴の脚を落とし、落ちてきたカニの腹をかわした。だが、その先で足場が崩れた。

 渓谷に落ち、胸部装甲を無理やり剥がされた時の事を「エビの気持ちがわかった」と笑い飛ばしたい。できれば一緒に笑い飛ばして欲しかったが、ロブスターを着て戦う人間に対してする話じゃない。


 俺は。


 カニに喰われた俺の意識はニューラルジョイントを通して、ロブスターの制御AIに焼き付いた、ようだ。

 それなら今のこの俺は複製の、偽物の俺で、あっちの俺とは違うんじゃないかと一度は考えた。だが、こっちの俺しかもういない以上、どちらが本物なのかはどうでもよかった。


 俺は。

 お前がただひとり峡谷の底まで降りてきて俺を拾い上げ、家族の所まで届けてくれたことを、感謝している。

 俺の破損を修復し、遺品として保管してくれた事を感謝している。

 お前。

 第5小隊に同期配属された独断専行特攻バカ。何度ケツを拭いてやったか分からない、後退を知らないエビ。

 お前。

 ニルス撤退戦で突破口を切り開いたお前。誰よりも巧みにロブスターを操り、一番ヤバいポイントをいち早く押さえる嗅覚を持ったお前。

 お前。

 エリカをめぐって俺と青臭い競争を繰り返したお前。

 未亡人となった俺のエリカをめとったお前。

 お前なら、いい。そう思ったのは間違っていなかった。

 お前はエリカを守ってくれた。


 俺たちの育ったエレクトリス市はもうあきらめるしかない。俺のセンサー類でも検知できなかった新種のカニが、あっと言う間に街を蹂躙じゅうりんしてしまった。

 お前がただひとり俺を着込んで戦わなければ、エリカと俺の息子とお前の娘は逃げられなかっただろう。

 胸部装甲をカニ野郎の脚が貫いて、俺はお前のバイタル停止を検知した。

 だがマーズシャトルは飛んだぞ。お前の代わりに俺が見ている。


 これから奴らが何をするのか、俺はよく知っている。殻の中身をほじりにくる。

 それを。

 俺は。

 許さない。


 獲物を捕らえたつもりのカニ脚に、俺はシザーアームを突き立てた。 

 お前のバイタルは途切れても、お前の生体組織はまだ終わっていない。ニューラルジョイントへ信号を逆流させ、お前の身体を稼働させる。

 俺は殻。お前は筋肉。

 両手で胸から脚を抜き、それをカニの腹へとジャベリンのように投げつけた。

 バックジャンプで飛びすさり、両手両足を瓦礫がれきの積もる道路へこすりながら着地して、2本のシザーアームを高く掲げる。


 来いよカニ野郎。

 俺の中身は、死んでも渡さん。


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