白狼【一人読み30分】
朗読
3000文字、30分想定
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https://kakuyomu.jp/works/16817139555946031744/episodes/16817139555946036386
【概要】
「白狼よ、お前の匂いを覚えさせてくれ」
モンストロたちの王は
原作「白狼」
https://kakuyomu.jp/works/16817330660577556245
〈以下本文〉
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何かを人間は叫んだが、
白狼は
「モンストロ」すなわち《不明なるもの》と自称した種々雑多な「彼ら」にとって、言語とはモンストロの王によって与えられた連帯の道具であった。
この世からヒトを絶滅さしめ、世界を公平な秩序の元に戻す。そう
与えられた言葉を使うモンストロに対し、自ら言葉を発展させていった点で、ヒトは勝っていた。
言葉は読まれた。言語は盗まれた。
言葉を知るモンストロは言葉によって
鉄を着こみ、鉄を手にしたヒトの群れがなだれ込み、戦いが始まった。指揮を執る王の首を背後から
その人間は、一報を手に戻る途中でモンストロと間違われた。そして人間に殺された。殺した人間は
王が倒された今、モンストロたちは言語と連帯を失いつつある。
だがこの時にはまだ、彼らは連帯していた。鉄を着た猿を根絶やしにするべく連帯していた。
だからこそキマイラの咆哮に勇気づけられ、フェニクスの尾羽が
いつかの夜、初めて覚えた連帯感に、この世に産まれた意義さえ感じ高揚した事が白狼にもあった。
言葉によって想起された「今この瞬間」の向こう、未来、そして幾筋にも分岐する可能性の
穴に潜ってなお恐れから逃げられず、雷の中をひたすらに駆けた。
雨上がり、崖の上で夜明けを迎え、森の終わりはなお見えず、時間も世界も、この身ひとつには有り余るのだと悟った。
しかし、同時に、この身ひとつにも世界は許されているのだと感じた。
白狼は崖をおり、さらに森を駆けた。森の中で行く手を阻むものはなかった。
川の流れに渇きをいやしていて、白狼は、人間に阻まれた。
不快であった。
見つけ次第屠った。そうすべく与えられた肉体である。使命を果たす快感があった。
だがヒトは絶えなかった。ヒトの巣の中で白狼は落とし穴に落ち、責められ、傷を負い、命からがら抜け出した。
小さく、ひ弱で、鬱陶しい生き物。
根絶やしにすべしとの王の意思は正しいと感じた。
白狼は王に付き従うべく、城に戻った。
城に戻った白狼を迎えたのは、キマイラであった。
キマイラの蛇の尾が、三角形をした頭の先で、
獅子の頭はそっぽを向いて、このオレがお前を探したりなぞするものか、と
白狼よ、お前の匂いを覚えさせてくれ。そうすれば、もしはぐれても匂いをたどってお前を探せる。でなければ、この
その蛇はもう、キマイラの尾にいない。蛇の頭は切り落とされ、胴だけが血を流して垂れ下がっていた。
キマイラが吠えて、炎を吐く。
白狼は空中に蹴り上げた人間を上下の
ひとつ、ふたつ、みっつ。
ヒトの着込んだ鉄が牙を阻んでも、このゆさぶりにヒトの骨は耐えられない。
四回目の揺さぶりで吐き捨てる。跳ぶ。
白い毛皮は黒く汚れ、飛び交う火矢に焦げている。
いますべきことは、ヒトを屠ることである。そしていますべきことは、ヒトを屠ることである。さらにいますべきことは、ヒトを屠ることである。
いまこの瞬間に、ヒトを屠るのだ。
左脚が突如として冷える。
理解する前に跳ぼうとし、同時に激痛が走った。見れば分厚い脚の皮がべろりと向けて、地面に張り付いている。
凍らされた。
倒れ込む。他と違う匂い。人間の
お前か。
人間の雌が棒を構え直すよりも、前脚の爪が雌を引き倒すのが速かった。甲高い鳴き声が聞こえたが、鳴き声ごと牙にかけた。
皮の剥けた左脚は走るたびに痛んで邪魔だ。もっと速く駆けなければならぬのだ。屠るのだ。屠るのだ。
しかし火の手が回る。
火は恐ろしい。火を吐いている獣が見える。あの獣は何か。金色の毛皮に
だが火は恐ろしい。
逃げなければならない。
猿の群れが奇声を上げて群がってくる。逃げなければならない。
白狼は城壁に跳び、矢を射かけられながらよじ登る。遠くから次々と巨大な火の玉が投げ込まれている。
猿どもの
白狼の耳は獅子の悲鳴をとらえたが、それが何を意味するのかもう理解できなかった。獅子はもたもたと蝙蝠の翼で飛び、そして城壁の外にだらしなく落下した。
過去をとどめる言葉は失われた。可能性を思う言葉は失われた。
白狼は城壁伝いに逃げた。猿の群れが上げる奇声が恐ろしかった。
城の堀へと飛び込み、滝から落ち、血を流す足で必死に逃げた。逃げる途中で人間の巣をかぎつけ、飢えを満たし、また逃げた。
追跡の手は緩まなかった。
遠い同胞である犬どもさえ白狼に歯向かった。次第に傷は増え、足は鈍った。
ある夜、白狼は崖の上にたどり着いた。
そこは以前、世界と時間と自分とを悟った崖の上だった。この場所の匂いは、白狼に本能と異なる欲求をもたらした。その欲求に対して、最も素直な行動は遠吠えであった。白狼には遠吠え以外に表現する手段はなかった。
白狼は遠吠えを繰り返す。
崖の下は果てのない闇。崖の向こうも果てのない闇。
白狼は膝をついた。仰向けに倒れ、耳を澄ませ、鼻を膨らませた。
満点の星が無数の目となって見下ろしていた。
遠巻きに、気配がある。
遠吠えに集まった狼たちが、手負いの獣の死を待っている。
夜明けに、白狼は喰われた。
その後、白狼を喰った狼の群れで、メスが身ごもった。
五匹の仔のうち、一匹は白い毛皮を持っていた。その狼は長じて群れを離れ、つがいのメスを探した。
そうしてまた新しい群れをなし、ときおり白い狼が生まれる。
白い狼は必ずオスであり、群れを離れるのが常であった。そうして長い時が立ち、狼は一匹の、金色をした獣と出会った。
お互いにまず警戒し、距離をとってぐるぐると回り合った。
二匹の獣が回る円は次第に小さくなっていき、おそるおそるお互いの鼻の匂いを嗅ぎ合った。
狼はお互いの鼻を嗅いだ後に肛門周りを嗅ぐのが習性であったので、そのようにした。金の獣の尾は、そんな狼の耳の後ろあたりで、しゅるしゅると音を立てた。
獣の尾は蛇であった。
蛇は棒のように突っ張った体をゆらしては、狼の耳の後ろで盛んに舌をひらめかせていた。
しばらくして狼と金の獣は、お互いの首をこすりつけあった。
匂いが移ったことに満足して、二匹の獣は森の奥へ去り、そのあと会うことはなかった。
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